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【完結】魔術師は嘲笑の中を足掻き続ける ~嫌われ魔術師は、策謀と陰謀が渦巻く王国で、その嫉妬と羨望、そしてその力を聖女暗殺に利用されるが、それを受け入れ自身も利用することにした~  作者: 成吉灯篭
第一章 魔術師は嘲笑の中足掻き続ける

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幕間16

 幕間16


 メイド長であるネーナは、屋敷の中を見回りながら指示を飛ばす。

 突然の上司の見回りに驚いたのか、新米のメンバーが慌てたように動き出す。

 何人かの少女のポケットに、カードの束が突っ込まれているのをネーナは確認したが、あえてそこに触れることはしなかった。

 ネーナの今回の見回りは、主不在のこの館において、少々気が緩んでいる者達の気を引き締めることも一つの目的であったが、本来の目的は別にある以上、屋敷の最低限の維持を行っている部下達を必要以上に詰め、無駄な時間を使う気は彼女には毛頭なかった。


 リオンと買い出しの件で予算の相談をし、調理場でつまみ食いをしていたメイドを軽く嗜め、使用人と傭兵のいざこざの仲裁を行い、屋敷を見回りながら気になる箇所の掃除を命じて、一通りの業務を終えてネーナが自室に戻ってきたとき、日付は既に変わっていた。


 部屋に戻ったネーナは、運ばせておいた軽食をつまみながら本日の業務を日誌に記載する。

 途中、何度か伸びをしながら、業務で凝り固まった身体の筋肉をほぐしていく。

 日誌への記入が終わり、今日の業務を一通り終えた彼女は、今一度大きな欠伸をする。


 仕事が多く、大分疲れた一日であったが、予定していた業務は一通り終えることができ、後はベッドでその疲れを癒すだけであった。

 しかし、仕事を終えたにも関わらず、ネーナの表情は固かった。


 ここ最近、屋敷内に不穏な空気が流れているのは、彼女も直に感じていた。

 また、夜間に屋敷内を動き回る、怪しい人影の存在も実しやかに噂されていた。

 使用人達は、無責任に、やれ幽霊だの、悪魔だのと各々の推論を述べあっていた。


 結果、ネーナにとって望ましくないことに、当該屋敷内において、雇い主不在によるたるみと、同時によからぬ噂が広がることとなった。

 そして、セレトの出兵後、屋敷に滞在する人数が減っている中で、彼女は、主に仕える身として、そのような状況に陥っている理由を確かめる必要性を実感し、本日実行に移したのである。


 もちろん、ネーナとて、雇い主が不在の中での気の弛みを起こす部下達の気持ちに理解は示すことはできた。 

 そして部下達が、少なくとも屋敷の維持に必要な最低限以上の仕事は行っていることと、屋敷の主であるセレトが戻れば、すぐに元のように勤勉に働くであろうことも十分に分かっていた。

 しかし、たとえそうであっても、そのような怠慢をネーナは見逃す気はなかった。


 そして同時に噂となっている不穏な人影の噂。

 明らかに出来すぎている。とネーナは感じていた。


 セレトが裏で聖女暗殺のため、各種工作等で動いていることは、彼女もよく知っていた。

 それゆえに、そのセレトの行動を確かめるため、あるいは見張るために何らかの刺客が紛れ込んでいる可能性は十分に感じ取れていた。


 その者が自分達に友好的か否かは関係はなかった。

 ただ、自分が知らないところで動き回っている者がこの屋敷内にいる可能性がある。

 そのことが、彼女を無性に苛立たせるのであった。


 そうして今日一日、屋敷の見回りを行った彼女であったが、その本来の目的は、屋敷の様子全体を見回り、怪しい人物を見つけるという一点であった。

 しかし屋敷を見回り、各部屋を確かめてみたものの、怪しい人物の目星もつけられず、何も進展がないまま一日を終えることとなってしまったのである。


 いや、正確にはある程度の目途はついていた。

 新しく入った三人のメイドの内の一人である、赤毛の少女。

 彼女の態度、仕事に対する姿勢、示された偽りの経歴等が、ネーナの頭に警報を鳴らしていたのである。


 そのため、ネーナは、一週間前より入念に下調べを行なった上で、今日は特にその赤毛の少女をマークしていたつもりであったが、相手もボロを出さず、一日を終えることとなった。

 勿論、向こうがこちらの意図に気づいている可能性も十分にあり得た。

 しかし、それにしても彼女の動きには、何ら疑いを持つ余裕もなく、洗練潔白、普通に屋敷で働いている労働者の一人であるようにしか思えない状態であった。


 最も、ネーナが調べた彼女の経歴は虚偽の塊であった。

 元々、多くの貴族達がご用達としている職業斡旋所からの紹介で雇われた彼女について、ネーナは、特に疑念はもっていなかった。

 ある程度の信頼はされている筋からの紹介であり、彼女が提示した簡単なプロフィールと経歴自体は、一見、そこまで疑いを持つほどの内容ではなかった。

 加えて、彼女自体、下働きとしての雇用であり、屋敷内で行われている各種密談について触れる機会等、皆無に近いこともあり、彼女の経歴の裏を深くとるということ自体を行なわなかったのである。

 しかし事態が変わり、セレトやネーナを取り巻く環境が大きく変動していく中で、念のためにネーナが調査をしたところ、その少女の経歴の多くに虚偽があることが判明したのである。


 最も、彼女がスパイか否かは、ネーナには未だ判断はつかなかった。

 それでも他に候補がいない以上、ネーナには彼女を調べるしか術はなかったのである。


 そのようなことを考えながら、ネーナが日誌をつけていると、外の廊下を誰かが歩くような音が聞こえてきた。

 カタン、トタン。と、多少周りに気を遣いながら足を下ろしているのか、大分音が殺された足音がネーナの耳に徐々に入ってくる。


 もちろん、見回りをしている兵士や使用人達がいる以上、夜間のこの時間に屋敷内を歩いている人間がいること自体は、別段おかしいことではなかった。

 しかし彼らは、今しがたネーナの耳に入ってきている音を立てるような、人の耳を気にして恐る恐るとした歩き方をする必要性はなかった。


 秘密裏に動きたい誰かが、屋敷内を動き回っている。

 ネーナ自身が動くのに、それ以上の理由は要らなかった。


 護身用の短刀が手元にあることを確認し、ネーナは、まるで猫のように物音を立てずに部屋の外に出て、音のする方へと向かっていった。

 ところどころ明かりはついている物の、基本的に暗闇に包まれた屋敷の中を、ネーナは、昼間と同じように進んでいく。

 一方、先を進んでいるであろう、足音を立てぬように歩いている人物は、屋敷の間取りに精通をしていないのか、時々足を止めながら、ゆっくりと進んでいるようであった。


 先を進む者は、恐らく、屋敷に最近来たものに違いない。

 そうネーナは考え、その足の動きを速める。

 脳裏には、ふとあの赤毛の少女の顔が浮かんだが、それを振り払う。

 まだ相手の正体がつかめていない段階で、物事を決めつけることは危険であった。


 しかし相手との距離が近づくにつれ、ネーナは、その耳に足音以外の音が混ざっていることに気が付く。

 シュー、シューと、息を吐くような音。

 がさがさとした布きれを引きずるような音。


 相手の正体に疑問を頂きながらも、ネーナは、距離を的確に詰め、作戦を練る。

 向こうが進んでいる道をもう少し先に進めれば、やや広めのホールとなっている箇所にぶつかる筈であった。

 そこで、上手く奇襲をかけ、この屋敷に侵入したであろう不届き者の正体を暴こうと考え、ネーナは武器を握る手に力を入れた。


 もう少し距離を詰めると、相手の姿がちらりと見える。

 暗い中で、はっきりとは見えなかったが、ネーナの目には、目の前を進む者が、大きな布を体に巻き付けて移動をしている様子が見て取れた。


 そして、相手が曲がり角を曲がり、ホールに向かったのを確認したネーナは、そのまま相手を追わずに、すぐ横にある階段を一気に駆け上がり廊下を駆け抜ける。

 目指すは、ホールの上に広がった吹き抜けである。

 ネーナは、吹き抜けからホールに飛び降りることで、相手に奇襲をかけるつもりだった。


 そう考えたネーナは、目の前に広がる吹き抜けに到着をすると、音を殺しながら下の様子を確認する。

 足音と、布をするような音は、確実にホールに向かって進んできている。


 そうして、その音がほぼ真下を通過した瞬間、ネーナは、ホールへ飛び降り、一気に短刀を構えて廊下へ振り向いた

 しかし、目の前にいるであろう怪しい人物は影も形もなく消えていた。

 確かにホールに向かう一本道に入り、先程まで足音を立てて移動していたその人物は、煙のように消えてしまったのである。


 慌てたネーナであるが、ふと気が付くと、足音がまだしている事に気が付いた。

 やや反響をしており、音の出所は分からなかったが、姿は見えずとも、自身のすぐ近くに追っていた何者かが潜んでいることは確かのように思えた。


 こうして刃物を構えて、周囲を警戒していたネーナであったが、ふと、足音がやんだことに気が付く。

 急に音が無くなったことに、若干の焦りを感じながら、再度周囲の警戒を続けていたネーナの耳に、次に聞こえてきたのは、女性の悲鳴であった。


 「きゃあああああああああああ!」

 あまりにも大きなその声は、屋敷中に響き、一斉に屋敷全体をパニックに陥れた。


 屋敷中から足音が聞こえ始め、皆、悲鳴の出所に向かっている様子が見える。

 ネーナも、それに負けじと悲鳴の出所に向かう。


 比較的近くにいたからであろう。

 ネーナが悲鳴の出所にたどり着いた時、そこには、まだ誰も到着はしていなかった。

 そこは、屋敷の廊下、ネーナが足音の主を見逃したホールから、ほんの少し離れた場所であった。


 明かりがついたその廊下には、恐らく悲鳴の主であろう、メイド服を着た少女が一人倒れていた。

 見れば、その腹には、大きな穴が開いており、既に事切れているであろうことは、一目瞭然であった。


 遺体の状態を確認しようと、近づいたネーナは、その少女の髪の毛が、床に散らばった血と同じ、明るい赤色であることに気が付いた。

 うつぶせになった顔を持ち上げ確認をする。

 そこには、ネーナが怪しんでいた少女の顔が、光を失った目を向けて、こちらを見ていた。


 「どうしましたか?」

 ばたばたと足音を立てながら、見回りの兵士や近くの部屋にいた者達が集まってくる。

 騒ぎが大きくなる中、ネーナは、皆を落ちつけながら、状況を報告し、的確に指示を出していく。


 そうして一通り指示を終えたのち、死体を見ながらネーナはため息をついた。

 自身が怪しんでいた少女は、何者かに殺された。

 これが口封じなのか、または別の何か陰謀の結果なのかは、ネーナには判断が付かなかった。


 ただ、この屋敷の中で、何かが起こりつつあることは、十分にネーナは理解していた。


 いずれにせよ、ここまで大事になった以上、そして人が一人死んでいることからも、王国へと報告する必要があった。

 坊ちゃまは、嫌がるであろうが、憲兵達にも調査をさせる必要があるであろう。

 そのことに頭を悩ませながら、そして自身の主は、どのように考えるであろうかと考えながら、ネーナは、自身の主への報告の準備を進めるのであった。

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