第二十八章「目覚めと仕切り直し」
第二十八章「目覚めと仕切り直し」
目を覚ましたセレトは、周囲を見回し、自身の身体を動かす。
右手、左手、両足、首といった各部位に力を籠めるたび反応がある。
試しに右手に魔力を込めてみると、その手に黒い煙のようなものが生まれだす。
では、問題なく「自身の身体」に戻れたということなのだろう。
そのことに満足をしながら、セレトは笑みを浮かべる。
リリアーナとの戦いは、不本意な結果に終わったが、まだ仕切りなおすチャンスは十分に与えられているのである。
あの戦いでは、聖女に終始押されてこそいたもの、そこから逃げ切れた時点でセレト自身は、負けたわけではないのである。
だが、同時に自身の現状を鑑みて、次の一手をセレトは急ぎ考える必要があった。
リリアーナに公然と戦いを挑んだ時点で、自身の翻意は既に周知の事実となっているであろう。
それは下手をすると、自身の王国内の立場を非常に悪い物へと変える可能性があることであった。
最もあの戦場においては、ヴルカルが総指揮をとっている以上、ある程度の対策は期待が出来た。
彼も、聖女暗殺の駒としているセレトを早々切り捨てることはできないであろう。
だが、ヴルカルをそこまで信頼しすぎることも危険ではあった。
基本的に互いの繋がりは、秘密裏となっており、表面上は、必要以上の繋がりが見えない状況である以上、必要以上の危険性、不利益が確定した段階で、ヴルカルが自身を切り離す可能性は十分に考えられた。
そういう意味においては、今回の聖女暗殺の失敗をヴルカルはどう評価するのだろうか。
そのことに一抹の不安を覚えながらも、セレトは、現状を考えながら、今後の行動方針を立てはじめる。
仮初の身体を使った状態では、リリアーナに勝つことが難しいことを、セレトは十分に理解していた。
彼女の実力は、制限をかけた状態で勝てる程、甘くはなく、セレト自身、取れる手段は最大限にとって挑む必要があることは重々承知していた。
しかし、彼女と戦いながら、その実力を肌で感じとり、現在のセレトであれば、戦い、勝利することも決して無理な話でないことも、十分にセレトは理解していた。
手持ちの呪術、武器、魔力を最大限に利用できる今の自身の身体であれば、先の戦いと違い十分に勝利することは可能であろう。
そう考えながら、セレトは今一度自身の身体を見る、
今回の戦では、使い魔に自身の魂を移し、その魔力でその力を行使していた。
当然、魔力は不足し、また一部の呪術は、使い魔の身体では万全の状態で発動が出来ないため、セレトは、使い捨ての術式を使い魔の身体に刻み込み、それらを要所要所で使いながら戦い抜いてきた。
だが、今の身体であれば、そのような魔力不足も気にせず、自身の行使できる術の制限も一切なく、その力を最大限に活用して戦うことができる。
そう考えれば、聖女を倒すことは十分に可能であると思えた。
だからこそ、セレトにとって今最も重要なのは、急ぎリリアーナとの再接触を図り、自身の状況が悪化する前に全ての決着をつけるべく動くことであろう。
そう考えながら、セレトは、自身の魔力を巡らせながら、凝った身体を動かしながら、自身が今抱えている一番の問題、自身の現在の状況に思いを馳せた。
現状、セレトがいる場所は、王都内の自身の屋敷の隠し部屋であった。
この戦いにおいて、セレトは、自身の身代わりを出陣させるにあたり、自身の身体を万が一を考え、一番安全と思われる王都の自身の屋敷に隠したのであるが、それは、このように急ぎ戦場に戻る必要がある現在、重い枷となってセレトに纏わりついていた。
この部屋は、屋敷の地下にある、建築図面には記載されていない隠し部屋であった。
屋敷を探索中に、この部屋の存在を知ったセレトは、その存在を秘密の流出を考え、誰にも伝えることなく、自身の心の中だけにひそめていた。
そして、今回の出陣に当たっても、自身の身の安全と、万が一の裏切りを恐れていたセレトは、この作戦を誰にも伝えることなく、自身の替え玉を立て、自身の本当の身体をこの場所に隠し、戦に向かったのであった。
だが現在、そのセレトの判断が首を絞めているのは確かであった。
リリアーナに襲い掛かったものの止めを刺せずに終わった、この結果は、万が一、リリアーナが部下達と合流した場合、あるいは、本隊に戻った時に、決してプラスには働かないであろう事柄であった。
だが、ここから戦場までの距離は決して短くなく、加えて本来、クラルス王国へ出陣しているはずのセレトが、この王都内にいるということ自体、色々と問題がある状況ではあった。
それでも、この状況を打開するためには、セレトは手をこまねいているわけにはいかず、打てる手は、すべて打つ必要があった。
少なくとも、リリアーナの本陣への帰還、いや贅沢を言うのであれば、リリアーナとその部下達との接触も、可能な限り防ぐべきであろう。
最もそれに残された猶予は、決して長くはなかったが。
だが、それゆえにすぐに動くべきであろう。
そう考え、セレトは周囲の様子を探るために、召喚の術を発動しようとする。
クラルス王国での戦いで、セレトはスケルトンを呼ぶために呪術を使ったが、現在、その時の比ではない魔力が彼の右手に込められていた。
今の自身が、望むべき存在を呼び出すべく、セレトは、自身の力を込めて術式を描く。
そして、魔力を込めて術式を起動させる。
周囲を包み込むような光が放たれ、セレトの呼びかけに応えるように、その存在を、この世界に落とし込むための入り口が開かれようとした。
だが、その魔力を込めた術式に対する反応はなく、入り口も開かれることなく、その存在が霧散した。
召喚の失敗。
そのことにセレトは焦り、今一度自身の状況を鑑みる。
本来、自身の魔力によって、異界より手駒を呼び出す術は、不発に終わった。
つまるところ、自身が呼び出すべき手駒が、今、呼び出せない状況ということである。
そしてそれは、セレトがこのようなときに備えて用意しといた方法が、一つ単純に無くなったということでもある。
そのことに頭を痛めながら、セレトは次の策を考える。
だが、新たな手を考えながらも、その心は、本来呼び出すべき手駒が、今、呼び出せないことに対する不安で支配されつつあった。
そのような状況下に、セレトが頭を抱えていると、近くで何か音が聞こえてくることに気が付いた。
武器をぶつけ合うような金属音と、男の怒鳴るような声にひかれて、セレトは、音のする方に歩を向ける。
自身以外、誰もが知らぬであろうこの場所に、誰かが訪れていることに、不快と一抹の不安を感じながら、物陰から音がする方を覗き込んだセレトが目にしたのは、自身が召喚により呼び出そうとした手駒の一つが、王国の兵士と見受けられる男と戦っている状況であった。
召喚術の暴走。
自身が何らかの理由、状況により無意識下で呼んだ存在が、自身の手綱もつけられずに、ただただ暴れまわっている状況が、目の前の戦いと重なるような形で頭をよぎる。
そしてあろうことか、その存在が戦っているのは、王国の何らかの兵士の一人。
それは、セレトが明かりしれぬところで、王国へと自身が反旗を翻したことにつながる、身の破滅を意味する状況でもあった。
そんな現況を断片的にしか理解できない状況ながら、何か自身が知らぬところで、物事が大きく動き出していることに恐怖を覚えながらも、この場を切り抜けるべく、セレトは、呪術を放つため、魔力を練り始めたのであった。
既に、賽は振られていた。
ならば、今はできることを行うことしかセレトにはできなかった。
王国の兵士が、攻撃を刀で受け止めながら、一歩距離を離した瞬間、セレトは、自身の力を込めた呪術を展開した。
第二十九章へ続く




