幕間36
幕間36
「きひひひひ。何か動きがあったようですよ。主よ。」
自身の部下、ユラが、いつも以上に耳障りの声で報告をしてくる。
その声をヴルカルは、適当に聞き流しながら、されどその内容について頭の中で整理をする。
「その不快な声をやめろ。」
そんなヴルカルの様子に気が付いてか、それとも自身も同じ気持ちなのか、近くに控えるユノースが声を荒げる。
「ひひひ。失礼。だがね、ユノース。大きな魔力が動いている様子が見えますよ。けけけ。」
いつも以上に、ユラは饒舌であった。
その興奮した口調を聞きながら、ヴルカルは、頭痛を感じる頭を押さえる。
おそらくユラが述べている出来事は、きっとヴルカルにとって重要なものなのであろう。
必ずしも、自身にとって有益な情報を提供するわけではない、むしろ忠誠を誓っているかもわからない存在ではあったが、それでも彼女は、ヴルカルに決して無意味なことを述べる存在ではない。
つまり、この言葉も、きっとヴルカルにとって、何らかの関係があることなのであろう。
だが、ヴルカルは、今ユラの言葉の意味だけを考えられるほどの余裕がなかった。
本国への帰還命令。
新しい司令官を送り込まれての、自身への帰還命令は、すなわち、この戦における自身の功績の全否定にほからない出来事であった。
いや、単純な帰還命令のみであればよかった。
今現在、ヴルカルの頭を悩ませているのは、自身が本国へ呼び戻されているわけであった。
表向きは、和平のための交渉団との入れ替えであったが、漏れ聞こえてくる噂では、この戦が一部貴族の私腹を肥やすためだけに始まったことに対する懲罰人事。
いや、もっと恐れているのは、本来の目的、誰かの陰謀を隠すために行われた戦として、本国において厳しい調査が進んでいるという噂。
ヴルカルが、何より恐れているのは、その点であった。
自身が暗殺をしようとしていた、聖女リリアーナ。
もちろん、自身が直接ぶつかるという愚は冒さず、そのための駒としてセレトという男を用意したものの、そのセレトは暗殺に失敗し、聖女とともにその姿をくらましていた。
つまり、暗殺の成功の有無もわからぬこの状況においてヴルカルが取れる選択肢は、決して多くはないはずであった。
「きひひひひ。ヴルカル様。貴方はご興味はないのですか?」
耳障りな声を出しながら、ユラは、自身の主に問いかけてくる。
だがヴルカルは、その声に応えずに遠くを見つめる。
「黒い影が、強い魔力が、面白いように動いておりますな。ひひひ。」
ユラは、変わらず笑いながら言葉をと続ける。
「ふん。それがどうしたというんだ?」
ユノースは、切って捨てるように言葉を返す。
その様子には、ユラの言葉などに、何の関心も待たない様子が見える。
「ここは、戦地。例え、和平交渉が進んでいるといえども、まだ停戦となったわけではない。つまるところ、争いが起こってもおかしくはなかろう。」
ユラの発言を潰すように、ユノースは言葉を続ける。
その声には、苛立ちが混じり、一刻も早くこの会談を終わらせたいという意思を感じさせる。
「けけけ。確かにそうかもしれませんな。」
そしてユラは、その言葉を受け、適当に言葉を返す。
最も、その彼女の様子を見る限り、ユノースの言葉を受け入れたわけでなく、まるで無知な者を嘲笑うような態度を見せる。
「そこにいるのは、誰なんだ?」
そんなユラの態度に、何かを感づき、ヴルカルは、彼女に言葉をかける。
「きひ?誰かとは、誰なんでしょうね。」
詠う様に、中途半端な笑みを浮かべながら、彼女は答える。
「お前には、何が見えているのだ?」
ヴルカルは、そんな彼女の言葉を無視しながら、言葉を発する。
「見えてるものですか?ひひひひ。それは、魔力のぶつかり合いと述べてるでしょ。けけけ。」
ユラは、その言葉に、変わらず笑い声をあげながら返答する。
「その魔力は、なんなんだ?お前が気づくほどの大きな力を持っているのは、誰なんだ?」
ヴルカルは、声を荒げることなく、ただただ彼女に質問を重ねる。
「ひひひ。なんでしょうな。」
ユラは、笑いながら、遠くを見つめながら主に言葉を放つ。
ユノースは、様子が変わった主と、彼女のやり取りを理解できず、所在なさげな表情で二人を見比べる。
「セレトと、聖女がそこにいるのか。」
だが、ヴルカルは、そのような彼女を黙らせるような力強い言葉で問いかける。
「あの二人が、戦っているのか?」
ユラが答える間もなく、ユノースが口を挟むまでもなく、ヴルカルは、問いを重ねる。
「気が付いていたのですか?」
そんな主に、やや口調を変え、ユラが答える。
その口調には、さっきまでのおどけた空気はなく、力強い言葉を返してくる。
ヴルカルは、その言葉に、浅い会釈で答える。
「ふむ、ふむ。」
ユラは何かを思案するように頷く。
「ふざけるな!」
そんなユラの態度に業を煮やしたのか、ユノースが怒りに見た表情で、彼女に掴みかかりかねない勢いで言葉をかける。
だが、そのような言葉が聞こえていないのか、ユラはまるで、ユノースが存在していないかのように、彼を無視する。
ヴルカルは、そんな様子を眺めながら、ユラが口を開くのを待った。
「なるほど。気が付いていたのではなく、それは、貴方の切望する願望ですか?」
そんなヴルカルに対し、改めて口を開いたユラは、これまでと打って変わり、どこか冷たい、相手を冷笑しているような態度で言葉を紡ぐ。
「なるほど、なるほど。ふむ、確かにこの状況、今の貴方が置かれている現状を打破するには、彼と彼女の接触が一番望ましいでしょうしね。」
ヴルカルは、言葉を返さず、しゃべり続けるユラの言葉にうなずき返す。
「ふふふふ。いいでしょう。仕える身としの義務です。貴方が知りたいこと、わかる範囲でお伝えしましょう。」
いつの間にか、ユラは、これまで、ヴルカルやユノースには見せたこともないような、普段の気狂いのような態度とは違った様子で言葉を返す。
最も、その声色、眼は、狂ったもの特有の調子と光を宿していたが。
「あら、だが残念ですね。」
だが、言葉を待つヴルカルとユノースに対し、ユラは、全く違う言葉を発する。
「光をかき消そうとする闇が、何者かに断ち切られたようですよ。」




