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【完結】魔術師は嘲笑の中を足掻き続ける ~嫌われ魔術師は、策謀と陰謀が渦巻く王国で、その嫉妬と羨望、そしてその力を聖女暗殺に利用されるが、それを受け入れ自身も利用することにした~  作者: 成吉灯篭
第一章 魔術師は嘲笑の中足掻き続ける

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第十八章「報告」

 第十八章「報告」


 「失礼致します。セレト卿が到着されました。」

 目の前の兵士は、恐る恐るという感じで、司令部の天幕の前の見張りの兵士に声をかける。


 クラルス王国軍の追っ手を無事に回避し、本隊に合流したセレト達が状況を把握するよりも先に、クローヌ卿より呼び出されたセレトは、今、案内の兵士に連れられて陣の中でも一際立派な司令部を訪れていた。

 セレトを案内するのは、今しがた目の前で見張りの兵士に声をかけた若い兵士と、セレトの後ろからついてきているそこそこ手練れのようにも思える二人の兵士であった。


 どの兵士も、表面上は貴族であるセレトに対し敬うような態度でクローヌの伝言を伝えてきているが、その実、呪術師であるセレトに対する軽蔑の念を隠さずに接してはいた。

 名目上は護衛として後ろについた兵士達に至っては、露骨に腰に掛けた刀にいつでも手を伸ばせるような姿勢で、セレトの動きを一挙一動追っており、その態度は、明らかにセレトの動きを見張っていた。

 最も、そのような侮蔑の態度と別に、セレトは彼らの目と態度の中にある別の感情、即ちセレトに対する恐怖を見て取れた。


 つまるところ、戦場という非日常に置いて彼らは、セレトという存在に対する恐怖を今更ながら感じたのであろう。

 確かにこの場においては、家柄、財産、コネといった彼らの基盤を為す様々な要素よりも、力という一要素が上位に置かれる環境であることは確かである。

 戦場における味方同士のつぶし合い、戦を利用した暗殺等が日常茶飯事の環境において、彼らは、セレトからの報復を恐れているのであろうか。


 そう考え、セレトは鼻をならす。

 所詮、雑兵ごときの態度に一々目くじらを立てるほど、セレトは暇ではないし、公私混同をするつもりもなかった。

 彼らのように名前もろくに知らないような一兵士等に構う気も全く無い中、目の前の兵士が必要以上に怯えているのは滑稽さを通り越し、憐れみすらを覚える程であった。


 そこまで考え、セレトはため息をつく。

 いや、自軍の主力の将を、自身の私欲のために始末をしようとしている自分も人のことを言えた義理でもないだろう。

 聖女リリアーナの快復と、現在の戦場への参戦の話は、この本隊に合流して早々噂話として聞いてはいた。

 ヴルカルの指示に従うのであれば、この戦の間に、タイミングを見て彼女と戦う必要も出てくるであろう。


 最もセレトにとっては、今、それらのことを重視するつもりはなかった。

 今気にすべきは、この戦を実質的に仕切っているクローヌの指示。

 強いては、これから始まる彼との面談で、自身にどのような命令が下るかのみであった。


 そのようなことを考えながら、待たされること数分。

 天幕の中に伝言を伝えに行った兵士が戻り、セレトに中に入るように促した。


 軽く会釈をしながら、促されるままセレトは天幕の中に入る。

 軍の要人の警護を任されているであろう、セレトを促した兵士は、隙を見せずに、されど礼を失せぬ態度でセレトを誘導する。

 クローヌの親衛隊であろうこの兵士は、そこいらの雑兵と違い、少なくとも貴族であるセレトに対して一定の敬意を見せるぐらいの分別はあるようであった。

 そしてセレトをここまで連れてきた兵士達は、これでお役目が終わったのか、ほっとしたような顔をしながら、セレトを見送っていた。


 結構、結構と、セレトは、二組の兵士を対比させながらひとり呟く。

 元々嫌われ者であるセレトにとって、このような扱いを受けること自体は、よくあることでありそのことに一々目くじらを立てる気もなかった。

 むしろ、露骨に敵意を見せてこない分、彼らはまだましな部類のように思えた。


 天幕の中は、かなり広く、奥には、机と椅子が乱雑に並べられている様子も見て取れる。

 その周りで数名の兵士達が右往左往してており、そしてその様子を眺めながら、その奥の一段と高い椅子の上にクローヌが座っていた。

 セレトを中へと案内した兵士は、セレトに入り口付近に待つように指示をすると、その足でそのままクローヌ卿の方へと歩いていく。


 「セレト卿が参りました。」

 そして、兵士はクローヌの前に立つと、簡潔にそう言い放つ。

 クローヌは、その様子を興味なさげに見下ろすと、セレトの方を一瞥し、軽く頷き了解の意を示した。


 その様子を見て取った兵士が、セレトに近づく様に命じる。

 クローヌの態度に、多少不快感を覚えながらも、セレトは彼に近づく。

 同時に、クローヌの周りに立っていた兵士が、護衛なのか、クローヌとセレトの間に入り、セレトの進行を防ぐ。

 その様子を見て、クローヌから少し離れたところで立ち止まったセレトに対し 兵士の一人が椅子を進める。


 それに腰を掛けたセレトは、ちょうどクローヌから見下ろされるような姿勢となる。

 セレトとクローヌは、互いに軽く視線を合わす。


 「ご苦労だったな。セレト卿。貴公の活躍は、私も聞いているよ。」

 先に注目を破ったのはクローヌであった。

 形ばかりの愛想笑いを浮かべ、セレトに労いの言葉をかける。


 「勿体無いお言葉です。閣下。」

 それに対し、セレトは、丁重に、されど最低限の言葉を返す。

 言葉尻こそ丁寧ではあるが、クローヌは、元々こちらを捨て駒当然の作戦に従事させた男である。

 饒舌に振る舞い、相手の下手に手の内を悟られたくはなかった。


 「ふむ。貴公の働きと戦果は、大体の報告は入ってきているが、今一度貴公の方からも報告を頂いていいかな。」

 クローヌは、変わらず笑みを浮かべながら、セレトに対し直球に探りを入れるような言葉をかけてくる。

 その言葉を受け、セレトは曖昧にうなずき口を開く。


 「閣下より指示を頂きましたように、クラルス王国内にて各拠点を潰すゲリラ活動を続けただけですよ。潰した拠点は、ここにメモをしてあります。ご確認ください。」

 そう言いセレトは、出発の時に渡された地図を向こうに手渡す。

 クローヌは、渡された地図を広げて内容を確認すると、大げさに頷き、セレトに言葉をかける。


 「概ね、事前に聞いていた通りだな。いや、セレト卿、貴公のおかげで大分助かったよ。」

 クローヌは、今度は大げさに首を振りながら地図から目を話し、セレトに顔を向ける。


 「聞いたかね?貴公以外の先発部隊として出兵した遊撃隊は、壊滅だ。中には、ほとんど戦果をあげる間もなく倒されてしまった者もいる始末だよ。」

 そう話しながら、クローヌは、セレトの反応を見るかのように蛇のように視線を這わす。


 「ほう。それは運が悪い。まあ私めも、何とか逃げ切れたというのが実情ではありますがね。」

 最もセレトは、適当にその視線を受け流しながらに言葉を返す。

 恐らくセレトの戦果も失態も、何らかの方法である程度はクローヌも把握しているのであろう。

 そのような中で、セレトは、必要以上に言葉を発するつもりはなかった。


 「それは、それは、災難だったね。しかし、何件か町や村の襲撃には成功しているようだが、その際は戦果はどうだったのかね。」

 ここでクローヌは、セレトの様子を探るように言葉をかけてくる。


 「いや、特に目立った戦果はないですな。精々敵の補給拠点を何点か潰した位で。その途中で敵軍に動きを気取られて襲撃を受け、這う這うの体で何とか逃げきてきた次第ですよ。」

 セレトのその言葉に、クローヌが顔をしかめるのが目に入る。

 最もセレトは、それを意に介さず言葉を続ける。

 「まあ、相手の一軍をこちらに向けることはできましたが。これがクローヌ閣下の作戦に、少しは貢献できておれば光栄ですな。」

 少々嫌味を込めて最後を締める。

 この言葉にクローヌは、どのように感じるだろうか、セレトは、興味深げに観察をした。


 「ふむ。ただ私の方でも取得できた情報では、貴公は、何か所か確実に拠点を潰してくれたようだね。敵主力部隊との交戦も認められるようだ。なに、謙遜することはない。貴公の働きには、我々も大いに助かっているよ。うむ。」

 クローヌは、セレトの言葉に、こと投げに反応を返し会話を続ける。

 顔をしかめたように見えたのは、自身の錯覚であったのだろうかと、セレトは一瞬考える。


 「ただ、だからこそ解せないことがあってね。貴公は、何故嘘をつくんだい。」

 そのセレトの一瞬の隙をついてか、クローヌは淡々とした調子で言葉を放つと同時に、セレトの周りについていたクローヌの部下達が一斉にセレトを取り囲み武器を突き付ける。

 セレトを天幕の中で案内をした兵士は、一気にセレトに迫り、手に持った短刀を首筋に当てている。

 一人の兵士は、銃口をセレトに向け、ある兵士は、長剣を構えてセレトの動きを注意深く見守っていた。


 「これは、何の真似ですかね。クローヌ閣下。」

 最もセレトは、態度を崩さずに淡々と目の前の男の真意を問いただす。

 少なくとも、いくらクローヌの地位が高かろうとも、現貴族であるセレトを何らかの罪で断罪するには、それ相応の手続きが必要なはずではあった。

 しかし、目の前のクローヌは、淡々とした表情で何事もないかのようにセレトを見つめ返してくる。

 そこには、今行われている現況に対し、何の感慨も抱いていないような冷めた視線しかなかった。


 「貴公には、申し訳ないとは思っているよ。」

 クローヌは、特段何の感情も込めずに謝意の言葉を放つ。


 「しかし本当に解せないのだよ。貴公と同時に各地に向かった先発部隊は、呆気なく壊滅をしている。中には、出兵後、二日も経たずに全滅の報告がある者もいるほどだ。」

 クローヌは、淡々と言葉を続ける。

 セレトは、その言葉を聞きながら、足を組みなおそうとするが、少し足を動かしただけで首筋に当てられた刃に動きがあるのを察し、動きを止める。


 「大した戦果をあげられた者もいなかった中、貴公が生き延びられるだけで驚きではあるが、同時に一つ疑念があってね。つまるところ、我が軍の作戦を敵軍に流している者がいる可能性に思い当たったのだよ。」

 セレトが、下手に動かずに大人しく話を聞いていることを確認しながら、クローヌの話は続く。


 「その裏切者が私だと?」

 セレトは、つまらなそうに言葉を返す。

 最も、その反応にクローヌは、満足げに頷き返す。


 「危険度の高い敵領内の任務といえど、各部隊は、それ相応の実力者達が揃っていた。それが呆気なく全滅したとすると、事前に情報が漏れていたと考えるのが自然であろう?そしてそのような中、無事に生き延びた者がいるとしたら、そちらの方が怪しいじゃないかね?」

 クローヌは、心底楽しそうに、セレトの言葉に応える。

 最も、その目、その態度からは、全くもってクローヌ自身が発した言葉を信じていないことは明らかであった。


 「いやはや。つまるところトカゲの尻尾切りですかね?閣下も人が悪い。どうせ我々は使い捨ての部隊だったのでしょう?」

 セレトは、呆れたような声を出しながら言葉を放つ。


 「いや、そんなつもりはなかったよ。それに本音を言えば、ここまで呆気なく、こちらの放った部隊が壊滅するなんて思いもしなかった。」

 クローヌは、事もなげに応える。

 「まあ貴公らのおかげで、思った以上の本隊の進軍は順調に進んだよ。幸いにもね。」

 クローヌは言葉を続けながら、セレトの様子を眺める。


 「どうだろうクローヌ閣下。私としては、別に今の現況を水に流してもいい。実際、あのクソみたいな任務の本質についてもおおよそ予想がついている。大方、私みたいな適当な部隊を使い捨てにして、本隊の消耗を抑えたかっただけでしょう。」

 セレトは、精一杯の笑みを浮かべ、クローヌに声をかける。

 「捨て駒にされたことは、チャラにしてもいい。あの戦地を生き延びたこの実力を閣下のために奮うことも別に構わない。正直、我々が今いる場所は、まだ国境からそう離れた場所ではないが、今後クラルス王国の首都に近づくにつれ、より戦いが激しくなるのも分かるだろう?」

 クローヌは、心底楽しそうにセレトの言葉を聞いている。


 「私としては、別に自身の立身出世だけが望みなのでね。この件を大事にするつもりはないんですよ。むしろ閣下が私を買ってくれるのでしたら、そしてそれを以て私の出世に繋がるのでしたら、そちらの方が助かるのですがね。如何いたします?」

 さて、クローヌの反応はどうだろうかと、セレトは考えながら、彼の表情を見る。

 クローヌは、面白そうに笑みを浮かべ話に聞き入っていた。


 セレトとしては、別段、今回の作戦や、現況を大事にするつもりはなかった。

 第一目標は、自身の立身出世であり、同時にリリアーナの暗殺である。

 それだけを目標に動いている以上、クローヌの下で働くことで、その目標が達成できるのであれば、セレトとしては、別段何の確執もなかった。


 「なるほど。確かにそれは魅力的な提案だね。貴公が、まさか私を許してくれるとも思いもしなかったよ。」

 クローヌは、笑いながら言葉を返す。


 「だがね、こういうストーリーはどうだろう?こちらの電撃的な奇襲作戦の情報を流したスパイが、暗殺者として司令部を襲撃してきた。やむを得ず、兵士達は応戦し、それを討ち取った。結果、下手人死亡で真相は不明だが、裏切者は処刑され、残った者達は通常通りの進軍を続けることにした。」

 クローヌの笑みは、益々明るくなっているように思えた。


 「後悔しますよ。」

 セレトは、呆れたように言葉を返す。


 「すまんね。貴公でなければ、その話も一考の余地はあったのだが、貴公は特別だ。すまんが、ここで死んでもらう以外しか道がないのだよ。」

 そうクローヌが言葉を終えると同時に、セレトの首に当てられた短刀の刃が動く。

 セレトは、自身の首を切られる瞬間を実感する。


 と、同時にセレトは、自身の身体を思いっきりひねる。

 目の前の兵士達が一斉に構えた武器でセレトに襲い掛かる。


 狙いがずれた短刀が、セレトの鎖骨の上を切り裂く。

 その痛みを感じながらも、セレトは、自身を拘束している兵士を振りほどこうと身体を動かし、同時に呪術の展開を始める。


 目の前の兵士達が襲い掛かってくるのがスローモーションに見える。

 自身を拘束している兵士は、セレトの予想外の抵抗で、その拘束を緩めつつあるが、それでも何とかセレトを抑え込もうと力を入れている。


 クローヌは、その様を笑いながら眺めている。


 いいぜ。やってやる。

 死が目前に迫っているような実感を覚えながら、セレトは決意を固める。


 数にすると、敵の兵士はクローヌを含め全部で6人。

 圧倒的に不利な状況ではあったが、セレトはクローヌと同じように笑みを浮かべて呪術を開放する。


 裏切者の汚名も、ここを切り抜けた後のことも、もっと言えば、自身の立身出世も、聖女の暗殺も、今はどうでもよかった。

 セレトが、自身を抑えている兵士を振りほどいた瞬間、銃弾がセレトの右肩を貫き、目の前に迫っている兵士が刀を振り上げてセレトに切りかかってくるのが見えた。

 死を間近に感じながらも、セレトは、その状況を楽しみつつ、生き延びるための方策を考え始めた。


 第十九章へ続く

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