第三十七章「手札を見せる」
第三十七章「手札を見せる」
「おや、どうしました。坊ちゃま。」
目の前に突然現れた男、ハイルソン。
自身の父親、クルスに長く仕えてきた、老執事の登場にセレトは、無言で応える。
いや、正直な気持ち、この場に突如現れた闖入者に対し、驚きのあまり言葉すら発することができなかったのが実情であった。
「いやいや。しかしこのような悪戯を進めるとは、腹立たしいことこの上ないですな。」
ハイルソンは、そんなセレトの様子を気にすることもなく、わざとらしく嘆きような声と態度を出しながら、言葉を紡ぐ。
「そして、この聖女様への狼藉。これは明確な国家への反逆の意思ですかね?」
言い訳はありますかね。とハイルソンは、言葉を続けながら、セレトを見つめている。
その表情は、笑みこそ浮かべているが、その眼には、セレトの一挙一動を見逃さないような強い意志が見える。
「いや、言い訳はしないよ。ハイルソン。」
セレトは、そんなハイルソンの動きと、リリアーナの様子に視線を向けながら、淡々と言葉を返す。
「私は、自身の利益のために、そこに倒れている女の命が欲しい。それが望みだよ。」
そう話しながら、セレトは、魔力をためる。
ハイルソンが、ここに現れたということ。
それは、自身の翻意が、あの父親に知られた可能性が高いということであり、さらに問題なのは、その翻意が国の上層部に伝わっている可能性が高いということである。
「おやおや。それは困りましたな。」
そう言いながら、ハイルソンは、セレトの動きを油断なく見張っている。
「そうかい。ならこのことに目を瞑ってくれれば助かるのだがね。」
軽口で言葉を返しながら、セレトは状況を確認する。
リリアーナの身体に植えつけた呪術は、ハイルソンによって解呪をされた。
だが、まだその残滓は、残っている。
これを使った逆転の一手を、セレトは考える。
「もしくは、そのまま目を閉じていてくれないかね!」
そう言葉を発すると同時に、セレトは、魔力を開放する。
その魔力は、リリアーナの身体に植えつけられ呪術を再活性化し、聖女と、その近くに立っているハイルソンを喰らいつくすであろう。
「それは困りますな。」
だが、その発動をしようとした呪術を、ハイルソンは、軽く言葉を発し、発動を封じる。
いや、正確には、彼自身の魔力によって、完全に霧散をさせる。
「私の任は、坊ちゃま。貴方を捕縛し、このバカげた騒動を止め、全容を解明することです。」
そしてハイルソンは、笑いながら武器、彼が長年愛用している小振りの刀を構える。
「だから、貴方が何を考えているのかは知りませんが、まずは、ここでまずは、貴方を捕縛することにしましょう。」
そう話しながら、ハイルソンが一歩こちらに近づいてくる。
そんなハイルソンの足元に倒れているリリアーナは、状況についていけないのか混乱しているようではあったが、同時に油断ならない目で周囲をうかがってる。
最もセレトの呪術によるダメージは、解呪をされたぐらいで、すぐに無くなるものではない。
現に彼女は、ろくに動くこともできない状況に見えた。
つまり、今目の前にいる男、ハイルソンを退ければ問題がない話ではある。
最も聖女の身体は、その持ち前の魔力によって徐々に回復をしつつある。
それゆえ、余分な時間をかけるべきではないだろう。
そう考え、セレトは改めて武器の刀を構え、呪術の展開を始める。
ハイルソンは、その動きを注意深く見守りながら自身の武器、小振りの刀を構えている。
「私の考えは、単純だよ。ハイルソン。自分のために戦う。そのために力をふるう。それだけだ。」
セレトは、その眼に決意を籠めて、一気に距離を詰めた。
ガキィ。
互いの刀のぶつかり合いは、鈍い音を立てる。
ハイルソンは、幼いころからのセレトをよく知っている男であり、その太刀筋、力の一端はよく知っている男である。
そのような自身の手を知っている相手であるからこそ、セレトは油断なく攻めるべきではあろう。
だが、ハイルソンは今のセレトを知っているわけではない。
ある時から、自身の部下を持ち、自分たちのみで戦い続けているセレトには、向こうが知らない手を数多くそろえていた。
その一手、ハイルソンが知らないであろう、一手をセレトは放つ。
薄い黒煙が周囲に展開をされ、一気に魔力が込められると同時に、煙の中から大量の黒い手が伸びハイルソンに襲い掛かる。
「単純な一手ですな。魔力が拡散しすぎて密度が薄い!」
そうして放たれた大量の腕を、ハイルソンは何食わぬ顔で、刀の一振りで一気に霧散させる。
そんな予想通りのハイルソンの動きを笑みを浮かべて確認しながら、セレトは、本命、死角から一撃を放つ。
それは、単純な召喚魔法。
槍を構えたスケルトンソルジャーによる突撃の一撃。
隙をついた一撃とするがゆえに、最低限の魔力の動きで素早く唱えられる下級召喚術による奇襲。
下級のアンデットといえど、単純かつ素早い動きは、並の戦士ではとらえることもできないであろう。
「その程度の成長では、悲しいですな。」
最もハイルソンは、その動きも読み、飛び掛かってくるスケルトンを後ろを見ずに刀を振るい破壊する。
年を取り、肉体のピークを過ぎた状態でありながら、初見であろう攻撃にも、さほど苦労せずに対応をしてくる。
その姿は、幼い頃よりセレト達、クルスの子供たちを鍛え上げ、クルスの懐刀として数多の戦場駆け抜けてきた頃のまま、今でも大きな壁としてセレトの目の前に立ちはだかっていた。
「ああ。そうだろうな。」
だがセレトは、そこに勝機を見据え、最後の一手を放つ。
倒されたスケルトン。
だが、その身体を媒体に、いやそこに込められた魔力を核にセレトは、最後の一手を放つ。
「なるほど…、少しは成長をしたのですかな。」
その右肩を、スケルトンの核より生み出されたナイフを貫かれながら、ハイルソンは、驚いたような声で答える。
最も、本来は心臓を貫くはずであったその刃をずらし、致命傷を避けてはいたが。
「もう打ち止めですかね?坊ちゃん。」
ハイルソンは、あざ笑うような表情を浮かべながら、セレトに刀を向ける。
「何、まだ手はあるさ。」
セレトは、そう話しながら次の一手のための準備を進める。
こちらの手は、致命傷にこそ繋がっていないが、着実にハイルソンを追い込んではいる。
このまま続ければ、確実にこちらの勝利に結びつけられるはずであった。
「いや、貴方の負けですよ。セレト卿。」
だが、そんなセレトの背に冷たい女性の声が響く。
「申し開きはありますか?」
そこには、セレトが放った呪術のダメージから、回復をした聖女、リリアーナがこちらに刀を向けながら睨みを利かせていた。
「おやおや。二対一となりましたな。どうしますかな。」
時間稼ぎに成功したからであろうか。
ハイルソンが笑みを浮かべながらこちらを見ている。
挟み撃ちとなり、追い込まれた状態となったセレトは、周囲を注意深く見守りながら、この場を切り抜けるための一手、切り札ともいえる一手を放つ準備をするのであった。
第三十八章へ続く




