幕間17
幕間17
「おいおい。大した損害だな。正規軍を揃えてこの被害は、少々大きすぎるんじゃないか。」
敵戦力の殲滅を終え、急遽設置された司令部において、オルネスは、目の前の男、ヴェルナードの嫌味を直立をしたまま聞き続けていた。
「しかも、敵の主力は逃してしまったとは、いやはや、参ったな。」
そう話しながら、ヴェルナードは、大げさに頭を振る。
しかし、オルネスは、その言葉に反論することはできなかった。
事実、オルネス自身は、たかが盗賊の一団を殲滅するには過剰な戦力、正規軍の一部隊を率いており、そのうえで敵の殲滅の失敗、自軍への多大な被害を出していた。
勿論、オルネス自身には油断はなかった。
主であるエルストより、事前にこの任に当たった部隊の全滅は聞いていたし、事前の各所からの情報で、この一団が決してただの盗賊程度の存在ではないことは、彼女にも十分予測はできていた。
それゆえ、彼女は、過剰ともいえる戦力を準備し、同時に敵の動向を探り、事前に罠まではり、万全の準備で迎え撃ったつもりであった。
しかし、それでも自身が敵を倒せなかった以上、その責は当然に負うべきであったし、今、このように責められることも仕方はないとは、感じていた。
最も先の戦の傷が痛む身体で立ったまま、目の前のヴェルナードの嫌味を聞き続けることに、彼女もそろそろ耐え切れなくなってきているのは事実であったが。
「まあいい。既にお前も含めて次の指示が入っている。我々は、このまま東進する。すぐに準備をしろ。どうした?不服そうだが。」
ある程度の嫌味を言い終えたのか、ヴェルナードは、立ち上がるとオルネスに指示をする。
しかし、その目はオルネスの不満に満ちた顔を見逃さず、厳しい声を突き付けてきたが。
「いえ閣下。先程逃した盗賊が、まだこの辺りに潜んでいる可能性がある以上、この辺り一帯の警備を怠るわけにはいかないので。また、東進とのことでしたが、我が主であるエルスト様よりそのような指示は入っておりません。」
最も、オルネスもヴェルナードの直属の部下ではない。彼女の雇い主は、あくまでエルストである。
また、ヴェルナードとエルストは、軍人と文官という、直接の上下関係がない、全く違う組織の人間であった。そのように考えるオルネスにしてみれば、ヴェルナードの命令を必要以上に聞く気は彼女にはなかった。
そして何より、オルネスは、ヴェルナードという男がとても嫌いだった。
それゆえ、多少遠回しであり、言い訳臭かったが、彼女は、ヴェルナードの命令を拒否することにしたのである。
幸い、オルネスとヴェルナードの間に、直接の上下関係はなかった。
また、オルネスの言い分も、一部においては正論であり、常時であればその言葉は、ヴェルナードを黙らせることは、十分に可能だったのであろう。
しかしヴェルナードは、オルネスの言い分を聞き終えると、呆れたように首を振り、口を開いた。
「何だ、貴公は聞いておらんのか。数日前より国境からハイルフォードの部隊が出兵をし、領内で暴れまわっているという話なんだが。」
ヴェルナードの話は、オルネス自身は初耳ではあった。
それゆえに、彼の発言にストレスを感じながらも、彼女は首を振り、初耳である旨を伝える。
ヴェルナードは、そんなオルネスに呆れた口調のまま説明を続けた。
「このような状況下においては、今は急ぎ進軍を進めている敵部隊の始末を行うことが優先だ。分かったら急ぎ準備をしろ。」
そうしてヴェルナードは、自身の出兵準備のため、その場を去ろうとした。
オルネスは、今しがた彼から聞き出した情報を頭の中で反芻をしながら考えをまとめようとする。
「しかし、閣下。先程の盗賊達も見逃すには、大きすぎる戦力です。それを無視するのが必ずしも賢明とは言えないかと。」
そうしてオルネスが出した結論は、再度の命令の拒否であった。
最も、自分達、クラルス王国の正規軍相手に互角以上に戦い、ヴェルナード将軍が率いる部隊の到着前に、こちらの追撃を躱して逃げ切った相手の危険性は、先方も重々に承知しているはずであり、それを踏まえれば、彼女は自身の意見がそこまでおかしい物とは考えてはいなかった。
あの男、敵の頭であった魔術師は、今始末しなければ、きっと後々大きな遺恨になる。
そのことを、彼女は強く危惧したのであった。
しかし、そんな彼女の考えは、振り向いたヴェルナードの次の一言で、すぐに砕け散らされた。
「愚か者。国の侵略が行われている現況と、たかが盗賊団の対処であったら、どちらを重視すべきか少し考えればわかるであろう。貴様の私念のみで動くのではない。」
常々から張りのあるヴェルナードの声が、更に強い力を込められてオルネスに放たれる。
その剣幕に、彼女は言葉を失うしかなかった。
「それに、あいつらの正体は大体予想がついている。恐らく、こちらの考え通りなら、もうこの辺りにはいないはずだ。」
ヴェルナードは、やや力を抜いた声で言葉を続ける。
「それは一体、どういうことでしょうか。」
オルネスは、慌てて尋ねる。
既に襲撃をかけてきた敵勢力の正体が判明していることは、彼女には初耳であった。
「ふん、大方ハイルフォード王国が用意した別動隊だろう。」
ヴェルナードは、大したこともないように応える。
確かに、我が国にハイルフォード王国の部隊が出兵している以上、そのような部隊がいる可能性はあり得なくはなかった。
最も、それだけで先の襲撃者の正体を決めつけられるようにも思えなかったが。
そんなオルネスの疑問が顔に出たのか、ヴェルナードは、話を続ける。
「ちょうどここに来る前に、同じような手強い盗賊の話があった。それで対応に向かったところ、殲滅させた奴らの中に、ハイルフォード王国の正規軍のやつらがチラホラと見つかった。今回の奴も恐らくその手の類であろう。」
その言葉を聞きオルネスは納得をする。
「まあ、兵の質はそこまで高くもなかったからなあ。恐らく、敵国に使い捨ての駒として派遣された程度の存在であろうが。ここで逃げたとしても、大方本隊に合流をしようとするぐらいであろう。さて、これで納得はできたな。急いで出兵の準備をしろ。」
ヴェルナードは、そこまで適当に言葉を続けると、そのまま立ち上がり室内を後にする。
残されたオルネスは、その背を見送り、立ち去ったのを確認すると近くの椅子に腰かけた。
ヴェルナードの言葉に納得したわけではなかったが、彼の言い分も理解できた。
何より、このまま彼と共に東進をし、ハイルフォード王国の侵攻軍と戦う方が、先の戦いの雪辱も果たせる可能性が高いようにも思えた。
そう考え、オルネスは一息をつき、部下達に出撃を命じるため立ち上がった。
先の戦いは痛み分けに終わった。
ならば、次の戦いでは、こちらが勝利をするだけである。
あの容赦のないやり口、手段を選ばない生き汚さ。
これらを思いだしながら、オルネスは、逃がした魔術師の顔を強く思い浮かべた。
その夜、オルネスが率いる部隊は、ヴェルナードの部隊と共に最低限の部隊を残し、大部分はすぐに東進を開始した。
進軍を進める兵士達の目には、これから始まる戦への不安と期待が入り混じっていた。




