第十九章「隠滅」
第十九章「隠滅」
「おらあ!」
目の前の兵士の叫び声と共に、刀が振り下ろされる。
その切っ先は、明らかにセレトの首を落とそうとする軌道を描いていた。
しかし、ガキンという音が鳴り響き、その刀の軌道は止まる。
何とか動いた右手で、セレトは、黒煙を召喚、急ぎ刀を生成し、その刀身を以て相手の刃を止めたのである。
急な武器の登場に、相手は一瞬驚きながらも、冷静に二撃目を放ってくる。
同時にセレトを取り押さえている兵士も、より力を増しセレトの動きを封じようとする。
致命傷を避ける形で切られて、その隙をついて逃げるか、それともここは五体満足で逃げるべきか。
セレトは一瞬考慮するが、すぐに判断を下し、右手に魔力を込める。
途端、黒煙の刀は破裂し、周辺に風圧と黒煙をまき散らす。
セレトに切りかかってきた兵士は、突然の爆発にバランスを崩し、セレトを抑えていた兵士もその拘束を緩める。
その隙をついて、セレトは身体を無理やりひねり拘束を抜ける。
そのまま一気に距離を取ろうとするセレトの背中に銃声と共に衝撃が伝わる。
体の痛みを押し殺しながら、何とか距離を置いて相手に対峙する。
今しがた、セレトを撃った兵士が、まだ煙が出ている銃口をこちらに向けている。
セレトを抑えていた兵士は、逃げたセレトを慌てて探しているようである。
切りかかってきた兵士は、爆発で一瞬バランスこそ崩したものの、今は、体制を立て直し武器をこちらに向けている。
他の兵士達も各々の武器を構えながら、セレトの方を油断なく見つめていた。
そして、そんな状況を見ながら、敵のリーダーたるクローヌは、笑いを抑えきれないような表情でこちらを見ている。
「いやはや、あの状況からうまく抜け出すとは。さすがはセレト卿だね。」
そんな笑みを浮かべたクローヌの言葉は、セレトの耳を通り抜けていく。
最もセレトは、その言葉に返す言葉はない。
黒煙によって生成した武器は、先程敵から逃げるために強制的にリリースをしたため、今のセレトは丸腰であった。
しかし、先程のように再度黒煙から武器を生成するには、どうしても魔力を練るための時間が必要であったが、油断なくこちらの動きの一挙一動を見張っているクローヌの兵士達を相手に少しでも下手な素振りをすることは、そのまま命取りになりかねないことは必然であった。
「どうだろう。素直に降伏をしてくれれば苦しめずに終わらせてあげられるんだが。」
クローヌは、言葉を続けるが、セレトはそれを聞き流しながら様子を伺う。
相手の数は六人。
うち二人は、先程の黒煙の爆発で多少手傷は負わせたが、まだまだ戦闘は可能なようであり、後の四人は、全くの無傷である。
それぞれが、生粋の軍人として一流の使い手である以上、普通に戦いを進めていては、セレトの敗北は明らかであった。
「まあ、その目を見る限り、そのような意思はないようだね。ではしょうがない。撃て!」
クローヌが号令とともに命じると、彼の部下達は、各々の銃をセレトに向けて一斉に引き金を引く。
慌ててセレトは防壁を生成し、銃弾を受け止める。
放たれた銃弾は、展開された防壁に阻まれ、その動きを止めた。
しかし、銃弾を受けた止めたセレトは、これが罠だということに気が付く。
防壁を張り、攻撃を防いだ瞬間、身動きが取れないセレトに向かって敵の二人の兵士が武器を構えて突っ込んできたのである。
防壁の展開により、急な動きを取るのに一歩遅れたセレトに対し、目の前の二人は、各々の武器を振り上げると、セレトの防壁めがけて、それを振り下ろした。
振り下ろされた刀は、一瞬セレトの防壁に阻まれたようにも見えたが、ガツっという鈍い音を立てながら、そのままセレトの防壁を打ち破り、一人の刀は、右肩から腰の左側まで、もう一人の刀は左足の表面を切り裂いた。
防壁を破られた衝撃と、その傷によりセレトは、ばたりとその場に倒れ込む。
攻撃を終えた二人の兵士は、そのまま油断も隙もなく、返す刀で倒れたセレトの首へと刀を振り下ろしてきた。
自身の死が目前に迫り、セレトの脳裏には、リリアーナの暗殺、今の身体が持っている残戦力、現状からの打開方法等の様々な思念が一瞬頭に浮かび消える。
その次の瞬間、セレトは、身に刻んだ切り札を切った。
瞬間、セレトは自身の身体を駆け巡る魔力により、身体が燃えるように熱くなったことを実感する。
目の前の兵士達は、セレトの急激な魔力の上昇により、一瞬その動きを止める。
クローヌは、驚いたような顔でセレトの方を見ている。
しかし、そのような状況に構うことなく、セレトの身体の魔力は、より身体全体を強く回り続ける。
そしてそのまま、セレトは自身の身体が強く変貌していくことを実感した。
「くそ。撃て!」
慌てたようにクローヌが指示を出す。
彼の部下達も、その言葉に急かされるように、セレトに向かって一斉に攻撃を開始する。
最も、それは既に手遅れではあった。
そして、セレトの自身の身体が完全に変貌を終えたと実感すると同時に、セレトの意識は途切れた。
セレトは目を覚ますと、そこは、野戦病院のベッドの中であった。
少し体を動かそうとすると、特に痛みもなくある程度は身体を動かせることが実感できた。
「おや、目を覚ましましたか。」
セレトが身動きをしたのに気が付いたのだろうか。
近くで待機していたらしい医者が、セレトの下に近づいてくる。
途中、看護婦の一人に声をかけると、その看護婦は、そそくさと外に出ていった。
何度か他の戦場でも見たことがある、その男性医師は、セレトの様子を一瞥すると、ベッドの隣の椅子に腰かけて問診を始めた。
「身体の痛みはどうですかね?今の状況はわかりますか?」
応えようとして、身体を起き上がらせようとする。
その意思に従い、特段痛みもなくセレトの身体は問題なく起き上がった。
「いや、特に不調は感じませんが。今の状況はどうなっているのでしょうか。いや、そもそも何があったのでしょうか?」
状況を探るようにセレトは、質問を発する。
周辺を見たところ、特段、セレトを警戒するような動きはない模様であったが、下手な発言をしないためにも、まずは現状を調べるべきであった。
「ふむ。どうやらクラルス王国軍が魔獣を使い司令部に襲撃をかけてきたようですな。それで貴公も負傷し、ここに運ばれてきたと聞いておりますが。覚えはございませんか?」
医者は、興味深そうな目でセレトを見つめながら質問をしてくる。
「いえ、司令部のクローヌ閣下に呼ばれて、天幕に入って話をしていたことまでは覚えておるのですが。その後、大きな音がしたと思ったら、ここに運ばれているような有様でして。」
セレトは、相手の様子を見ながら、とりあえずの状況を語る。
少なくとも、この医者は、セレトに対し敵対する意思はないのであろう。
つまり状況としては、クローヌと自身の戦いについては、とりあえずは、外に漏れていないと考えてもよいようだった。
「それは災難でしたな。襲撃の後、司令部周辺の一帯は、ほぼ壊滅状態だったようですよ。襲撃をしてきた魔獣が暴れまわったとか。」
医師は、淡々とした口調で言葉を続ける。
「その魔獣はどうなりましたか?」
念のため、セレトは確認を取る。
「なんでも自爆をしたとは聞いておりますがね。詳しいことは聞いておりませんよ。」
医師は、興味がなさそうな声で応える。
「さて、体調は大丈夫そうですな。いや、ちょうど貴公が目を覚ましたら声をかけてほしいと言われている方がおりまして。病み上がりですが、もう少しお付き合いください。」
外から聞こえてくる足音に気が付いた医師が、椅子から立ち上がりながら、セレトに声をかける。
「私に会いたい?部下ですかね?」
セレトは、疲れ眼を医師に向けながら言葉を返す。
正直、病み上がりのこの状況では、そろそろ一度休みたい気分ではあった。
「いえ、司令部の方々ですよ。」
医師は何気なく言葉を返す。
「司令部?ということは、クローヌ閣下達ですかね。」
医師の言葉に、やや警戒した感じでセレトは言葉を返す。
彼らがまだ生きていたとなると、先の戦いの件が完全に不問となることもないだろう。
そう考えると、自身の立ち位置を根本的に見直す必要がありそうであった。
「いや、クローヌ卿は戦死したよ。」
その瞬間、先程、外に出ていった看護婦が連れてきたであろう男がセレトに向かって声をかける。
「そして、私がその地位を引継ぎ、現在指示を出している状況だ。」
目の前の男は、自身の二人の部下を後ろに控えさせながら、セレトに近づく。
「さて、貴公に色々と話を伺いたいのだが、大丈夫かね?」
その男、ヴルカルは、傍に控えている医師に声をかける。
医師は、軽く数度頷き、ヴルカルに応えると、そのまま室内に居る他の看護婦達と共に退出をする。
「ふむ。それで貴公は現状をどう理解している?」
室内にいるのが、自身とセレト、そして部下であるユノースとユラのみであることを確認すると、ヴルカルは早速声をかけてきた。
「どうも、私がクローヌ閣下に報告に出向いた際に、クラルス王国が奇襲をかけてきたようですね。私は運よく生き延びたようですが、クローヌ閣下を初めとした司令部は全滅だとか。」
空惚けた態度で言葉を返す。
クローヌは、自分を殺そうとしていたが、ヴルカルとクローヌの繋がりが分からぬ段階でもあるため、下手な言葉を述べたくない状況ではあった。
「そうだ。しかしそれはカバーストーリーだ。詳しいことは、私も報告でしか聞いてないが、クローヌ卿が司令部としていた天幕で、大きな爆発音がし、急ぎ兵士達が向かうと、一匹の魔獣が暴れていた。慌てて兵士達が取り押さえようとするが、魔獣は暴れている途中に魔力の暴走で自爆したらしい。」
ヴルカルは、セレトの様子を見ながら言葉を続ける。
「魔獣の爆発後、慌てて周りの調査にいったやつらが見たのは、滅茶苦茶になった司令部と、既に事切れているクローヌ卿とその部下達。そして少し離れたところにボロボロの状態で倒れている貴公だけだったようだ。」
ヴルカルの言葉を聞きながら、セレトは、現状の整理をする。
「恐らく、クラルス王国の擬態ができる魔獣が、兵士のふりをして司令部に侵入。司令部で正体を現し暴れまわり、最後は自爆した。そういう話で報告は上がってきている。」
ヴルカルは、こちらを強い目で見ながら、話を続ける。
「つまるところ、私は、それに巻き込まれてしまったということですか。」
セレトは、何気なしにヴルカルの言葉に応えるようにぼやく。
しかしその瞬間、ヴルカルの部下であるユノースが刀を抜き、セレトの胸元に刀を突き付けた。
「口に気を付けたまえ。セレト卿。貴公とクローヌ卿との間で何があったかは、分からん。クローヌ卿が課した任務も知っておるし、貴公が上げた成果についても聞いている。だが同時に、貴公の疑いは、まだ完全には晴れてはいない状況だ。」
ヴルカルは、ユノースを止めることもなく言葉を続ける。
「いいかね。真相を調べようがないから、今回は、報告通りの出来事として記録はされるだろう。だが、一部には、貴公とクローヌ卿の不仲を理由に疑いの目を向けている者達も多い。重々承知をしておきたまえ。」
ヴルカルは、一方的に言葉を発すると、背を向けて病室の出口に向かう。
ユノースも刀を収め、ユラは、相変わらずニヤニヤと笑いながら、その後に続く。
「閣下。ところで、今日は、何日でしょうか?」
セレトは、立ち去ろうとするヴルカルに声をかける。
「事件があってから、今日で四日目だ。」
それだけ話すと、ヴルカルは、部下を伴い部屋を退出し、それに入れ替わる形で、医師達が改めて入室をしてきた。
ヴルカルの登場は、セレトにとっては、予想外の出来事ではあった。
これが、自身にとって、吉となるか凶となるかを考えながら、セレトは、ベッドの上で軽く伸びをする。
何にせよ、クローヌの件はうまく片付いたようであったが、セレトは、更に切り札を一つ切ることとなった。
更に、前司令官の暗殺疑惑が掛かっている以上、今後は、より動きづらくなることであろう。
そのことを頭の中で思い浮かべると、セレトは、次の策を考えながら、病室でしばしの休息をとることにするのであった。
第二十章へ続く




