第二十七章「決着」
第二十七章「決着」
リリアーナの虚を突き、一撃を浴びせる。
そのためだけにセレトは、様々な下準備をしてきたつもりであった。
戦いの最中、切り刻むたびに自身の魔力を相手の刃には這わせ、徐々にその力を強めていく。
そして、相手が油断した隙に、その蓄積された魔力を開放する。
結果、リリアーナの所持する武器に込められた魔力のレジストにより、セレトの呪術は、不完全にしか機能をしなかったものの刀身にダメージを与え、リリアーナに隙を作らせることはできた。
そして今、その虚を突き、隙だらけとなった彼女に向けてセレトは、魔力で作った刃を振り下ろした。
漆黒の刃は、その切れ味に加え、込められた呪術の力により、リリアーナに致命傷の傷を与えるはずであった。
「無駄よ。」
しかし、そんなセレトの一撃は、リリアーナのその一声によって阻まれる。
セレトが振り下ろした刃は、確かにリリアーナの頭を貫くはずであった。
だが、彼女煌めくような金色の髪に向けて放たれた刃は、その刀身を彼女に突き刺すことなく、動きを止めていた。
驚きに目を開いたセレトは、腹部を思いっきり殴られて後ずさる。
その目には、リリアーナの身体全体を覆うように広がる、魔力の障壁が展開されていることが見えていた。
「くそ。」
誰ともなく毒づきながら、再度武器を展開しようとするセレトであったが、リリアーナが体勢を立て直し、一気に襲い掛かってくるのが目に映る。
見ると彼女の損傷した刃は、聖女の魔力によって補強され、光の刃を形成しながらセレトの身体に迫っていた。
「はあ!」
聖女の力強い声で振られた刃を、セレトは、紙一重で避ける。
だが、魔力で作られた光の刃は、その余波でセレトの腹部を切り裂き、熱と痛みを伝えてくる。
ダメージを負いながらも、何とか攻撃をかわし距離を取ったセレトは、再び武器を構えようとするが、リリアーナは、そんなセレトの反撃を許さないかのように空いた掌ををこちらに向けると、そこから光弾を放ってくる。
何とかその攻撃を魔力の障壁を張って防いだセレトに対し、リリアーナは、再度、刀を構えて襲い掛かってきた。
彼女の隙のない攻めを何とか耐えながら、セレトは、反撃の糸口を探ろうとするが、その隙は中々訪れなかった。
先程、上手く隙をついて攻めたときとは逆に、今のセレトは、彼女の斬撃を自身の武器で何とか捌きながら致命傷を避け、蘇生によって受けた傷を防ぎながら、訪れることのない彼女の攻撃の隙を見つけようとのがやっとであった。
蘇生の力もあって、何とか攻撃を耐えているセレトに対し、リリアーナは、猛烈な斬撃でセレトの首を刎ねようとし、セレトが距離を取ると、光弾を放ちながら動きを止め、再度距離を詰めてくる。
加えて、何とか隙をついて呪術の力で組んだ刃についても、聖女の魔力によるものなのか、光の刃に数度触れただけで、その術式を解かれ、消滅をしてしまう有様であった。
「ふざけるなよ!」
誰ともなく叫びながら、セレトは、再度呪術で短刀を生成し、目の前に迫る刃を止める。
だが、黒い刀身は、光の刃に触れた瞬間、その力に耐えきれずに霧散してしまう。
「それは、あたしの台詞だよ!」
どこか怒りを込めたような声で聖女は、セレトに向けて斬撃を放つ。
その攻撃のいくつかをその身に浴びながら、セレトは、頭部に魔力を集中し、その口から漆黒の槍を吐き出す。
魔力によって呼び出された槍は、刃を振り切り、隙だらけとなった聖女の顔面を貫こうとし、その障壁に阻まれ動きを止め、そのまま消え去る。
だが、突然の予想外の位置からの攻撃に聖女が怯んだ隙をついて、セレトは、リリアーナから一気に距離を離すことに成功した。
そのままお互いに睨み合いを続けながら、セレトは状況を確認する。
先程セレトの呪術で損傷を負ったリリアーナの刃は、今はリリアーナの魔力によって新たな刃を形成していた。
同時にリリアーナは、魔力の防壁を身体を覆うように展開し、セレトの攻撃を防いでいた。
セレト自身は、蘇生を繰り返しながら自身の身に負った傷を癒し、かつ、呪術にて武器を生み出し、リリアーナに攻撃を加えている。
しかし、聖女の放っている魔力によるものか、その刃は、リリアーナの身に届くことなく、全て防がれていた。
そして今、対峙しているセレトを油断ならない目で見つめているリリアーナの眼力により、セレトは、その身を禄に動かせずに固まっていた。
今の彼女相手に下手に動けば、あるいは、下手に魔力を込める気配でも見せれば、一気にその隙をついて攻め込まれ、セレト自身が打ち取られるであろうことは明らかであった。
今一度、自身の手持ちの切り札の事を考えながら、セレトは相手の表情を見る。
聖女は、戦いの最中、こちらを睨むような視線を返しながら、こちらの一挙一動を探っていた。
いずれにせよ、大分こちらも手の内を見せた今、相手の虚をつけるのも、後一、二回が限度であることをセレトはよく理解していた。
実際、剣の技量も、身体能力も、リリアーナの方が明らかにセレトより上であった。
だがセレトは、自身の蘇生の力を活用し、強引に攻め込むことでその差を何とか埋めている状況である。
また、ある程度の手札は見せてはいるものの、未だにリリアーナに見せていない術もあることを考えれば、そこからの活路を見出すことは十分可能なようにも思えた。
そう考えながら、左手を背中に回し、そっと魔力を込める。
込められた魔力に反応し、先程の切り合いの最中に配置した呪術が起動を初める。
そして、リリアーナが、まだ反応をしないことを確認しながら、セレトは、その魔力を一気に開放した。
瞬間、リリアーナの背後より黒煙が表れ、それは、そのまま聖女を貫こうと針山を形成しながら、一気に聖女に向かう。
が、その針山も聖女に当たる瞬間に障壁に阻まれ、魔力を霧散する結果となる。
最も、隙をついたところで、今の障壁で身を守っている彼女に有効打を与えること自体が難しいであろうことも、セレトは、十分に理解していた。
それでも、やれることをやり続け、何とか状況を動かそうと、セレトは、無駄であろうと自身が持てる手を次々と投入するしかなかった。
そんな八方ふさがりともいえる状況に陥りながら、セレトは、武器を構えながらリリアーナの動きを見つめ、起死回生の一手を狙う。
だが、そんな一手を考えているセレトに対し、リリアーナは、一瞬の隙を突き距離を一挙に詰めてきた。
その一瞬の隙は、普段のセレトであれば十分に対処が出来たであろうレベルであった。
しかし、呪術を放ったことによる一時的な集中力の欠如、そして聖女という一流の使い手による攻撃が合わさった結果、セレトの反応は一歩遅れる。
セレトがリリアーナの攻撃に気が付き、慌てて迎撃をしようとした瞬間、リリアーナは、既に刀を振り上げ、そのままセレトに切りかかった。
何とか身を捻り斬撃を避けようとセレトはするが、その攻撃を避けきることはできず、聖女の振り抜かれた一撃は、セレトの左手の肘より先を断ち切ることとなった。
一瞬遅れて痛みを感じたセレトが、そのまま体勢を崩す中、目の前の聖女は、そのまま足を振って、セレトの膝を蹴飛ばす。
結果、セレトは、腕を断たれた痛みを感じながら、大きくバランスを崩し、そのまま地面に転がることとなった。
「もう終わりでいいかしら。」
自身の刀の切っ先を、地面に転がるセレトの喉に突き付けながら、リリアーナは肩で息をしながら問いかけてくる。
セレトは、そんな彼女をの様子を、地面に転がりながら見上げることとなった。
「ふむ。貴公の勝ちだと思うなら、これで終わりでいいんじゃないかね。」
セレトは、リリアーナの言葉に適当に言葉を返しながら自身の周囲を見回し、次の一手を考える。
身体はボロボロ、敵との位置関係も悪く、既に追い詰められた状況ではあったが、セレトは、まだ勝負をあきらめてはいなかった。
自身の切り札として、今、この身に刻んでいる一つの魔術を活用し、ここから逃げる算段がセレトにはまだあった。
それゆえ適当な言葉を聖女に返しながら、セレトは、自身の魔力を込める。
聖女は、こちらを隙の無い目で見降ろしながら、セレトの次の一挙一動を追っているように見えたが、それでも次にセレトの打つ手は、彼女を明らかに出し抜けるだろう
「まあ、今は、貴方の方が強かった。ただそれだけの話だからな。」
そして、セレトは、吐き捨てるように言葉を放つと、魔力を開放する。
愚かな聖女を出し抜けたであろうことに、確かな満足を感じたセレトは、魔力で崩れゆく自身の身体の感覚とリリアーナに対する優越を楽しみながら、この戦いの勝利を実感していた。
「愚かだね。何度も同じ手に引っかかるわけはないだろう?」
だが、そんなセレトをあざ笑うような聖女の声が響く。
そして、セレトがその言葉の意味を理解するより早く、セレトの身体に衝撃が走る。
「シェイプシフター。その芸は、既に一度見ているよ。」
セレトの身体は、今、リリアーナが放った多数の光の刃により、地面に縫い付けられていた。
「前にあったのは、王都での舞踏会の帰りだっけ?まあ大方、ここで前と同じように自爆でもしようと思ってたんでしょ?」
身体が動かぬことに気が付き、同時にセレトは、自身の置かれた更なる状況に気が付く。
「本体は、別のところにいて、目の前にいるのは魔獣を使った替え玉ね。性格が悪いというより、臆病すぎて呆れるわ。」
精神がこの身体に縫い付けられてしまっている。今、セレトは、捨て去ろうとしたこの身体から、精神を切り離せずにいた。
「でもね、それは前に一度見ているわ。だから当然対策も分かるわよ。」
度重なる無茶な魔力の放出と、受けた攻撃のダメージの蓄積で、既に限界を迎えている身体が崩れていくのを感じながら、セレトは焦り、足掻き始める。
「私はね、一度切り合った相手の太刀筋は、大体覚えているし、貴方が先ほど放った呪術のいくつかの感覚も覚えがあるわ。」
リリアーナがセレトの身体に差した光の刃は、セレトの動きだけでなく、魔力も封じているのか、セレトは禄に身動きも魔力の放出も出来ないまま、刻一刻と崩れていく身体の感覚を味わい続ける。
「あぁ動こうとしても無駄よ。この刃、貴方の精神をこの身体に縫い付けているから。そのまま、身体ごと朽ち果てて頂戴。」
動こうとして身動き一つ取れないセレトを見下しながら、リリアーナは冷たく言い放つ。
「そうね。ただ最後に気になるのは、どうして私を殺そうとしたの?暗殺者さん?」
もう動きそうもなかったセレトの身体であったが、その一言を聞いた瞬間、セレトは、最後の力を振り絞る。
「貴公が気に食わないからだよ。」
力を振り絞りながら、淡々と、セレトは応えを述べる。
リリアーナは、そんなセレトの言葉を聞くと、呆れたように肩をすくめる。
その瞬間、セレトは、自身の魔力を強引に込めて呪術を放つ。
光の刃によって、しっかりと発動をしなかった呪術であったが、それでもセレトの目的を放つには、十分の効力を発揮する。
ぐちゃりと音を立てて、暴走した魔力は、セレトの身体を突き破る。
同時に、セレトの頭が身体から落ちる感覚が体中に走る。
驚く聖女の顔を尻目に、セレトは、崩れ落ちていく頭部で、確かに笑いながらその意識を失う。
精神を縫い付けたという光の刃は、セレトの暴走した呪術によって、身体から弾き飛ばされていく。
だが、既に魔力の大半を失ったこの身体では、その身に刻んでいた切り札、彼女の言うところの自爆は、もう発動することはできないであろう。
それでも、ここで彼女に一方的に負けるぐらいならば、例えこちらの負けであっても、次の再戦のために動くことが得策である。
そしてセレトは、崩れていく自身の仮初の身体。適当な呪術を刻んだだけの、駒の一つが失われていく中、そこから精神を切り離される感覚を味わないながら、仕留めきれなかった聖女への確かな憎しみを胸に次の戦いへと思いを馳せるのであった。
第二十八章へ続く




