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【完結】魔術師は嘲笑の中を足掻き続ける ~嫌われ魔術師は、策謀と陰謀が渦巻く王国で、その嫉妬と羨望、そしてその力を聖女暗殺に利用されるが、それを受け入れ自身も利用することにした~  作者: 成吉灯篭
第一章 魔術師は嘲笑の中足掻き続ける

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幕間22

 幕間22


 細かい文字でびっしりと書かれた報告書を読み終えると、ラルフは、強張った身体を伸ばしながら、深く息を吐き出す。

 報告書では、先日のセレトの屋敷で発生した殺人事件についての捜査結果がまとめられていた。


 最も、捜査に具体的な進捗があったわけではない。

 現場である、セレトの屋敷の調査については、留守を任されているらしいメイド長が、屋敷の主の不在を理由に拒否をされ、また、セレト自身も一介の貴族である以上、ラルフ達が率いる警備部隊程度の立ち位置では、よほどのことがない限り、そこに干渉することは難しかった。

 加えて、国の上層部の一部から、やんわりと圧力が入ったのか、この事件については、早めに調査を切り上げるようにとする方針が入ってくる有様であった。


 しかし、そのような状況下でありながらも、ラルフは、自身の立ち位置を最大限に生かし進められる調査は進めていた。

 元々、セレト自身、多くの疑惑を持っている人物であり、敵も多かった。

 更に、ラルフが尊敬の念を持つ、リリアーナ卿との敵対も有名な人物ということもあり、この機会に、出せる膿は出しておきたいという気持ちがラルフの中にあったのである。


 だがそんなラルフの気持ちと裏腹に、国の上層部からは、ラルフの行動を快く思わない旨のお達しがあり、当初は、自身の方針についてきた部下達も、このような状況下で徐々に距離を取るようになり、この任務に協力的な部下達の数も大分数を減らすこととなっていた。

 結果、国直属の警備隊所属で、それなりの実績、実力もあり、他の仕事に支障がない範囲でという条件で、この事件の調査を行い続けているラルフであったが、既に多くの部下もこの事件に関わることを避けたがり、時間もかけられず、妨害も多い現状において、しっかりとした成果を出せずに苦しむこととなっていた。


 先程まで読んでいた報告書を再度読み直しながら、ラルフはため息をつく。

 内容は変わらず、特に新規発見も無く、犯人、動機、具体的な手法も分からない旨が、つらつらと記載をされているのみであった。


 ふとした瞬間、ラルフは、この事件を調べることの意義を感じてしまった。

 元々、腐っても貴族であるセレトの屋敷で起こった事件等、その屋敷内の揉め事である以上、そこまで強い捜査権限が付与されているわけではなかった。

 他の貴族との利害関係が絡んでこそいれば、多少なりともラルフ達も強く出れるものの、屋敷の使用人、それも貴族の子女でもないような一介の人物が、その屋敷内で殺された程度の事件等、この国では日常茶飯事の出来事であり、当事者であるセレトの屋敷内の人間が望まない限りは、そのような場所への捜査など、そう簡単に行うことはできなかった。

 事実、ラルフは、当初の屋敷の調査以降、簡単な事実確認等で屋敷の門前で対応をしてもらえるのが精々であり、現場はおろか、屋敷内に立ち入ることすらできていなかった。

 そのような状況で、更に自身の直属の上司や、各方面より無駄に圧力をかけられ続けることに、ラルフは、程々嫌気がさしていた。


 「隊長、コーヒー飲みますか?」

 そんなラルフを気遣ってだろうか。

 一人の部下が、コーヒーを注いだカップを持って声をかけてくる。


 「ありがとう。頂くよ。」

 ラルフは、笑顔を相手に向けながら、礼を述べ、カップを受け取る。


 コーヒーを用意した部下、セリスは、やや緊張した面持ちでラルフの席にカップを置くと一礼して、自身の席に戻っていった。

 彼のやや怯えたような緊張した顔を思いだし、ラルフは、自身の苛立ちが外に出ていたことに気づき、深呼吸をして気持ちを落ち着ける。


 第三警備隊で一番若い新人のセリスは、他のメンバー達が難色を示している中、積極的にラルフの捜査に協力しているメンバーの一人であった。

 若手であるが故の使命感か、それとも政治的な圧を感じていないのか、なんにせよ、今のラルフにとっては、非常に貴重な部下であることには違いはなかった。


 「そういえば、セリス。君は、この事件についてどう思う?」

 気分転換も兼ね、ラルフは、セリスに報告書を振り回して示しながら、声をかけてみる。

 別段、明確な答えを期待していたわけではないが、何か気持ちを切り替える切っ掛けがほしかったのである。


 急に上官に意見を問われたセリスは、慌てたような、驚いたような表情で一瞬こちらを見たが、すぐに思考を巡らせるように一息をつくと、口を開いた。

 「そうですね。基本、報告書を読む限りは、よくある貴族の屋敷内のトラブルのようにも思えますが。」

 セリスの言葉にラルフは、頷く。

 実際、貴族の屋敷では、下働きの人間がよくわからない理由で死亡することは、よくあることであった。

 ただ、貴族の玩具にされたのか、何か不慮の事故があったのか、その詳しい理由は、ほとんど解明されずに握りつぶされるのが常ではあったが。


 「でも少し気になるのは、この事件、向こうから被害報告が来ているんですよね。通常、そういう事件って、あまり表沙汰にならないし、こっちに連絡が来ることも少ない気がするんですけどね。それに向こうから連絡があった割に、捜査に協力的じゃないし、あの屋敷の住人の行動が今一理解できませんね。」

 セリスは、こと投げに話し、ラルフもその言葉を頷きながら聞く。


 そう、貴族の屋敷内トラブルの事件だとしたら、今、セリスが話したように、向こうからの報告が入ることは少なかった。

 大体は、適当な医者の診断書面等が出てきて、それを基に形式上の手続きが行われ、そのまま事件性がないものとして、扱われるのが一般的な貴族社会の事件の流れだった。

 だが、今回は、向こうからの要請があり、それを基にラルフ達は事件として取り扱いながら、現在調査を続けていた。

 ただ、その割には、自分達には非協力的な態度を繰り返す、あの屋敷の対応の真意を今一、ラルフは掴めずにいた。


 「だから、あの事件の犯人は、多分屋敷の関係者ではないと思うんですよね。そして、恐らくまだあの屋敷の誰かを狙っているんじゃないですか。」

 そして、考え込んでいるラルフの耳に、セリスの言葉の続きが入ってくる。

 だが、その中で一つ気になる言葉があり、ラルフは、言葉を返す。


 「また、あの屋敷で事件が起きるというのかね?」

 自身の部下の言葉にラルフは反応を示す。


 「あくまで予測ですよ。ただ、あの事件で使われた凶器は、何らかの魔力を込められた武器だと聞いてます。それだけの準備を行い、警備が厳重な貴族の住居に忍び込み、狙いは使用人一人のみという可能性も低いかと思うんですけど。」

 上司の反応に、少々驚いたようにセリスは、言葉を返す。


 セリスの言葉、再犯の可能性は、実はラルフも薄々を考えていた点であった。

 今回の事件の被害者は、別段屋敷の中だけで仕事をしているわけではなく、日中は業務や私事で外出もしているような人物である。

 無理に警備が厳しい貴族の屋敷に忍び込んでまで、殺されるような人物にはとても思えなかった。


 それも踏まえると、今回の事件の犯人は、別の何かを目的に屋敷に忍び込んでおり、その中で偶々遭遇をしてしまった被害者を殺害したという可能性が高いのではないか。

 ラルフもそう考え、現在も事件現場の周辺には部下を配置し、様子を探らせてはいた。


 そう、この事件に介入をする余地があるとしたら、現在の使用人殺しではなく、もう一度、何か事件が起こったタイミングを狙うしかない。

 そのタイミングで、今度は、他の介入が入らないうちに、多少強引にでもあの屋敷、そして主であるセレトについて、調べることができないだろうか。

 そのように考えながら、ラルフは、再度報告書に目を通しながら、セリスが入れてくれたコーヒーを飲む。


 警備隊という立場でありながら、事件が起きることを、どこか心の奥で望んでいる自身の在り方を自問自答をしながらも、ラルフは、セレトという人物について考えながら、自身の正当化を図る。

 少なくても、セレトに黒い噂があるのは事実であり、この国に害を為している可能性が十分に高い人物であった。

 そのような人物が何か大きな事を為す前に、小さな事件のうちにその芽を摘んでおくことは決して誤ったことではないだろう。


 そこまで考え、ふと、既に死者が出ていることを思いだしたラルフは、慌てて頭を振る。

 人が殺されている以上、これは、小さな事件とするのは、その死者に対する冒涜であろう。


 自身の感覚のずれを直すように、ラルフは、コーヒーを飲みながら、報告書の被害者の欄を読み直す。


 「そういえば、被害者については、何かわかったことはあるのかね?」

 ラルフは、書類に目を向けながら、セリスに問いかける。


 「いえ、まだそこまで詳しいことは、分かってないままですね。」

 セリスは、自身の手元にある書類に目を通しながら言葉を返す。


 「そうか、ありがとう。」

 ラルフは、これで問答は終わりだと、セリスに身振りで示すと、そのまま再度手元の報告書の被害者の項目に目を通す。


 王都に出稼ぎにきたような人物ということで、殺された被害者の具体的な身元は、まだ調べ上げられてはいなかった。

 事件自体は、広く報じられているものの、未だに遺族や関係者からの反応もなく、彼女の具体的なプロフィール等については、セレトの屋敷や、関係者からの聞き込み以上の情報は得られていなかった。


 別段、新しく何か出てくるとは思わなかったが、気晴らしぐらいにはなるか。

 そう考えラルフは、報告書を流し読みをしながら、捜査の準備を進めるのであった。

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