幕間28
幕間28
ガチャン。と金属音が響き、ラルフが振るった刀と、目の前に迫ってきた謎の敵の刀がぶつかり合う。
相手の攻め手に合わせて、迎撃をしようと切りかかったラルフであったが、その斬撃は、予想外に素早い相手の動きで抑えられる形となった。
最も、ラルフとて若輩ながら、その実力を買われて王都の警備隊長という地位についた男である。
相手が予想外の強さを持つ使い手であろうと、その程度で臆するつもりは毛頭もなかった。
「おらよ!」
威勢のいい叫び声を上げながら、つばぜり合っている右手の刀を一気に引き、相手のバランスを崩させると、そのまま左手で懐の短刀を相手の顔面に投げつける。
バランスを崩した相手の身体に向けて、至近距離で放った短刀は、相手の右肩に刺さる。
そのことを確認しながら、ラルフは、再度右手のスナップを利かせ、自身の刀を振るう。
バランスを崩し、短刀により負傷した相手は、為す術もなく、その刃をその身で受けるであろう。
しかし、そう考えながら振り払われたラルフの刀は、空を切る。
相手が上半身を思いっきり反らし、ラルフの斬撃を避けたのである。
「グラア!」
驚くラルフに、驚愕の顔色を浮かべる余裕すら与えず、敵がフードでその身を隠した姿勢のまま襲い掛かる。
既にラルフが投げつけた短刀により負傷をしているが、それすらも気にしないような敵の一挙一動に恐怖すらを感じながら、ラルフはその攻撃をさばいていく。
それなりの速度で振り回される敵の攻撃であったが、ラルフは、その動きを落ち浮いた確認をしていきながら、隙を伺う。
見たところ、相手は身体能力こそ優れてはいるものの、その技術は高くなく、ただただ力任せに武器を振り回しているだけのようであった。
素早く振り回される武器自体は、脅威ではあったが、ラルフは、これまでの経験と勘で、それらをうまく捌きながら戦い抜いていた。
「いい加減、大人しくしろよ。」
そして、相手の大振りをうまく躱したラルフは、そのままバランスを崩した相手に突きを放つ。
ラルフが放った刀は、悪くない感触で相手の右わき腹に突き刺さる。
そのまま刀を引き抜き、ラルフは、相手に更なる攻撃を加えようと力を籠める。
だが、その刀は抜かれることなく、腹に衝撃を受けたラルフの手から離れる。
腹に相手の蹴りをもろに受けたのであった。
既に深い傷を負っているとは思えないような力で放たれた一撃は、ラルフの意識を掠め取りながら、その衝撃を身体全体に伝えていく。
一瞬息が出来なくなり、ラルフは、離してはいけないと思いながらも、刀を手放し、そのまま背中から地面に叩きつけながら、吹き飛ばされた。
「畜生。」
口汚く、弱弱しい声で罵りの言葉をつぶやくラルフの前で、切られたはずの相手が立ち上がる。
右肩には短刀が刺さり、右わき腹には、先程ラルフが突き刺した刀が腹を抉ったままの状態で、残っている。
確かに血らしいものも流れており、その量は決して尋常ではなかったが、それを気にすることないように動いているその存在にラルフは恐怖を感じていた。
「ジワルグ。」
目の前の存在は、空気が漏れだすような音で、よくわからない言葉を放ちながらこちらに向かってくる。
武器を持ち上げ、ラルフに止めを刺すように、一歩、一歩、確実に向かいつつあった。
そのまま、刀で切られることを当然にラルフは良しとしない。
何とか起き上がろうとするが、腹への一撃と衝撃は、思った以上のガタを身体中にもたらしており、ろくな身動きも出来ない状況であった。
この戦いによる物音を聞いて、上にいる部下や、誰かが異常を感じて来てくれないとか、淡い期待をするが、それの希望はすぐに打ち消す。
元々、隠し戸で隠された部屋である。
それも、地下深くに降りたような場所にあるこの場所の物音など、上にいる者達に早々聞こえるはずもない。
いや、今、目の前にいる存在が、もしセレト達にとっての何らかの致命的な秘密であれば、上にいるセレトの部下達によって、屋敷にいるラルフやラルフの部下達も皆殺しにされる可能性も十分にあった。
いずれにせよ、このような状況下となった以上、ラルフにできることはただ一つであった。
目の前の敵を打ち倒し、何とかこの出来事を外に伝える。
もし、目の前の敵が、セレトと何らかの関係があるのであれば、彼を失脚させるのには、十分な材料となるであろう。
そこまで考え、ラルフは、何とか身体に力を入れる。
筋肉の動きに合わせ、身体の節々に鈍痛が走るが、そのことを気にしている暇も無い。
目の前の敵が、こちらに近づき、刃を振り上げてくる。
距離が、十分に近づき、その刀が、断罪のギロチンのようにラルフに振り下ろされた瞬間、ラルフは、一気に動いた。
痛みを無視して右手に力を籠め、携帯している拳銃を抜く。
射撃は、あまり得意ではなかったが、この距離では外すこともないであろう。
トリガーにかかった指に力を籠めると、それは、訓練の時とは違い、簡単に動いた。
ドン。
一瞬遅れて、重い衝撃が腕を襲い、同時に鈍痛に苛まれる身体に更なる痛みを与えてきた。
そして、ラルフが放った銃弾は、今まさに刀を振り下ろそうとしている敵の頭を撃ち抜いた。
火薬のにおいが狭い部屋に充満していく中、流石に頭部への銃撃は効果があったのか、敵は、ふらりと後退し、刀を握った手も、力抜けたように投げ出される。
勝った。
そう思ったラルフが一息をついた瞬間、目の前の倒れかけていた存在が、一気に力を取り戻し、立ち上がると、再度刀を振り上げてくるのが目に入った。
余りの出来事に、理解が追いつかずにいるラルフの目の前で、相手の顔に巻いていたローブの布地が、銃撃で破れたのか、そのまま顔からずり落ちていく。
ローブは、そのまま滑り落ち、目の前の敵の顔をラルフに見せ付ける。
まず目に入ったのは、赤く光った目。
加えて、その顔全体見えるのは、毒々しい紫色の肌。
そこ覆うように、小さな角のような物が生えている中、犬のように突き出た口だけが、妙な存在感を示していた。
その顔の左半分は、先程の銃撃によるものか、多少えぐれているものの、ラルフが見ている前で、徐々に傷が無くなっていくのが見て取れる。
おおよそ人とは思えないその顔に、ラルフは驚きの声を上げようとするが、既に満身創痍の身体は、叫び声ではなく、重い息を吐き出させただけに終わった。
目の前の化け物は、ただ淡々と、作業の続きをやるように、改めて刀を振り上げようとしている。
その目は、感情も何もないように、ただただこちらを見下ろしているだけである。
ここにきて、ラルフは、セレトが人外の化け物を使役しているという噂を思いだす。
化け物を使役するということが、無力な呪術師らしいという話程度に聞き流していたが、これが、その化け物なのだろうか。
だが、ラルフは、そう考えながらも、相手の動きを止めようと短刀を引き抜こうとする。
緊急時の護身用として持っていた銃は、弾が一発しか込められておらず、今ここで弾を込めなおしている時間はない。
そうなると、相手の長い刀身に比べて、心細さはあるものの、今は、これで相手の攻撃を止めることしか、ラルフに取れる手段はないように思えた。
しかし、ラルフの腕は上がらなかった。
既に身体中を襲っていた鈍痛は収まりつつあったが、今目の前の存在、謎の化け物の赤い目に見据えられた自身の身体が、その目に魅入られたように動くことを拒否していたのである。
その目は、ラルフの心中に、図りしない恐怖を植え付け、同時にその気力を奪いつつあった。
相手の振り上げた刀が、速度をつけて落ちてくる。
その刃が、自身の顔に向けて落ちてくるところを見ながら、ラルフは、聖女の助けにならなかった自身の不甲斐なさを呪うのであった。




