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【完結】魔術師は嘲笑の中を足掻き続ける ~嫌われ魔術師は、策謀と陰謀が渦巻く王国で、その嫉妬と羨望、そしてその力を聖女暗殺に利用されるが、それを受け入れ自身も利用することにした~  作者: 成吉灯篭
第一章 魔術師は嘲笑の中足掻き続ける

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幕間18

 幕間18


 緊急収集を受けたラルフは、部下である第三警備部隊のメンバーと共に、眠気を感じる目をこすりながら指示のあった場所に向かう。

 向かう場所は、王都の外れのエリア。

 そこは本来、ラルフにとっては管轄外の場所であった。

 しかし、先日より始まったクラルス王国との戦のせいで人手が足りず、本来、管轄外であるはずのエリアの仕事まで請け負うこととなったのであった。


 いや、報告を見る限り、本来はラルフが行くまでの仕事ではないようにも思えた。

 ただ、先方の地位等を鑑みると、そこいらの警備隊のメンバーを向かわせるわけにはいかず、ある程度の地位の者を送る必要がある。

 そう考えたときに、白羽の矢が立ったのが、第三警備部隊長のラルフであったのである。


 若いながらも、それなりの地位に出世していたラルフは、同時に多くの者の妬みを買っていた。

 それ故に、このような時に便利使いをされることも多かったが、そのこと自体は、まだ我慢をできていた。

 しかし、今回の任務については、彼は非常に乗り気ではなかった。


 「ここか。」

 そう独り言をぼやきながら、目の前の屋敷の門に近づく。

 部下達が、ラルフの周りを固めながらついてくる。


 時刻は、日が徐々に上ってきた朝方。

 朝一の仕事が、自身の気が進むない仕事であることに厄日を感じながら、ラルフは、屋敷に上がろうとする。


 「お待ちしておりました。警備部隊の皆様。こちらへどうぞ。」

 そんなラルフは、突然横から声をかけられ、慌てて声がした方に顔を向ける。

 見ると、目の前にはメイドの女性が立っていた。


 「早朝よりすいません。現場に案内します。」

 メイドは、優雅に一礼をすると、ラルフと部下達についてくるように促す。

 あまりに自然な一連の動作に目を奪われながらも、ラルフは慌てて部下を促しメイドの後を追う。


 「失礼。第三警備部隊長のラルフと申します。あー、失礼ですが、お名前を。」

 こちらを意に介さずに、音もなく先に進む女性の後をついて行きながらラルフは、簡単に自己紹介をしながら、向こうに声をかける。


 「いえ、こちらから名乗るが礼儀でしたね。当該屋敷のメイド長をしております、ネーナと申します。」

 女性は、ラルフの声に振り向くと、淡々と言葉を返し、すぐに踵を返し先に進む。


 「現在、我が主が留守のため、屋敷を預かる私めがご対応をさせて頂きます。」

 先に進みながら、ネーナはラルフに向かって、状況を説明する。

 屋敷の中で、メイドが一人殺された。死体発見後、屋敷の外に出た者は恐らくいないということであった。


 ここは、王都のはずれにある、かの嫌われ貴族、セレトの一族が所有している屋敷である。


 「まずは死体を見て頂ければと。必要とあらば、詳しい説明もさせて頂きますし、質問についてもご回答を致します。」

 ネーナは、感情がないような態度で相変わらず淡々と言葉を返す。

 彼女の冷めた態度に違和感を感じながらも、ラルフは、彼女の言葉に礼を言いながら歩を進める。


 警備部隊という、どちらかといえば国家直属の兵士であるラルフにとって、国家に属している貴族達は、どちらかといえば忠誠を誓うべき存在に近いのは確かであった。


 しばらく歩くと、複数の兵士が見張っている地点が見えてきた。

 「あちらでございます。」

 メイドは、その方向を指さしながら先導を続ける。


 しかし、ラルフにとって、この屋敷の主であるセレトという男は、あまり好きな人間ではなかったし、できることなら関わり合いになりたい存在ではなかった。


 ラルフは、現場に近づくにつれ血の匂いが強くなってくるのを感じたが、それを表情に出さず、無表情のまま先を目指す。

 部下達の中には、その露骨な血の匂いに気分を悪くしている者もいるようであったが、ラルフは、一旦それを無視しながら先を目指す。


 何故なら、ラルフが敬愛する貴族の一人、聖女リリアーナとの敵対的な関係の噂。そしてセレトが得意とする呪術を悪用したという素行の悪さの噂。


 「こちらでございます。どうぞ。」

 毛布を掛けられた塊の前で立ち止まったネーナが淡々と言葉を述べながら、傍に控えていた兵士に合図を出す。

 すると、兵士は毛布に手をかけ、それを一気にどかした。


 あくまで噂でしかないが、その悪名とセレトの立ち位置に対する評価を考えると、彼と下手に関係を持つことはトラブルにしか繋がらないことは明白ではあった。


 強い血の匂いが、屋敷の中に充満する。

 そこには、メイド服を着た赤髪の少女の、腹に穴が開いた死体が転がっていた。


 だからラルフは、このような彼の屋敷で起きた揉め事、それも殺人のような重すぎる揉め事、特に陰謀の香りがする出来事に関わることは、心底避けたかったのが本音である。


 少女の死体の腹から飛び出た血やら汚物に顔をしかめ、露骨に顔をしかめる部下達を尻目に、ラルフは、死体に近づく。

 わき腹が抉られた死体は、どこか驚きの表情を浮かべながら、虚ろな視線で天井を見つめているようであった。


 しかし、今ここにラルフはいる。セレトの屋敷で、まさに陰謀の可能性もある事件に、何の運命の悪戯か関わることとなった。


 「失礼。確かに通報を頂いた通りの状態で亡くなっておりますね。えーと、被害者の名前は。」

 死体を見ながら、ラルフは、事前に届いた報告書に視線を落とし確認をする。


 こうなった以上、最早彼は職務を果たすしかなかった。


 「アンナ。アンナ・シャーネット。ここには、紹介で一か月ほど前からメイドとして勤めております。」

 メイドのネーナが、淡々と答える。

 付き合いが短いせいだろうか。

 ラルフには、その受け答え方、声の調子に、どこか冷たい物を感じた。


 最後に、彼は、自身にこの仕事を、厄介事たるこの案件を回した者達に恨み節を吐きながら、この職務に臨むことにした。


 「アンナさんですね。ふむ、報告書によると、夜中に女性の悲鳴があり、現場に駆け付けると彼女が倒れて亡くなっていたとありますが、そちらでお間違いはありませんか?」

 ラルフは、報告書を見ながら、再度状況の確認を行う。

 

 「そうですね。私が第一発見者で間違いはないかと思います。」

 メイド長のネーナが淡々と答える。


 「なるほど。事前に何か普段と違うようなことはあったりしませんでしたか?」

 ラルフは、ネーナの言葉を聞きながら、質問をする。


 「いえ、何も。特に変わった様子はなかったですね。貴方達は?」

 ネーナは、周りの兵士達にも話を振るが、彼らは一様に首を振る。


 「第一発見者は、ネーナ様ということですが、ご自身のお部屋から離れているのにずいぶん早かったのですね。」

 ラルフは、ここで何気ないフリをして話を振る。

 ネーナの部屋の位置等については、出任せであったが、彼女の反応を見てみたいと思ったのである。


 「偶々、屋敷の見回り中でして。」

 ネーナは、ラルフの言葉に何でもないように言葉を返す。


 「ふむそうでしたか。いえ、分かりました。では、現場を詳しく確認をさせて頂きます。」

 ラルフは、その言葉を受け、了解の意を示すと、すぐに部下達に指示を出し調査を進める。


 「何かありましたら、お気軽にお声がけください。」

 そう話すと、ネーナ達は一歩離れた場所に腰かけ、ラルフ達の活動を見つめていた。


 アンナの死体は、一見、腹の穴以外には綺麗なようにも見えたが、その状態は予想以上に悪かった。

 腹の傷から毒でも入れられたのか、服の下にある、彼女の白い肌には、腹の傷を中心に、青色の斑点が広がっていた。

 同時に、死体の傷口からは、肉を焼く様な不快な匂いが漂っていた。


 このような傷口の状態を見るに。どうも殺人者は、彼女を特別な呪いか何かが付与された武器で殺害をしたらしい。

 そう思える程、彼女の死体は、内面的な損傷が激しかった。


 しかし、彼女は一体なぜ殺されたのだろうか?

 そもそも、たかが女性一人を殺すにしては、使われている道具も大げさなような気もする。

 そして、犯人はどこに逃げたのだろうか。


 「彼女が、何かトラブルや人間関係で悩んでいたといったお話はご存知でしょうか?」

 ラルフは、その場に居合わせた屋敷の関係者達に声をかける。


 「さてどうでしょう。如何せん、付き合いも短いものですから、お恥ずかしながら彼女のことは何も知らないのですよ。貴方たちはどう?」

 ネーナが先導を切り回答をし、兵士達にも声をかけるが、彼らもネーナに合わせて何も知らないといった答えを返す。


 「なるほど。ところでこんなことをするような人に心当たりは?」

 ラルフは、落ち着いた声で質問を続ける。


 「いえ、先程から申しているように、彼女のことはよくわからないんですよ。」

 ネーナは、落ち着いた態度で言葉を返す。


 「いやいやネーナさん。私が申しているのは、彼女に限った話ではありません。そもそもたかが女性を一人殺すにしては、この犯人が使っている武器は、強力すぎる印象がありましたね。もしかしたら、他の用事が来た者が、たまたま出くわした彼女を手をかけたのではないかと思いまして。」

 ラルフは、笑みを浮かべながらネーナに言葉を返す。


 「そして、そもそも殺人犯がどこに逃げたかも重要なわけでして。今も屋敷の中にいるのか、それともう屋敷の外に逃げてしまったのか。いずれにせよ、どこかに殺人犯が潜んでるということになりますからね。我々もある程度の調査は行う必要があるのですよ。」

 言葉を発しながら、ラルフは、ネーナの様子を確認し続ける。


 「そうですね。ただ申し訳ありませんが、私には、全然心当たりはないですね。」

 言葉を返すネーナは、変わらぬ様子であった。


 「分かりました。では、念のため、屋敷の中を調べさせていただけないでしょうか。」

 これ以上、彼女と話しても得るものはないであろう。そう判断をしたラルフは、捜査方法を切り替えることにし、ネーナに軽く要望を伝えた。


 「いえ、それはお断りします。」

 それゆえ、彼女からの明確な拒絶の意思が戻ってくるとは考えておらず、その態度に驚愕する。


 「当家の主は、現在不在でございます。そのような状況下で、必要以上に宅内に客人を招き入れる権限を、私は持っておりません。」

 彼女は、先程までの淡々とした物言いではなく、やや感情的に力を込めた喋り方でラルフに言葉を発する。


 「あー勿論。貴族の皆様方には、各々の事情があることは、私も、延いては、王家も当然に承知しております。勿論、そこは配慮したうえで、今回の事件の捜査以上のことは行いませんので、ご協力を頂けないですかね。」

 貴族というのは、常に秘密というものを持ちたがる傾向にあった。

 裏金、陰謀、暗部等々。

 それゆえ、必要以上の介入を嫌がられるのを、ラルフは当然に理解していたし、そのような部分については、必要以上に触れないという点も重々に承知をしていた。


 「我々としても、あらぬ疑いをかけたくないわけですし、万が一に、この屋敷に犯人がまだ潜んでいるとしたら、次の事件が起こる可能性もありえます。そうならぬよう、皆様の安全を守るためにも、ご協力を頂けると助かるのですが。」

 ラルフは、今一度、彼女に頼み込む。


 「心遣いありがとうございます。しかし私どもも自衛をするための訓練は積んでおります。本日は、お引き取り下さい。」

 その言葉をネーナは一蹴した。


 「いえ、結構。では、この死体は後程回収をさせて頂きます。後は、この部屋をもう少し調査をさせて頂ければ結構です。」

 ラルフは、肩をすくめて彼女の言葉を飲む。


 たかがメイド一人が殺されたぐらいの事件で、貴族相手に無理を押し通すことの難しさを理解していたラルフは、この場は引き下がることにする。

 王家の印が入った命令書でもあれば話は別だが、現況では、被害者である向こうが望んでない以上、必要以上の介入は難しかった。


 「いえ、ご理解を頂けたようで何よりです。この部屋の調査は大丈夫です。」

 そうネーナは話すと、一礼をする。

 「では、私は仕事がございますのでこれで。何かございましたら、ここにいる者達にお声がけください。」

 そのままネーナは部屋を出る。

 その様子を眺めながら、ラルフは部下達に指示を出し捜査を再開した。


 「結局、何も出てきませんでしたね。」

 セレトの屋敷を出て、ある程度距離を移動したタイミングで部下の一人が声をかけてくる。

 「そうだな。」

 ラルフは、それに適当に相槌を打つ。


 結局その後、特に新たな発見等もなく捜査は終了となった。

 アンナの死因は、特殊な刃物で腹部を刺されたことによる失血死。

 犯人がどこに逃げたのかは不明。


 しかし少なくともあのメイドは、何かを隠していた。

 屋敷の探索をさせないだけでなく、必要以上に物事を語りたがらない彼女の態度を思い返しながら、ラルフは、再度思考を巡らせる。


 リリアーナ卿と敵対し、様々な悪い噂も多いセレト卿。

 あの屋敷には、そんな彼にとって暴かれたくない何かがあるのだろうか。

 いや、現在屋敷には、セレト卿は不在であった。

 あの使用人達が、何か隠していることがあるのだろうか。


 様々な考えを張り巡らせながら、ラルフは、帰路を進む。

 しかしどちらにせよ、今日の事件だけでは、これらに切り込むには弱すぎた。

 何も成果が出ない一日に、厄日であることを実感しながらも、ラルフは新たな決意を胸に秘めるのであった。

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