幕間29
幕間29
「それで、ここからどうするつもりなんですかい?」
慇懃無礼な態度で、グロックが言葉をかけてくる。
「セレト様からの指示はない以上、各々で主のために最善となる行動をとるしかないでしょう。」
その言葉にアリアナは、投げやりに言葉を返す。
「なるほど。では、このまま上の命令通り部隊をまとめて帰国をしますか。少なくとも、それが最も主にとって利益となりますでしょうな。」
グロックは、多少の皮肉を込めて言葉を発してくる。
最も、アリアナは、その言葉に返すべき返事を持っていなかった。
主であるセレトは、リリアーナと共に崖の下に落ちていった。
最も、それぐらいで死ぬような男でないことは、アリアナはよく理解していたし、自身の左手に刻まれた呪法を通して感じる魔力が、自身の主の生存を彼女に伝えていた。
だがその後、セレトからは、何の連絡もないまま、既に五日が経っていた。
リリアーナの部下であるロット共に、ボルスン砦に戻ってきたアリアナ達は、ヴルカルより、この戦争の終結を聞かされた。
その後、各々の行方不明になっている主を見つけ出すため、各方面に部隊を送っているものの、セレトもリリアーナも見つからぬままに、日々は経過していった。
そのような中、ヴルカルがこの砦を去ることが決まり、それに合わせて、アリアナ達も、ともに本国へと戻るように指示が出たのであった。
当然、アリアナは、自身の主の不在を理由にその命令に難色を示したが、既に戦いが終わっていることと、引き続き行方不明者の捜索は、こちらに残る部隊によって続けられる旨を述べられ、彼女のこの地に残りたいという嘆願が認められることはなかった。
結果、今の彼女に取れる手段は、ただただ大人しく上の命令に従い、主の立場を悪くしないうちに部隊をまとめて速やかに撤退をすることしか残されていなかった。
だが、自身の主の不在という状態は、彼女の不安を激しく掻き立て、同時に、グロック達、他の部下が、この状況に対し危機感を感じていないような態度は、彼女の不機嫌さをより増すこととなった。
そのような状況下の彼女が、肩を怒らせ歩ていると、前からロットが率いるリリアーナの隊の者達が歩いてくるのが見えた。
自分達と同じく、主が不在のままの聖女の部下達は、アリアナと同じく、どことなく不機嫌さを醸し出しており、特に先頭を歩くロットの表情は、周りに輪をかけて険しいものであった。
ロットは、こちらに気が付いたようであったが、そのまま歩き続け、アリアナとグロックの横を表情も合わさぬまま通り抜ける。
アリアナもグロックも、自身達と決して相いれない、このいけ好かない青年が通り過ぎるのを、興味がなさそうにやり過ごした。
「くそ、汚らしい呪術師風情の子飼いネズミ共が、まだこの場所にいましたか。」
だが、アリアナとグロックから少し距離を取った瞬間、ロットからぼやく様に言葉が漏れる。
その瞬間、アリアナは、反射的に自身の手に魔力を込め、それをロット達にぶつけようとする。
隣にいるグロックが動くのが見えると同時に、目の前にいるロット達も、自身の失言に反応した魔力を感じたのか、それぞれの武器に手をかけようとする。
だが、目の前にいるロット達の武器は、基本的に剣である。
多少の距離を取っている自身の呪術が彼らに届く前に、その刃が自身を貫くことはないであろう。
そう思考しながら、アリアナは、込められた魔力を放とうとする。
「互いの主に迷惑がかかるだけですぜ。収めましょうや。」
しかし、そのようなアリアナとロット達の衝突は、グロックの一言で動きを止める。
ロット達は、自身の武器に手をかけているものの、その武器を構えずにこちらを睨みつけている。
そして魔力を放とうとしていたアリアナは、その前に出されたグロックの剣を確認し、詠唱を止める。
「ふん。命拾いをしたな。」
武器に掛けた手を戻しながら、ロットは捨て台詞を放ち、部下達と共に立ち去る。
アリアナは、その背中を自身の放てなかった魔力も上乗せするような怨嗟の念を込めて見つめる。
「落ち着きましたかい。」
ロット達が立ち去ったのを確認して、グロックは、自身の構えた武器を下ろす。
アリアナは、それには応えず、自身の気持ちを落ち着けるように息を吸うと、ロット達とは、反対の方へと歩を進めることにした。
グロックの行動は理解できたし、主不在のこの状況下で、騒ぎを起こすリスクも、アリアナは十分に理解していた。
だが、それでもアリアナにとって、今の自身の行動を止めたグロックの姿勢は、到底許容ができずにいた。
自身の主をも含めて侮辱してきたのみならず、ロット達は、自身の主の敵である、リリアーナの部下でもあった。
主の計画が、今、どのように進んでいるか分からない状況であったが、例えそうであっても、そのリリアーナの力を削ぐ為に、ここで彼女の片腕ともいえる者達を理由をつけて始末をすることが出来るチャンスでもあるはずであった。
もちろん、このことは、自身の主のマイナスに働く要素もある。
だが現状、王都より新しい部隊が砦入りこそしているものの、この地を仕切っているのは、未だにヴルカルであった。
それゆえ、多少の無茶を犯したとしても、事情を理解しているヴルカルであれば、上手く事をまとめてくれる期待も十分にあった。
しかし、グロックは、アリアナに刀を突き付ける形で、その動きを止めるような姿勢を見せた。
そのことが、彼女に屈辱を与え、その心に怒りを与えているのであった。
元々、グロックは、セレトの部下でありながら、どこか引いた姿勢を見せている側面があった。
自身の主の言葉に従いながら、その言葉もすべて理解しながら、主の意に逆らうような姿勢を時折見せる。
それが、主のためを思ってか、自身の保身故か分からなかったが、ここ最近、そのような姿勢は、今のようにアリアナの行動を妨げるようなことも多くあり、そのことが特段、彼女を苛立たせていたのである。
「いやはや。しかし我等の旦那様は、どうなったことやら。我々もここには、長居をできそうにないですからな。」
そんなアリアナの様子を知ってか知らずか、グロックは、ぼやく様に言葉をこぼす。
アリアナは、その言葉には応えこそしなかったものの、グロックのいうことは、十分に理解できていた。
恐らく、近いうちに自分達は、本国へと帰還することとなるであろう。
そしてそれは、今この国に残っているであろう、セレトとリリアーナの二人の戦いに、自身の力添えが出来なくなるということであり、自身の主にとって不利な出来事ではあった。
だが、そのことを考えながらも、アリアナは、時が来たら命令に従い、自身が本国へ戻るであろうことを十分に理解していた。
例え、ここに自身が命令に違反して残ったところで、状況は改善しないであろうし、自身の主も、それを決して望まないであろうことを知っていたのである。
「おや。ここにいたのか。ちょうどよかったよ。」
そして、そのような考え事をしている最中、自身が決して、ここに残らないであろう要因である人物、クルスと出会い、アリアナは、身構える。
「おや。クルス閣下。何かございましたか。」
突如現れ、声をかけてきた自身の主の父親。そして、今、この砦で最も力を持っているであろう存在に対し、グロックが言葉を返す。
アリアナは、その言葉に合わすように会釈をする。
「君達の出発の時期が決まってな。それを伝えに来た。」
クルスは、淡々と言葉を放つ。
最も、その視線は、アリアナを捉えておらず、隣にいるグロックへ向けられていた。
「ほう。それは、いつですかな。」
グロックは、そのなんの感情もない視線を真っ向か受け止めながら、言葉を返す。
「明日の夕方だ。」
クルスは、一言で答えを述べると、そのまま踵を返す。
「明日?急な話ですな。」
やや驚いたようにグロックが言葉を返す。
「前々から、帰国命令が出る予告はしていただろう。まあ明日、ヴルカル殿を中心に、多くの者達が出発することが先ほど決まった。貴公らは、その部隊と共に帰国をしたまえ。」
グロックの言葉に首だけこちらに向けて、クルスは、言葉を放つと、そのまま立ち去る。
「いえいえ閣下、少しはこちらの事情も聞いてくれませんかね。」
グロックが、立ち去っていくクルスを、慌てたように追いかけていく。
そしてあまりに突然の命令であり、そのことに混乱をしながらもアリアナは、一人立ち残されながら、立ち去る寸前、最後にクルスがこちらに向けた視線を思いだした。
それは、グロック達に向けられていた物とは明らかに違う、憎悪と軽蔑の視線で合った。
時折、自身の主であるセレトも、クルスからそのような視線を向けられていることを、アリアナは知っていた。
自身の主を嫌っている、その父親は、同時に、その部下である自分達にも、あまり好意的な感情を抱いていないことは、アリアナも理解はしていた。
しかし、先の会話の中で、グロックに対しては、向けられていた視線と、最後の一瞬、自身に向けられた視線。
その視線の、あまりの冷たさと、自身がその視線を向けられている事の理由を考えながら、アリアナは、自身の部屋へと向かった。
翌日。アリアナは、ヴルカルが率いる部隊と共に、砦を出発した。
聖女の部下達も、全員ではないが、ロットを筆頭に、その多くが同行をしている。
主と聖女の戦いは、まだ続いているのだろうか。
そのようなことを考えながら、その助けになれない自分の不甲斐なさを踏みしめるように、アリアナは歩を進めるのであった。




