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【完結】魔術師は嘲笑の中を足掻き続ける ~嫌われ魔術師は、策謀と陰謀が渦巻く王国で、その嫉妬と羨望、そしてその力を聖女暗殺に利用されるが、それを受け入れ自身も利用することにした~  作者: 成吉灯篭
第一章 魔術師は嘲笑の中足掻き続ける

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幕間27

 幕間27


 「ふざけているのかね。貴公は?」

 手に持ったグラスを握りつぶさんばかりの迫力で、ヴルカルは目の前にいる男に凄味を効かせる。

 最も、睨まれた男、本後からの援軍として訪れたクルスは、そんなヴルカルの発言等、意に返さぬように受け流し、改めて口を開く。


 自身が現在、子飼いの部下として活用しようとしているセレトの父親であるこの男は、本国からの援軍として、わずかな手勢と共にこのボルスン砦に現れると、真っ先にヴルカルの部屋に訪れ、着任の挨拶も早々に切り上げ、本国からの指示として、ヴルカルに信じられない言葉と、命令を発してきたのである。


 「ふざけてはおりませんよ。閣下。本国からの指示は、これ以上の侵攻は無用ということでした。」

 既に決まりきった事項を本国からの書面を読み上げるように、クルスは、淡々とヴルカルに言葉を発する。


 「そして、ヴルカル閣下。貴公については、この砦の維持に必要な兵士を残し、すぐに王都へと戻るようにと指示が出ております。」

 どこまでも冷たい声でクルスは、ヴルカルの反論も許さぬように言葉を言い切る。


 「それは、ここまでの功績を全て貴公に譲り渡せということかね?」

 だが、ヴルカルは、目の前の男に食って掛かるように言葉を返す。


 「いえいえ。ここまでの功績は、ヴルカル閣下自ら兵を率いて進めてたからこそ、成功をしたことは、本国もよく理解しております。この短期間で、クラルス王国内に拠点を築けたこと、私も大層驚いております。」

 ヴルカルを讃えるような言葉を紡ぎながらも、クルスの口調は変わらず冷たいままであった。


 「成程。だが貴公も分かっておろう。本来、この国における作戦行動は、ここからが本番だ。クラルス王国内の、各鉱山資源の確保。そのために私もここまで軍を率いていたことは、貴公もよく理解しているだろう。」

 クルスの態度に合わすように、ヴルカルは内心の気持ちを抑え、冷静な口調で淡々と道理を説く言葉を発する。


 「ここから先の鉱山資源を確保し、その利益を我が国にもたらすために動いてきた私に対し、今、このタイミングで戻れというのは、道理が通らないのではないかね。」

 元々、クラルス王国内への出兵は、この国にある豊富な資源を狙ってのことであった。

 そして、この戦で功を立てた者に対しては、当該資源に対し一定の権利が与えられることは、明言こそされていないが火を見るより明らかであった。


 最も、それは今後始まる、クラルス王国内の鉱山施設への侵略にて功を上げた者に対して与えられるものである。

 それゆえ、今この場で戦場から離れるということは、この戦いにおける最大限の利益を得るチャンスを、みすみす手放すということであり、それは、ここまで多くの出費をしてきたヴルカルにとって到底耐えられる提案ではなかった。

 だからこそ、ヴルカルとしては、理由もなく本国へと戻るつもりもないし、目の前のクルスの言いなりになるつもりもなかった。


 だが、それ故にクルスが放った次の言葉に、ヴルカルは言葉を失うこととなった。


 「閣下。貴方は一つ勘違いをされているようですな。私がここに来た理由は、今後、ここの砦をクラルス王国内への侵攻の拠点として守るための指揮を執るためです。本国は、現状、クラルス王国内でのこれ以上の侵攻は考えておりません。」

 これまでと変わらず、ただ淡々と決定事項を述べるように、クルスは、ヴルカルに言葉を放つ。


 「攻めるつもりがない?」

 完全に不意打ちだったのであろう。

 ヴルカルは、クルスの言葉にしばらく言葉を返さずに固まると、何とか、現状把握のための言葉だけを絞り出した。

 その声色には、現実を認めたくない彼の思いが込められているようであった。


 「はい。本国としては、クラルス王国内に一つの拠点を確保できた時点で今回の戦は成功と看做しているようです。既に、両国で和平のための交渉の準備も進んでいるようですし、恐らく、この戦は、ここで終わるものかと思われます。」

 そしてクルスは、そんなヴルカルの思いを打ち砕く様に言葉を返す。


 「そうか。本国は、そう判断をしているのか。」

 その言葉によって、一転、疲れたような声でヴルカルは、独り言のようにクルスに応える。


 「だが何故かね?貴公も知っておるように、この戦は、我が国において、今後の各資源の確保のためにも重要な戦であり、人、金、全てにおいて、多大な出費をしていたはずなのだがね。」

 だが、その力の抜けた声の中を出しながらも、この信じられない状況の改善に一縷の望みを賭けたのか、改めてクルスを睨みつけるようにヴルカルは言葉を発する。


 「さあ。それは、貴公の方がお分かりでは?」

 しかし、その質問に対しては、心底どうでもよさそうなクルスの言葉が返答であった。


 「だが、国家としては、あまりにこの戦が、我が国の発展という本来の目的から離れすぎていることを重視している模様ですよ。」

 そして釘をさすように、ヴルカルに対してクルスは、語気を少々強めて回答をしてくる。


 「分からんね。貴公が何を言っておるか分からんよ。」

 そしてヴルカルもまた、クルスに対して語気を強めて回答をする。


 各々の主の不穏な空気を感じ取ったのだろうか。

 ヴルカルの周囲に控える部下達は、リーダー格のユノースが刀に手をかけると同時に、各々の殺気を身に纏いながら、クルスに対して強い視線を向ける。

 そしてクルスの部下達も、そんなヴルカルの部下達の態度に応えるように、自身の武器に手をかける。


 まさに一発触発の状況となったが、ヴルカルとクルスは、お互いに身振りで、それぞれの部下達の動きを止める。


 「まあいい。貴公がそう述べているということは、既に和平の道への動きが始まったのだろう。あぁいいとも。貴公の指示に従うとするよ。」

 自棄になったような言葉遣いで、ヴルカルは、クルスに自身の立場を伝える。

 何れにせよ、今この場で目の前の男と争うことが望ましいことではないと、判断したのである。


 「そうですか。それは助かります。」

 対するクルスも、ヴルカルの言葉に必要以上の感情も見せず、淡々と礼を述べる。


 「狸野郎が」と、ヴルカルは、心の中で毒づく。

 確かにこの出兵自体、一部の貴族達が、自身の利益の確保のために計画をしたものではあった。

 だが、それは当然に国の上層部たちも重々に承知をしていることであるし、国全体としてもかなりの利益がある計画であるはずであった。


 それが、無駄に出費だけが嵩んだこのタイミングで中止になるということは、決して国の利益にはならない選択であるはずであった。

 それでも、この戦の一時休戦が命じられるということは、この戦で利益を上げられることを妬んだ誰かしらが、裏でろくでもない細工をしたのであろう。


 そのことに、怒りと失望を感じながらも、ヴルカルは、クルスに退出を促す。

 この場で彼に怒鳴りつけたところで状況は改善しないであろうことは明らかである以上、不愉快なその顔は、早々に目の前から消えてほしかったのである。


 「そういえば閣下。私の息子は如何ですかな?」

 しかし、クルスは、部屋の退出前に、ふと言葉を投げかけてくる。


 普通であれば、自身の息子の様子を気にすること等、特段おかしいことではないであろう。

 だが、クルスとセレトの不仲をよく知っているヴルカルは、その予想外な問いに驚き、一瞬答えに窮した。


 「セレト卿かい?十分に成果を上げてくれているよ。満足いく働きをしていると思うがね。」

 お互いにほぼ絶縁関係と聞いていたが、それでも自身の子供のことは気になるのかと思いつつ、ヴルカルは応える。


 「そうですか。いえ、あれも分からないことが多くて困っておったのですが。だが閣下に可愛がってもらえたようで何よりです。」

 クルスは、そう言葉を返しながら、軽くヴルカルに礼をするとそのまま部下を引き連れ立ち去った。


 「不愉快な奴だし、不愉快な話ですな。」

 ユノースが、今しがたクルスが立ち去ったドアを見つめながらぼやく。

 だが、ヴルカルは、その言葉に曖昧に頷きながらも、クルスの最後の言葉を考えていた。


 先程のクルスの言葉は、ヴルカルの言葉に対する単純な返礼なのか、それともより深い意味があったのか。

 そもそも自身とセレトの関係は、いざというときに備えて、お互いに密にしていたつもりであった。

 だが、クルスの声色、話し方には、ヴルカルとセレトの繋がりを示唆しながら、どこか、それに対する皮肉を込めたような印象があったのである。


 思い過ごしか、それともこれは、何か危険な兆候なのか。

 ヴルカルが、そのことに思いを悩ませていると、ドアが叩かれ、一人の兵士が入ってきた。


 「報告です。リリアーナ様、セレト様の部隊がお戻りになりました。」

 兵士は、少し慌てたように言葉を発する。


 「ほう。そうか。では、リリアーナ卿と、セレト卿の二人を呼んでくれ。報告を聞きたい。」

 ヴルカルは、焦る気持ちを隠しながら、兵士にそう返す。


 「いえ、閣下。それは無理な模様です。リリアーナ様、セレト様は、作戦従軍中に行方不明となった模様です。」

 兵士のその焦った報告は、ヴルカルの心の中に、言い様がない不安を掻き立てた。

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