第三十五章「化かしあい」
第三十五章「化かしあい」
グシャっと、何かを潰したような音が鳴り響き、リリアーナの身体が跳ねる。
セレトが発動した呪術により、リリアーナの脇腹を、彼女身体の内から現れた漆黒の刃が貫く。
戦況は、もはや一方的な有様を見せていた。
倒れたリリアーナは、魔術によって姿を晦ましたセレトの行方が分からず、ただ一方的にセレトの呪術によってその身を削られ続けている。
セレトは、そんなリリアーナを見ながら、その呪術によって生み出された武器によって、彼女の身を削り続けていく。
最も、そんな一方的な状況となりながらもセレトは、未だ自身の勝利を確信していなかった。
先程、リリアーナの腹を貫いた刃は、本来は彼女の喉笛を貫くはずであった。
他にも、その前に放ったリリアーナの腕や足を貫いていった各呪術は、それぞれ彼女に致命傷を与えるはずの一撃のはずであった。
だが、それらの呪術は、リリアーナ自身の身にまとった魔力によって発動を阻害され、彼女に致命傷を負わすことはできなかった。
すなわち、リリアーナは、未だ余力を残しており、セレトの攻撃を防ぎ続けているのである。
そして、リリアーナの目は、変わらずに強い意志を持ち、セレトの呪術を耐えていた。
それゆえ、セレトはいまだに姿を現さず、最大限の警戒をもって彼女を呪い続けていた。
少なくとも、今下手に必要以上に動くことは、決して自身を利さず、むしろいリリアーナの反撃の機会につながりかねない。
そう考え、まずは可能な限り彼女を弱らせようと、自身の魔力を放ち続けるのであった。
「愚かしいわね。」
セレトの呪術によって左手を貫かれながら、リリアーナがぼやく。
「仮にも、我が国の将の一人でありながら、このような臆病者の戦い方しかできないの?あなたが、なぜ今の地位におかれているのか、よくわかるわ。」
侮蔑の思いを隠そうともせずに、リリアーナは吐き捨てる。
最もセレトは、そのような言葉は聞き流す。
所詮は、大勢が決した状況での戯言であり、リリアーナの負け惜しみに過ぎない。
このような言葉に気を取られ、彼女に反撃の機会を与えてしまうことこそが、愚か者の末路であろう。
「所詮、呪術師に過ぎないということね。」
リリアーナは、セレトに聞かせるつもりが、あるのか、ないのかわからない程度の声で話続ける。
セレトは、その言葉を聞き流しながら、次の呪いを発動させる。
いずれ、リリアーナも口を引く体力も魔力も付き、今は耐えてる呪術によって致命傷を受けることになるであろう。
なら、セレトは無理をせず、ただただ自身の力をふるい続けるだけであった。
「貴方には失望したわ。」
リリアーナの言葉には耳を貸さない。
セレトは黙々と次の一手を放つ。
彼女の首を貫く一撃。
これが通れば、リリアーナの命を確実に刈り取ることができるであろう。
自身の魔力を籠め、リリアーナに向けて放つ。
放たれた魔力は、リリアーナに刻まれた刻印に反応し、その呪術を彼女の身に刻む。
今度の一撃は、彼女の魔力に塞がれずに自身の狙い通りの効力を放てるだろうか。
「なるほどね。」
その瞬間、リリアーナの首が動き、セレトの潜んでる方向へと視線を向ける。
その鋭い目つきにセレトは、一瞬驚愕する。
だが自身の姿は向こうから確認できていないはずである。
その視線は、何を意味しているのか、セレトは、一瞬考えこむ。
しかし、その一瞬の思考がセレトの動きを遅らせる。
そして、その一瞬の隙が、状況を動かした。
気が付くと、セレトは、リリアーナが放った光の刃で身体を貫かれていた。
「そこにいたのね。」
身体を貫かれ、倒れているセレトを見下ろしながら、リリアーナは、軽蔑的な視線を向けてくる。
まさに神速の動き。
セレトの思考の合間をついて立ち上がったリリアーナは、魔素を展開し姿を隠しているセレトに向けて、光の刃を投げつけてきた。
結果、今セレトは、彼女に投げつけられた光の刃で倒され、身動きが取れない状況に陥っていた。
リリアーナが放った、光の魔力で作られた刃は、封印の術式も込められているのか、セレトの身体を地面に押さえつけ、同時に魔力の展開を防いでいた。
「さて、ここからどう切り返すの?」
リリアーナは、倒れているセレトに対し冷たい視線を向けながら言葉を紡ぐ。
最も、逆転の一手が成功したためか、彼女の表情には笑みが浮かんでいるようであったが。
「いやはや。私の動きはすべて見破っていたのかね?」
セレトは、目の前のリリアーナに平静を装いながら言葉を返す。
今の状況下、まずは状況の見直しを行うための時間を稼ぐことが重要であった。
「単純な話よ。あなたの魔力を追っただけ。私の身体に呪術を発動させるためには、魔力を籠めないといけないのでしょ?その残滓を追っただけよ。」
軽い感じでリリアーナが返した言葉だが、彼女の実力の高さを感じさせる言葉に、セレトは、舌をまく。
もちろん、セレトとて呪術を放つたびに、自身の魔力が漏れてしまうことを理解していた。
それゆえに、ミニオンを自爆させ、周囲に自身の魔力が感知されずらくなるように周囲に魔素をばら撒き、同時に姿を影に隠し晦まし、リリアーナを嬲っていたのである。
だが、その前提は崩れた。
すでにセレトの切った手札に対し、リリアーナはより強い手札を切ったのである。
「ねえセレト卿。」
倒れているセレトに対し、リリアーナが声をかけてくる。
「前も聞いたわね。貴方は、なぜ私を殺そうとするの?」
そこの声色には、怒りや悲しみではなく、どこか疲れの色が見えていた。
「貴公が気にくわないからだよ。それ以外に理由はない。」
そんな彼女に、セレトは、淡々と言葉を返す。
リリアーナが放った刃は、特別魔力が練りこまれているのか、セレトは一向に身動きが取れない状況が続いていた。
「その状態で、まだそんな態度をとれるの?大したものね。」
リリアーナは、セレトに対して皮肉が混じったような態度で言葉を返す。
「まあいいわ。それなら、ここで貴方は死んでよ。」
そう話しながら、リリアーナは刀を抜き、倒れているセレトに一歩ずつ近づいてくる。
魔力もろくに展開できず、身体も動かせないセレトは、そんなリリアーナが近づいてくるのをただ見守るしかできない。
「それは困るな。まだ死にたくはないものでね。」
だがセレトは、近づいてくる聖女をにらみながら、そう啖呵を切る。
その眼力に慄いたのか、リリアーナは、一瞬、その歩みを止める。
だが、セレトはそのまま魔力を放つ。
リリアーナの光の刃がセレトの魔力の展開を妨害してくるが、強引に魔力を展開する。
リリアーナが距離を詰めてくるが、その動きが自身に届く前に、セレトが放った魔力が彼女の刻印に反応をする。
リリアーナの刃が、セレトに振り落とされようとする。
「遅いね。」
だが、その前に放った魔術が効果を放つ。
リリアーナに埋め込まれた刻印に魔力が反応する。
ぐしょ。
どこか湿った音とともに、リリアーナの腹部から漆黒の腕が生える。
「なに、こ、れ?」
驚いた顔で自身の身体に起きた異常を見つめるリリアーナ。
「魔力は、封じてたのに…。」
リリアーナは、呟く。
「おいおい。俺を誰だと思っているんだい?」
セレトは、皮肉めいた笑みを浮かべて言葉を返す。
「呪術師を嘗めるなよ。」
リリアーナに打ち込まれている光の刃を解呪しながら、セレトは、立ち上がる。
聖女の腹に生えた漆黒の腕を、極上の笑みで見つめながら、セレトは、この長い戦いに一つの終止符が打たれたことを実感した。
第三十六章へ続く




