幕間34
幕間34
「セレト卿が動き出したようですね。」
ユラが何時ものように、笑い声を噛み殺したような声で言葉を発する。
最も、その声に応える者はいない。
「これまでと違い、本体自ら動かれているとは。彼も本気ということでしょうか。」
喋りながら、ユラは自身の手元を見る。
そこには、彼女の魔力に反応してか、いくつかの光の玉が浮かんでいる。
ユラは、その光の玉を適当に触れていく。
触れる度、光の玉は、ユラが求めている情報を彼女の頭の中に直接教えてくれる。
簡易的な監視魔術の応用であったが、ユラは、現在その魔術によってセレトとリリアーナの対峙を眺めていた。
「彼は、何を考えているのでしょうかね。ミニオンによる物量なんかで、聖女を倒せるわけがないってわかっているだろうに。」
まあ、何か考えがあるのでしょうけど。と、声に出さない言葉が、ユラの口の中で流れていく。
セレトとリリアーナの戦い。
自身の主であるヴルカルが望み、始まった二人の戦い。
最も、お互いに嫌いあってたこの二人は、ヴルカルの介入がなくてもいずれは戦ったであるが。
そのようなことを考えながら、二人の戦いを眺める。
本来であれば、自身の主であるヴルカルに伝えるべきであろう戦いであったが、ユラは、この戦いをヴルカルに伝えるつもりはなかった。
ヴルカルには、ヴルカルの考えがあり、同僚のユノースには、ユノースの考えがあるように、ユラには、ユラ自身の考えがあった。
最も、現在のユラにとってセレトの戦いの結果は、そこまで重要ではなかった。
セレトが、未だに聖女を倒そうと策を講じ続けていること。
その事実こそ、現在のユラが特に重視していることであった。
「セレト卿は何かを狙っているようね。最も、リリアーナ卿に勝てるかどうかはわからないけど。」
戦いの流れを覗き見ながら、ユラは一人言葉を続ける。
最も、このような戦いでなければ、セレトがリリアーナに勝つことは難しいであろう。
部隊の質も決して高くないセレトは、このような大将同士の一騎打ち以外にろくな勝機もないであろう。
「それで貴方は、いつまでここにいるの?」
そのようなことを考えながら、セレトの戦いを見守り、感想を述べながら、ユラは部屋の隅にいる存在に声をかける。
「私は、どちらの味方をするつもりはないわよ。この二人の戦いに手を出すつもりもないしね。」
喋り続けるユラの言葉を聞いているのか、聞いていないのかわからないが、隅にいるその存在は、そんなユラの言葉に応えることなく佇んでいる。
最もユラは、そのことを気にもせずに、状況の推移を見守り続ける。
セレトとリリアーナの戦いは、互いの手札を隠しながら進んでいるように思えた。
セレトは、ミニオンの展開によって牽制し、一方のリリアーナは、その剣の腕で捌いていく。
一見すると、その剣で攻撃を捌いているリリアーナが、セレトを押しているようにも思えたが、そもそもセレトの本質は、その呪術による搦め手である。
だが、現在のセレトは、そのような呪術を見せることなく、ただただミニオンを展開し続けるだけである。
何か考えがあるのだろうか。
そのようなことを考えながら、ユラは、この戦いを見守り続ける。
セレトの一挙一動は、リリアーナに防がれているように思えるが、その表情に曇りはなく、どこか歓喜のような表情が浮かんでいることにユラは気づいていた。
すでにセレトが仕掛けた何らかの罠が作動しているのだろうか。
最もリリアーナとて、聖女と称される実力者であり、過去のセレトの襲撃を防ぎきってきた実績がある。
彼女にとって、セレトが仕掛けている罠は、取るに足らないものである可能性も十分にありうる。
この戦いの結末はどうなることか。
そう考えていると、セレトがミニオンに魔力を籠め破裂させる。
同時に、リリアーナの周辺に魔力が込められた黒い霧が展開される。
セレトが動いた。
その瞬間、ユラがいる部屋にノックが響くと同時に扉が開かれ、ユノースを伴ったヴルカルが部屋に入ってきた。
「準備はできたか?出発するぞ。」
彼女の主、ヴルカルは、不機嫌そうな声で呼びかける。
「えぇ。いつでも。ひひひ。」
ユラは、その言葉に頷きながら立ち上がる。
展開していた魔術は、すでに解除されており、ヴルカルもユノースも、その痕跡に気が付いている様子はなかった。
セレトとリリアーナの戦いの結末は、どうなったのか。
そして、それは目の前の主が望む結果となるのだろうか。
いずれにせよ、今起きているこの戦いには、あの二人以外の意思は必要ないであろう。
そう考え、目の前にいるヴルカルに何かを伝えることもなく、ユラは、この部屋をあとにする。
「おい。ユラ。」
部屋を出たところで、ユノースがユラに声をかけてくる。
「ひひひひ。なに?」
その言葉に、わざとらしい反応を返す。
そんな彼女の軽薄な反応に、苛立ちを見せながらも、ユノースは、目の前に歩く主、ヴルカルに聞こえぬよう声を潜めて口を開く。
「お前、あの部屋に一人でいたのか?」
確信がない疑問を問いただすように、恐る恐るとユノースは言葉を発してくる。
「きひひひ。多分、誰もいなかったと思うけど?」
そんなユノースンも反応に、ふざけたような態度でユラは言葉を返す。
「そうか。ならいい。」
ユラの返事が気にくわなかったのか、ユノースは、素っ気無い態度で言葉を返し、肩を怒らせながらヴルカルの元へと戻っていく。
そんな様子を、笑みを浮かべながらユラは見送る。
そして自身が立ち去った後の部屋から、何かが立ち去ったことを感じながら、ユラは、自身の主の後をついていく。
人々が立ち去った部屋の窓は、大きく解き放たれていた。




