第二十二章「奇襲と再会」
第二十二章「奇襲と再会」
敵軍との突然に遭遇。
しかも、敵軍に奇襲を受けるという形での、ある意味最悪の遭遇でありながら、セレトとリリアーナは、歴戦の将らしく素早く応戦の体制をとる。
こちらの側面をついてきた敵部隊の騎兵を中心とする先発隊は、迷うことなく部隊の中心、ちょうど、セレトとリリアーナの部隊を分断するような位置に向かってくる。
一気にこちらに向かって突撃をしてくる敵部隊の後方からは、援護の弓や魔法による攻撃が飛んでくる。
その飛び道具による攻撃を、各々の部隊の術者達が防壁で防ぎ、セレトは、迎撃のためのスケルトンを召喚し、リリアーナ達も重装兵を前面に配置し、敵部隊の襲撃に備える。
敵部隊は、そんなこちらの迎撃態勢を無視するかのように一気に突っ込んでくる。
そして、敵の先頭が、こちらの迎撃部隊と交戦する間際、セレトは、自身の魔力を開放し、周辺に配置していた一部の呪術を発動する。
瞬間、敵の騎兵の足元から複数の黒い炎が沸き上がる。
黒い炎は、刃へと形を変え、敵騎兵の馬と乗り手を共に貫こうとする。
だが、黒い刃が敵部隊を貫こうとする瞬間、その炎は、呆気なく霧散消沈する。
何らかのカウンタースペルの類が発動された形跡はなかったため、恐らく、元々の装備か何かに、この手の呪術を防ぐような仕組みがあったのであろう。
腐っても、歴戦の将。 それなりに強力な装備も支給されて羨ましい限り。
そうセレトは考えながらも、手を緩めずに次の術式を練り始める。
同時にセレトが事前に召喚したスケルトン達が、ワンテンポ遅れたように各々の武器を持ち、敵部隊に襲い掛かる。
しかし所詮は、下級の手駒。
その武器が、敵に触れるか否かの前に、敵部隊は、各々の武器を振り回し、呆気なくスケルトン達を一掃する。
だが、スケルトン達への対処で敵部隊の動きは一瞬止まる。
その動きの隙を突き、グロックが率いる一部隊が敵へと突撃をかける。
勢いを殺された敵部隊は、襲い掛かってくるセレトの部隊相手に、そのまま迎撃の構えを取り、武器を構える。
そうして、二つの部隊がぶつかった瞬間、セレトは動いた。
魔力を開放し放ったのは、黒煙。
微量の魔力により、方位認識を多少狂わる程度の力を持ったこの黒煙を戦場にまき散らし、戦場の視界を奪ったのち、一気に敵部隊に向けて踏み込む。
目的は、敵将、ヴェルナードの首。
そして、セレトが魔力を込めて一気に距離を詰める。
距離は多少あるものの、この黒煙と戦場の混乱に乗じれば、奇襲は十分に可能なはず。
「やっぱりね。多少隙を見せれば動くと思っていたわ。」
そんなセレトに、背後から声が聞こえたと思った瞬間、その身体を多数の光弾で撃ち抜かれた。
バランスを崩した身体は、地面に叩きつけられる。
展開した黒煙は、術者の魔力の供給が止まったことにより、一気に霧散する。
幸い、身体自体はそこまで大きなダメージを受けていなかった。
しかし、相手の隙を突こうと飛び出した結果、セレトは、一人孤立する形で、自軍と敵軍の間の激戦地にて、その無防備の身体を晒すこととなった。
「ふむ。ずいぶんと早い再会となったね。」
慌てて攻撃を受けた方角へとふりむと、そこには、武器を構えた状態でオルネスが立っていた。
「おや、貴公は、確かオルネスとか言ったかな。いやはやこのような場所で出会えるとは。」
彼女の動きを注意深く見守りながら、セレトは立ち上がる。
「ふん。白々しい。ただの盗賊団とは思っていなかったけど、まさか正規の軍人だとは、思いもしなかったわ。」
オルネスの手には、魔力が込められて、こちらの動きを探りながら狙いをつけようとしている様が見て取れる。
「成程。さて、私としては、貴公と戦う気はないのですが、まあここで出会ったからには、戦わざるを得ないですかね。」
軽口を叩きながら、セレトは、自身の周辺を確認する。
両軍の戦いは、奇襲を仕掛けたヴェルナードの部隊の初撃を、セレト、リリアーナの両名の部隊が各々でうまく捌き、現在は、乱戦の様を見せ始めていた。
セレトの部隊は、アリアナを中心とした部隊が呪術を展開し、敵の動きを止め、それをグロックが率いる部隊が確実に潰しにかかっていた。
一方、リリアーナの部隊は、前面に重装兵を展開して敵の攻撃を止め、それを後衛の部隊が援護するという、ある意味教科書通りの確実な戦法をとっていた。
最も、兵一人一人の練度が高い上、リリアーナを初めとする各兵士達が癒しの魔法や、防壁の魔法より敵の攻撃を確実に耐え抜き、かつ的確な反撃を行うことで、敵部隊は、大分攻めあぐねているどころか、徐々に押し戻されつつあるようであった。
そして、今セレトは、部隊と寸断をされるような形で配置された兵士によって退路を断たれた状態で、目の前に数名の護衛を率いたオルネスと対峙をしている状況となっている。
援軍を頼ろうにも、セレトの部下であるアリアナもグロックも、目の前から押し寄せてくる敵兵の対応にやっとであり、決して練度が高いとは言えないセレトの部下達では、この状況をすぐに打開することは難しいのは明白であった。
「貴公のやり方は、よくわかったよ。どんな手段を使ってでも逃げ抜こうとするその姿勢には、素直に感嘆するよ。」
オルネスは、油断ならない目でこちらを見ながら、徐々に距離を詰めようとしてくる。
「そうかい。それは、嬉しいことだね。」
そう言葉を返しながら、セレトは、再度魔力を込める。
先程の奇襲と、敵の襲撃に合わせて、この周辺に仕掛けた呪術の多くは使用してしまったが、まだ手はあった。
敵兵であるオルネスの動きに合わせて魔力を放つ準備をしながら、セレトは、再度距離を取ろうと足を動かす。
「逃がさないよ!」
突如オルネスが叫んだかと思うと、セレトの右手が彼女の放った光弾で撃ち抜かれる。
幸い、呪術の展開のために魔力を纏っていた身体へのダメージは、ほとんどなかったものの、隙を見て編んでいた呪術は、今の一撃で簡単に消し飛び、セレトを丸腰の状態へと貶めた。
「あいにくだが、流石に同じ手は、何度も効かないよ。」
オルネスは、軽く笑いながらセレトを注視し、徐々に距離を詰めてくる。
本来であれば、ここで何らかの呪術を放つのが正解だったのかもしれない。
あるいは、もっと早いタイミングで逃げの選択を取るべきだったのであろう。
しかし、ここにいるのはオルネスだけではない。
距離が多少離れた位置といえども、こちらを視認できる距離には、リリアーナがいる。
今後の事を考えると、このような状況下で下手に手の内を見せすぎることは、避けたい本音があった。
だが、この場から逃げようにも、味方部隊との間には、既にオルネス達の部隊がおり、それ以外の方向も、多数の敵部隊が占めている状況であった。
四面楚歌ともいえるようなこの状況下において、セレトは、自身が取れる限られた手段を必死に考慮する。
だが、既にオルネスは、こちらを最大限警戒しており、下手に呪術を展開したところで、先程のように簡単に潰されるのが関の山であろう。
しかし、下手にこの場から避けるために、無理に動くことは、逆にリリアーナに自身の手の内を見せつけること他ならない。
そう考えを一巡させたセレトは、オルネスが再度こちらに距離を詰めた瞬間に、一気に距離を離すべく、動きを取る。
下手に呪術は使わず、逃げの一手。
乱戦下ともいえる、戦場へと飛び込もうとする。
背後から、オルネス達の攻撃が飛んでくるが、この身体であれば、多少の傷は耐えられるという目算を持ち、行動に移す。
「だから逃がすわけないだろう。」
だが、そんなセレトの行動を先読みしたかのように、オルネスの言葉が耳に入るか否かのタイミングで、セレトは盛大に身体のバランスを崩し、その場で倒れ込む。
見ると、自身の周辺に結界の術が展開されており、セレトの自由な動きが取れない程の魔力が、セレトの身体に巻き付いている状況であった。
「流石にここまでやれば、動きは取れないか。」
恐らく、先程セレトの右手を打ち抜いた攻撃を起点に、気づかれるように、徐々に術式を展開していたのであろう。
ニヤニヤと笑いながら近づいてくるオルネスを見ながら、セレトは、自身の失敗に毒づく。
周囲を見渡すが、こちらに援護に向かおうとしている自身の部下達は、敵の兵士達に足止めをされており、動きが取れない状況であった。
元々、一部の将の実力が高いだけで、一般の兵士達の練度自体は、そこまで高くないセレトの部隊にとって、ヴェルナードやオルネスのような歴戦の将が率いるような、総合力が高い部隊は天敵であった。
一方、もう少し離れた場所で戦っているリリアーナの部隊は、敵部隊をうまく抑え込みながら、有利に戦を進めているようであった。
しかし、それでも気を抜けるような状況ではなく、こちらへの援軍は、到底望めない様に思えた。
最も、余裕があったとしても、向こうがこちらを助けるために、援軍を寄越すことなど、まずないであろうが。
つまるところセレトは、このように拘束され、複数の敵に囲まれたこの状況を、自身の力のみで抜け出す必要があるということであった。
呪術を使おうと魔力を込めるが、自身を拘束しているこの術式のせいか、その呪術が発動する様子はなかった。
そして、そんなセレトをあざ笑うように、オルネスとその部下達は、距離を詰めてくる。
「哀れね。呪術師。得意の術も使えない様じゃ、打つ手はないのかしら?」
思った以上に敵の部隊の数は多いのか、周辺は既に敵部隊に囲まれており、こちらの部隊の様子等、禄に見えないような状況へと変わっていた。
そのような中、オルネスは、こちらに嘲りを見せながら、光弾を放つ。
彼女の放った光弾がセレトの腹を抉る。
最も、自身を拘束している術式のせいか、セレトは禄に身動きもできず、その衝撃を直に受ける。
衝撃で体が揺れる中、攻撃を受けた箇所を見る。
少々大きな傷を負っているものの、腹部は、徐々に回復をしていく様を見せている。
「ふん。再生の術式は、まだ生きているのかしら。それなら、当分痛めつけられるわね。」
オルネスは、再度、こちらに向けて魔術を放つ。
かつて、戦場で彼女を呪術で苦しめた意趣返しだろうが。
セレトを殺さずに苦しめるような形で術は放たれていた。
そして、オルネスは、徐々に興奮をしてきたのか、セレトに攻撃を加えながら、一歩、さらに一歩とセレトに近づいてきた。
「貫け。」
そして、オルネスがこちらの距離に入った瞬間、セレトは呟く。
するとオルネスが足を延ばした先の地面に、黒煙が現れる。と同時に、その黒煙はすぐさまに槍のように上に伸びて、地面から空に向けて打ち上げられて、オルネスを貫いた、かのように見えた。
術が発動した瞬間、オルネスは、体勢を崩しながらも後ろに飛びのき、セレトの必死の反撃をかわしたのであった。
「危なかったよ。」
オルネスは、転んだ瞬間に服についた汚れを落としながら、セレトに言葉をかける。
「先発隊が突撃をしたタイミング時に、事前に貴公が呪術を地面に展開しているのに気が付いてね。ずっと警戒していたんだよ。」
その顔には、狂気のような笑みが浮かべられている。
「だが、必死の反撃も失敗とは、もう打つ手はないのかい?」
オルネスは、 話しながら再度近づいてくる。
その手には、刃が長い刀が握られている。
刀の刃は、何らかの魔力が干渉しているのか、鈍く光りを見せている。
「じゃあ、死んでくれ。」
オルネスは、笑いながら答えないセレトに向かって、刀を振り上げ、そして刀を一気に下した。
「あぁ。こんな手立てしか残らなかったこと、自分自身を呪いたい気分だよ。」
そして、その刀の切っ先が、身体に当たる間際、ぼそりとセレトは呟く。
その瞬間、上空から黒炎を纏った、黒煙で構成された槍がセレトを貫いた。
それは、先程、セレトがオルネスを貫こうと地面から生み出した槍であった。
突然のことに、刀を下ろし、驚きの表情で見ているオルネスと、その部下の前で、セレトの身体は、黒煙へと変貌し、そのまま自身を貫いた槍が、再度黒煙となり、風に吹かれて消えるのに合わせて、彼らの前から消え去った。
第二十三章へ続く




