第二十三章「土竜の如く」
第二十三章「土竜の如く」
「どこだ?あいつはどこに行ったんだ?」
急に目の前からセレトが消えたことに対し、ここが戦場であることを忘れたかのようにオルネスはわめき散らす。
それに合わせ、彼女の部下達が四方八方を見回すが、先程まで目の前にいたはずの呪術師は、自身を貫いた槍と同じように黒煙と共に消え去っていた。
「オルネス隊長。左翼の一部が破られ、敵部隊がこちらに向かっております。迎撃のご指示を!」
そんな混乱状態にあるオルネスに対し、彼女の部下が、慌てたように進言をする。
「何だって?」
慌てたように部下から報告を受けた方面へ目を向けると、確かに包囲網の一角が破られ、敵の一軍がこちらに向かってきている様子が見えた。
「あれは、あいつの部下か!よし一旦、後方部隊と合流をするぞ。」
こちらに向かっている部隊の先頭に立つ男、グロックを視界に入れたオルネスは、現状を把握すると、すぐに部下達に指示を出す。
そしてセレトの急な消失や、予想外の敵部隊の接近により、やや混乱をしていながらも、オルネスの部隊は、その質の高さを見せつけるような素早い動きでその指示を実行していった。
セレトは、そんな彼女達の動きや、自身の部下の状況を見ながら、一人ほくそ笑む。
今、セレトは、自身が立っていた地面の中に潜り込んでいた。
この様子では、事前に仕込んでいた呪術の一つ、影の沼を活用した緊急避難はうまくいったのであろう。
地面より、影の手を使い相手を地中に取り込む妨害型のこの呪術は、今、セレトを地中に取り込み、その身をオルネス達の目から反らしていた。
そして、地上にいるオルネス達は、今はセレトではなく、自分達に向かってきている敵部隊への対処に追われているようであった。
「敵は寡兵だ。無理せずに囲むように部隊を動かせ。」
オルネスは、部下達に的確に指示を飛ばしていく。
「全軍突撃だ。まずは、一点突破で突き抜けるぞ。」
対するグロックは、部下達に発破をかけながら、一気に部隊を進めてくる。
恐らく、牽制も兼て、一度敵部隊にぶつかり、その混乱を利用しながら戦場から距離を取ろうとしているのだろう。
だが、セレトにとっては、それらはどうでもいいものであった。
今、セレトにとって最も重要なことは、オルネスの部隊が、ちょうど自分が仕掛けておいた呪術の上を抜けようとしている一点のみであった。
迎撃のため、徐々に部隊を後退させながら着々と準備を整えているオルネスは、殿を務めながら、果敢にセレトの部隊としのぎを削っていた。
グロックの部隊は、勢いこそあるものの、兵の練度からオルネスの部隊の堅い守りを突破できず、またアリアナ達も、グロックを援護しようとするものの、敵の援軍に阻まれ中々前進ができずにいる状況であった。
一方のオルネスは、グロックの部隊を光弾を初めとする各種飛び道具で牽制しながら、その侵攻を鈍らせていた。
グロックは、その攻撃によって中々思うように部隊を進められない一方、敵部隊の追撃を考えると、下手に部隊を後退させられず、二進も三進もいかなくなっているようであった。
いや、そのように見せかけているだけなのかもしれなかったが。
だが、どちらにせよ、このままで進むと、セレト自身の部隊の大損害は免れないように見えた。
ふと、リリアーナの方を見ると、変わらず確実に敵部隊の攻撃を耐えながら、着実に逃げ筋を整えているように思えた。
つまるところ、このままでは、自身の力のみを削がれ、軍事力で見たリリアーナとの差が、より広がるだけであることは明確であった。
グロックが、あるいはアリアナが、もう少しうまく立ち回れれば、もしくは、オルネスがそこまで優秀な人間でなければ、セレトが動く必要もなかったであろうことを思いながら、少々めんどくさそうに、セレトは自身の呪術の起動を始めた。
「撃て!奴らを近づけるな!」
自らも攻撃魔法を放ちながら、グロックの部隊の動きを止めて、オルネスは叫び続ける。
それに合わせるように、彼女の部下達も、弓や銃、自身の魔力をグロックの部隊に向けて放ち続ける。
「止まるな!止まるとハチの巣にされるだけだ!懐に飛び込め!」
言葉こそ勇ましいが、冷静に物陰に隠れながら、徐々にグロックの部隊は全身を続ける。
防壁を貼っていることもあり、敵の攻撃は、一定の範囲で何とか防げているものの、それは完全ではなく、時折自身の周囲の部下が敵の攻撃に耐えきれずに倒れていくのを横目に見ながら、グロックは一歩を踏みしめる。
「邪魔ね!どいてよ!」
その後ろでは、アリアナが敵部隊に進路をふさがれながらも、自身の魔術で迫りよる敵を牽制しながら、何とかグロックを援護しようと暴れまわっている。
最も、彼女の援護を届かせるのは、いましばらくは無理なようにも思えた。
そのような、全体的に見えて明らかにセレトが不利な状況下、オルネスが周囲を警戒しながらも、されど確実にセレトの部隊にダメージを与えている中で、セレトは詠唱を続ける。
そして、オルネスの部隊がグロックの部隊に向けて、一歩進んだ瞬間、セレトは、自身の魔力を開放する。
瞬間、オルネスの足元より黒煙が噴き出たかと思うと、オルネスと彼女の周りに居た兵士の身体を一斉に地面から現れた黒い槍が貫く。
最も、貫かれた彼女の身体は、特に傷つきもしない。
当然である。セレトが放ったのは、ちょっとした麻痺を与える程度の副作用を持った呪術である。
黒煙の槍も、呪術に対する耐性がないものであれば、多少の手傷を負わせることはできたかもしれないが、そこは、鍛え抜かれたオルネスの部隊である。
オルネスや、周辺の数名の兵士にぶつかった呪術は、あっという間に霧散し、ほとんどの兵士には、ろくな手傷も負わせることもできず、オルネスに至っては無傷でその場で立っている。
最も、それは、セレトにとっては、予想の範疇である。
すぐに自身の身を隠している影の沼を解除する。
そしてセレトは、多少の黒煙がまき散らしながら、オルネスの後ろに彼女と背中合わせの状態で現れる。
そのまま、振り向きながら返し刀で、セレトは、オルネスの身体を、わき腹から切り裂く。
呪術が込められた、セレトの刃は、オルネスの鎧を溶かし、彼女の肉の中を突き進む。
一方オルネスは、突然自身に向けられた黒煙の槍の呪術に気を取られ、一気に現れたセレトに対応が出来ずにその刃を受け続ける。
「おまえは、なぜ?」
切り裂かれながらも、こちらを振り向きながら、オルネスは、セレトを睨みながら言葉をこぼす。
最もその言葉は、普段の彼女の自身に満ち溢れた力強い物でなく弱弱しい。
そして、そんな彼女を無視して、セレトは彼女の身体を一気に切断しようとするが、それをオルネスは、自身の刀でセレトの刀の動きを止めると、距離を取るように飛びのきながら、セレトに光弾を放ち、止めようとする。
もはや瀕死だと思っていた、オルネスの反撃にセレトは驚きながら、刀の動きを止めてしまう。
オルネスは、その隙を逃さず、刀を身体から引き抜き距離を取る。
すると、急遽現れたセレトの存在に驚いていたオルネスの部下達が一斉にセレトに向かってくる。
最も、オルネスを取り逃したことを理解していたセレトは、一気にそこから逃れるべき行動を開始していた。
目の前で、一人の兵士は刀を振り上げ、もう一人の兵士は、メイスを横から振り回しながら、襲い掛かってくるのを確認しながら、セレトは、一気に体制を低くしその両撃を避ける。
両方の武器は空を切り、セレトは、低い姿勢のまま兵士の間を駆け抜けながら、グロック達の方へと向かう。
引き続き、自身に襲い掛かる敵兵を避けながら、敵の包囲網を抜ける。
すると、後方より銃声が聞こえ、セレトの周辺を様々な飛び道具が抜けていく。
先程まで同士討ちを恐れ積極的に使われなかった飛び道具を、敵部隊が使い始めたようであった。
内何発かが、自身の身体をかするが、セレトは、それを気にせずにかけ続ける。
元より、この身体に愛着があるわけではなく、また、蘇生の呪いが染みついたこの身体であるならば、多少の手傷は、後でいくらでも補填は可能である。
それならば、この痛みや被害等を気にせずに、逃げの一手に入ることが、セレトの正しい選択肢であることは、明らかであった。
ふと、味方の部隊が前方に見え、セレトは、無意識に安堵を感じ、笑みを浮かべる。
グロック達と交戦していた敵部隊も、セレトの襲撃に気が付いたのか浮足立っており、グロック達は、一時期追い込まれていたのが嘘のように、今は奮戦の末、敵部隊を追い払ていた。
その瞬間、セレトは確かに油断をしていたのであろう。
気が付くと、左右から一気に敵の兵士が武器を構えて飛び掛かて来るのが見えたが、セレトは、それに対しワンテンポ以上遅れて動き始めた。
敵の動きは避けられない。
されど、自身の呪術の発動は間に合わない。いや、間に合ったとしても二人同時を対処することはできないだろう。
二人の兵士の刀は、異なる軌道を描きながらも、セレトの首をはねるように進んできているのが、スローモーションに、セレトの目に映る。
自身の油断を恥じ、後悔しながら、自身の命を刈り取る刃物を見つめ、セレトは諦めを感じた。
瞬間、二人の兵士は、セレトを守るように急に現れた多数の黒い腕に掴まれ、動きを止めた。
と、思った瞬間、セレトの目の前でその腕は、一気に兵士の身体を四方八方に引っ張り、一気に二人の兵士をバラバラにした。
「ご無事でしたか。セレト様!」
見ると、両手をこちらに向けたアリアナが、青ざめた表情でこちらを見つめていた。
その言葉に適当に頷きながら周りを見る。
オルネスが率いる部隊は、大将の負傷の影響か、散発的に交戦をしながらも撤退に入っているようであった。
リリアーナの部隊は、敵部隊を無事に押し返したようであった。
傍から見る分いは、ほとんど被害はないようである。
恐らく敵部隊の将であるヴェルナードは、既に周辺には見当たらなかった。
部隊を集めて、一足先に撤退をしたのであろうか。
そして、先程セレトに切りかかろうとした兵士達は、既に人体のパーツの山となり、生命を止めていた。
首、腕、足、胴が、無理やり引きちぎられたように多数の肉塊となっている。
その肉の黒い腕が掴んでいた箇所は、呪術の影響か焦げたような跡が広がり、腐臭のような刺激臭を広げていた。
これらを確認すると、セレトは立ち上がる。
グロックは、周囲を警戒しながら部下をまとめ、負傷者の応急手当を指示し、こちらを軽く一瞥する。
そこから少し離れた場所で、アリアナは、先程とほとんど変わらぬ姿勢で、こちらを凝視している。
それらを見て、セレトは軽く腕を上げながら、自身の部下の下に向かう。
「いや、大将。あんたの代理で指揮を執って無茶な仕事をさせられた分、報酬弾んでほしいですな。」
グロックは、冗談めかしながらも、やや本音を込めたようにぼやく。
「お怪我は、大丈夫ですか。」
対照的にアリアナは、セレトを見ながら、心底恐れているような声でセレトに声をかける。
「悪いな。助かったよ。」
そんな二人を見て、セレトは、軽く礼を言う。
そうして、セレトは、今は部隊をまとめ、こちらの様子をうかがっているようなリリアーナの方へ視線をずらす。
死者の数こそ少なかったが、負傷者がそれなりに出たこちらと比べ、リリアーナの部隊は、そこまで大きな被害も受けずに、その戦力を維持していた。
その差に人知れずため息が自身の口から洩れたことにセレトは気づく。
敵部隊の脅威は、過ぎ去った。
だが、自身の本来の目的、聖女との戦いはこれからであることを考えながら、セレトも自身の部隊を整え、彼女が率いる本隊へと歩を進めるのであった。
第二十四章へ続く




