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第三章「密会」

第三章「密会」


「それで、どのように事を進めるつもりで考えているのかね。」

セレトが頭をあげると、ヴルカルは、こちらの様子を見ながら試すように言葉を投げかけてくる。


「閣下のお望みに応えるような形で動かさせていただきます。」

セレトは、厳かな口調で、ヴルカルに応える。


ヴルカルは、そんなセレトの言葉を受け、少し考え込むように沈黙を続けると口を開いた。

「貴公の呪術で、誰にも気づかれないように、彼女に害を与えることはできるのかね?」

こちらを試すような物言いでヴルカルは質問をしてくる。


セレトは、少し考え込むと、口を開いた。

「いいえ。恐らく無理でしょう。」

呪術の執行には、対象への魔力による干渉が必要となる。

しかし、リリアーナは、聖女と言われるほどの光の魔術の使い手である。

下手な魔術の干渉では、はじき返されてしまうことは、容易に予測できた。


ヴルカルは、その言葉聞き頷く。

リリアーナの一介の戦士としての実力の高さを、彼も重々に承知していた。

そして、それを踏まえた上でヴルカルは言葉を続ける。

「では、貴公は何ができるのかね。」


試すような口調。

セレトは、その言葉の重みを感じながらも、返答を返す。

「一戦士として戦うのであれば、彼女に負けることはないでしょう。」


自信に満ちた言葉で、セレトは、ヴルカルの問いに答える。

リリアーナが優秀な戦士であることを承知はしていたが、それでも。セレトは、彼女に負ける気はしなかった。

例え、呪術が効かない相手であっても、セレトには、それ以外の手段による、十分な勝算があったのである。


ヴルカルは、そんなセレトをじっと見つめる。

値踏みするような視線。

セレトは、その視線から逃げず、真っ向から見つめ返した。


時間にしてわずか数秒、されど両者からしたら永遠と思える時間が経った。

「くくくく。」

突然、ヴルカルが笑い始めた。


ヴルカルは、訝し気にしているセレトを改めて見直すと、笑みが張り付いたままの顔で口を開いた。

「聖女と呼ばれ、国の中でも有数の使い手に対し、大した自信だな。呪術師よ。」

それは、セレトを馬鹿にしているわけでもなく、ただただ、楽しくてたまらない、といった口調であった。

「だが、気に入った。貴公のその傲慢さ、そして、その自身満ちた瞳を。」

そうして、ヴルカルは、ひとしきり笑うと、真顔に戻り、改めてセレトと向き合う。


「舞台は、こちらで整える。その後は、貴公の判断で動き給え。」

ヴルカルは、どこか微笑を浮かべたような柔和な顔をでセレトに語り掛ける。

それは、先程までの好々爺のような表情とは違う、冷酷で、見る者の背筋を凍らすような笑みであった。


「舞台ですか?」

セレトは、その表情を見ながら話を聞き続ける。

ヴルカルは、その問いかけに対し、表情を崩すことなく、言葉を続ける。


「そう、舞台だ。貴公が動くべき舞台だ。」

ワインの酔いが回ってきたのだろうか。

ヴルカルは、熱が入ったように言葉尻を強め、言葉を発した。


「貴公は、今回のルムース公国との戦の結果をどう思う?犠牲が少ないと思わんかね。」

ヴルカルは、笑いながら、この度の戦の話を始める。

セレトは、この熱に浮かされたような老人の口から、どのような言葉出るのかを待つ。

「つまるところだ。我が国には余裕があるというわけだ。そして、余裕があるということは、すぐに次の戦いに迎えられるということだ。」

そこまで話すと、ヴルカルは言葉を切り、セレトを改めて見つめてきた。


セレトは、沈黙によってヴルカルの発言の正当性を示す。


ルムース公国との戦いは、予想以上の短期決戦となった。

そして今現在、我がハイルフォードは、その分の兵も資源も余り、すぐに次の戦いを行える状況であった。

加えて、王国と敵対をしているのは、ルムース公国のみではなかった。

今回の戦の勝利による束の間の平和は、すぐに次の戦によって終わるであろうことは、セレトにも予想はできた。


それらを考えているセレトに対し、ヴルカルは、多少熱が引いた口調で話を再開する。

「軍、国の上層部は、すぐに次の戦場に兵を投入することだけを考えている。今回の戦中に、我が国を狙って動いていた国家に対してな。ふん、奴らにとっても、この度のルムースと我が国の戦がこれほどの短期で終わること等、想像だにしていなかったであろう。」

そう言葉を続けたヴルカルは、再度ワイングラスに酒を入れ、それを飲んで喉を潤す。

「直に、貴公にも再度の出陣の命令が下されるであろう。その時、貴公と聖女が同じ戦場に派遣されるように、こちらで調整を進めよう。」

ヴルカルの言葉に、セレトは、頭を傾けながら、次の言葉を待つ。


「それまでは、無理に動かなくいい。その戦場にて、貴公は、為すべきことを為し遂げたまえ。」

ヴルカルは、セレトの顔を見ながら、厳かに命令を下す。

「閣下のご期待に応えられるよう、全力を尽くします。」

セレトは、それに敬意を示しながら応える。


ヴルカルの示す舞台。

それは、次なる戦場。

確かに誰が死んでもおかしくない戦場は、暗殺を行いやすい舞台ではあった。

戦場の中の不幸な事故としても処理をしやすく、事の真相が露見しづらい点からも、ヴルカルにとっては、望ましい舞台なのであろう。


しかし、同時にリスクもあった。

戦場において、自軍の戦力が減少するということは、その分、その戦における勝率が下がるということであった。

下手に動くことは、セレト自身の首を絞めることにも繋がる可能性があった。


しかし、頭の中で様々な可能性を巡らせながらも、セレトは、どちらにせよ、もはや後戻りはできなかった。

ここからは、ヴルカルが示した立身出世のチャンスを得るために出来ることをやり続けるしか道は残っていなかった。

その時が来た時に、その時、自身ができることを考えるしかないということを結論付け、セレトは、ヴルカルに忠誠を誓う。


「期待しておるよ。」

ヴルカルは、こちらを見つめながら、笑みを浮かべてセレトの言葉を受け取る。

その顔は、これまでの好々爺の顔と似ていながらも、どこか冷たい、歴戦の戦場と、政治の世界を生き延びてきた者特有の凄味を持っていた。


「私も舞台を整えるが、タイミングはいつでも構わん。貴公が動きやすいタイミングで動いて事を為し遂げ給え。そしてその暁には、きっと貴公の働きに報いることを約束しよう。」

そうヴルカルは話しながら、席を立つと、裏の棚を開き、新しいワインを出す。

「名産地と名高いララマーナ地方の年代物だ。これで乾杯をしよう。」

そう話しながら、ワインの栓を抜き、互いのグラスに飲み物を注ぐ。

高級そうなワイン独特のものか、強い香りが室内に充満する。


セレトはグラスを受け取り、ヴルカルのグラスに自身のグラスをぶつける。

「閣下のお望みのままに。」

野心に満ちた顔をしながら、セレトは、言葉を放つ。

ヴルカルが頷き、お互いに杯を空にする。


「さて、これで互いに為すべきことは決まった。貴公は、貴公の準備をしたまえ。無論、基本的に他言無用であるが、貴公が信頼できるものに対してであれば、必要な範囲で協力を求めても構わんよ。」

そう話すと、ヴルカルは、グラスを机に戻すと壁にかかったベルを鳴らす。

すると、裏のドアが開き待機していた模様の騎士が三名ほど、部屋に入ってきた。


「時間も時間だ。出口まで送らせよう。」

そういうと、ヴルカルは騎士の一人に手で合図をする。

初めて見る顔であったが、その佇まいからは、強者の風格が漂っていた。


騎士は、セレトが来たときとは、別の扉を開き、こっちに来るように手振りで示した。

セレトは、それに礼をもって応えると、扉に向かう。

扉の向こうには、別の騎士が待機しており、セレトを認めると、こちらに来るように指示をした。

その指示に従い扉の中に入ろうとした瞬間、ヴルカルから声をかけられ、慌てて振り向いた。


「詳しいことは、明日、使いの者を送ろう。」

愉快そうな声で、ヴルカルは、こちらに声をかける。

「貴公にわかるような合図をするように伝えておくよ。その者と詳しいことは相談したまえ。」

セレトはその言葉に頷き、別れの挨拶をすますと、階段に足を乗せた。


「まあ言わんでもわかるだろうが、繋がりがばれると面倒だからな。しばらくは、細心の注意を払ってお互いに連絡を取り合おう。」

そう笑いながら話す、ヴルカルの声を背中で受けていると、扉が閉まる音が聞こえた。

先程、ドアを開けた騎士が、セレトの後ろで扉を閉めたのだ。

そのまま騎士は、セレトに対し前に進むように指示をする。

セレトは、その言葉に頷きながら、石造りの階段に足をかけた。


騎士二人に挟まれながら、セレトは階段を上る。

途中曲がり角、分かれ道も多く、自分がどこを歩いているかよくわからない状況であったが、先導する騎士は、特に迷うこともなく、歩を進める。

「どこに向かっているんだい?」

セレトは、二人の騎士に、軽く尋ねたが、彼らは、特に応えることなく歩を進めた。

もう一度声をかけようとしたが、主から余計なことを言わないように厳命を受けているのだろうか。

騎士の一人が、自身の刀に手をかけながら、「余計な口を開くな。」とぶっきらぼうに応えてきたため、セレトは、それ以降口をつぐみ歩き続けることにした。


しばらく歩くと、長いのぼり階段を上がり、先導する騎士がその奥にある扉を開いた。

セレトは、促されるまま、その扉を抜けた。

そこは、様々な工具や材料のようなものが煩雑に置かれた倉庫の中のようだった。

先導した騎士は、外の様子を伺うと、問題なしと見たのか、セレトを呼び、外に出るように示した。

セレトは、それに従い外に出る。そこは、最初セレトが訪れた集合場所の宿屋から7ブロック程離れた、工業区と呼ばれる区画であった。

外は、まだ夜の暗闇に包まれており、所々にある外灯が、弱弱しげな明かりで街の様子を照らしていた。

宴の今日は、皆、飲み屋にでも行っているのか人っ子一人見当たらず、静寂が街並みを支配していた。


「あばよ、呪術師。」

二人の騎士は、ヴルカルの前で見せたような毅然とした態度ではなく、こちらを小馬鹿にしたような口調で、セレトに声をかけると、そのまま扉を閉めてセレトの前から消えた。

扉の錠を落とす音と、しばらく騎士達が階段を下りていくような音が聞こえたが、それもやがて聞こえなくなった。


つまるところ、彼らは、自分が気に食わないのであろう。

汚らわしい呪術師風情が、自分達の主から直々に命を受けている現状そのものが気に食わないのであろう。

そう考えながら、セレトは、ここから一番近い、歓楽街向けて歩を進めた。


騎士達にとっては、主から期待をされているセレトの存在は目障りだったのだろう。

しかし、セレトからしたら、ヴルカルの目に止まってしまった自分の不運を嘆きたい気持ちも強かった。


確かに立身出世のチャンスではあろう。

しかしそれは同時に、自身が何の後ろ盾もない陰謀が渦巻く政治の世界へと誘うものであった。


ただただ戦いを続ければよかったこれまでの日々に思いを馳せながら、セレトは、一番最初に目についた飲み屋に足を入れる。

労働者達が集まる、その安酒場は、先程までいた王宮と比べ、騒々しく、出ている酒、料理の質もはるかに劣っていた。

しかし、薄いエールを呷りながら、その馬鹿騒ぎに身を任せることは、今の考えがまとまらない頭をリセットするには絶好のチャンスであった。

一見、整った身なりをしたセレトは、当初、店の雰囲気から浮いてはいたものの、酔っ払い達と共に騒ぎ続ける中で、すぐに店の騒ぎの中に組み込まれることとなった。


こうしてセレトは、自身の頭を悩ませる一時からの逃避を図り、ただただ酒を呷り続けた。


この日、セレトは、望み続けていたチャンスを手中に収めた。

その喜び、野心、嫉妬等、様々な感情が混ざりながら、セレトの心の中で一つの意思が固まることになる。

『生き延びてやる。』

様々な感情が固まり、最後にたどり着いたその気持ちを胸にセレトは、考えを巡らせ続ける。

それは、泡のように広がっては消え、また新しく広がりながらも消え続けた。


第四章へ続く

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