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【完結】魔術師は嘲笑の中を足掻き続ける ~嫌われ魔術師は、策謀と陰謀が渦巻く王国で、その嫉妬と羨望、そしてその力を聖女暗殺に利用されるが、それを受け入れ自身も利用することにした~  作者: 成吉灯篭
第一章 魔術師は嘲笑の中足掻き続ける

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第十六章「逃亡戦」

 第十六章「逃亡戦」


 「村の外に待機をさせていた分隊の半数は、やられていた模様です。」

 「さっきの戦いで村に突撃した部隊の三割もやられている。これはちと損害が大きいぜ。旦那。」

 村の中で一番立派な屋敷、恐らく村長の住まいの一室で、セレトは、アリアナと、グロックから報告を受ける。

 足元には、ここの部屋の主であったであろう、初老の男性が既に事切れた状態で転がっている。


 セレトは、報告を聞きながら、先程、屋敷の食糧庫から頂戴をした、それなりに高そうな酒をグラスに注いで飲み干す。

 この地方の地酒なのか、あまり見かけないラベルの酒であったが、味は、多少の苦みの癖があるものの、飲みやすく、ついついグラスにお代わりを注いでしまう。

 そんな酒であった。


 もっとも、美味い酒を飲みながら気を紛らそうにも、目の前で報告をされている損害という事実は、どうしても無視ができないものであった。

 グロックが言う通り、この損害は、今後も敵地で軍事活動を続けていくことを考えると、あまりにも大きすぎた。


 戦いを終えた後、敵の残党を捕虜にし、すぐに村の主要施設を抑えることまでは、何とかできたものの、今後の方針を定めるには、少々厳しい状況に陥ったことを実感しながら、セレトは、頭を回す。

 幸いオルネスの部隊が在留していたためか、食料や武器のような各物資は、十分に残っていたものの、肝心な兵士が補充できなければ、戦い続けること自体が難しいのは確かであった。


 「しかし、セレト様。兵士の数は減りましたが、被害を受けたのは、所詮は雑兵にすぎません。我々の術で、手足となる程度の者の穴埋めの補充は可能です。そこまで重視する必要はないかと。」

 アリアナは、グロックの発言を牽制するように自身の意見を述べる。


 確かに彼女の言うことも一理はあった。

 元々セレトや、その部下達は、主に呪術を中心とした各種魔術を利用して戦い抜いてきた経歴がある。

 その中には、簡易的な召喚術等も当然にあり、それらを利用して、一時的な兵士の不足は補えるのも事実ではあった。


 「ふん。戦いの度に召喚術を多用しておりましたら、すぐに魔力が枯渇し、二進も三進もいかなくなりますな。そうなると、お得意の魔術に頼ることもできず、相手に嬲られるだけですな。」

 しかし現実は、グロックが言う通り、魔力という有限の制限があるのであった。

 それを考えると、少なくともアリアナの言うように、召喚術の身に頼った部隊編成は、あまり考慮すべきでないであろう。


 セレトは、改めて地図を見てみる。

 クローヌから指示をされた最終地点、攻め込むように指示を受けている城までは、それなりの距離があるようにも思えたが、強行軍で進めば、一日も見ていれば、今いる地点から到達することは、十分に可能なようにも思えた。

 最も、攻め込むタイミングとして聞いている三週間後には、まだ一週間程の余裕はある。

 現実的には、余裕を見ながら徐々に進軍をし、上手く敵拠点の手前ぐらいで、本隊と合流するのがベストなのであろう。


 しかし、そう考えても、やはり現状の兵力では不安が大きいのは確かであった。

 現在、敵地に攻め込んでいる以上、いつ何時、敵の襲撃があるのか分からない状況でもあり、加えて、先程戦ったオルネスのような手練れも派遣されてきている。

 彼女は、明らかにこちらを討伐するために出向いており、今や、クラルス王国においては、セレト達は、一定の警戒の元、既にマークをされていると見ておかしくはないであろう。

 ここにきて、明らかに正規軍であるオルネスを討伐をしたということは、その追手の追撃がより厳しくなることは、セレトはよくよく理解していた。


 それゆえに、セレトは現状の方針に頭を悩ませていた。

 強行軍で、一気にこの場を離脱し本隊と合流をするか、それとも、通常の行軍で余裕をもって本隊と合流をするか。


 普通に考えれば、兵力が不足している以上、たとえ逃げる形なろうとも、急ぎこの戦場から離れて本隊と合流するのが、最善手であるようには思えた。

 しかし、セレトは、再度地図を見て考え込む。

 地図には、現地点から、最終地点に向かうまでの間に、複数の町が記載をさせていた。


 現状、セレトは襲った拠点において、徹底的な略奪を繰り返していた。

 それは一つに、出兵前に言われたクローヌの指示、『敵軍の妨害』に従い、可能範囲での敵部隊の弱体化につなげるため。

 もう一つは、慢性的に不足している物資の補給と、自身の部下達への報奨の代わりとして。

 これらを考慮し、セレトは、部下達が思うままの略奪を行うことを推奨をしていた。


 地図に記載がある町は、そのどれもがそれなりの規模を誇っているようにも見えた。

 それゆえ、この町を襲うことで得ることが出来る資産を考えると、これらを無視して一気に進むことは、些か自身の懐事情を鑑みると、少々逃すには惜しいようにも思えた。

 最も、そのような小金のために、自身の命を賭けることの愚かさも、セレトは十分に承知をしていたが。


 ふと、屋敷の窓から外の様子を見る。

 外では、セレトの部下の生き残りの者達が、略奪を繰り返しながら、思い思いにその懐を潤していた。

 村人の大半は、既に囚われ、屋敷の前の庭に集められ、その場に座って、目の前で起きている惨状を、ただただ眺めている。

 少し離れたところには、オルネス達軍人の生き残りが囚われていた。


 かけられた呪術の威力を弱められたオルネスは、先程までよりは意識がしっかりとしているようであるが、既に四肢が縛れた現況では、動くに動けない様である。

 彼女の部下達も、村人や、自身の隊長が身動きを取れない中、武器を向けられている現況では、何もできない様であった。


 最もセレトも、この戦いで大きな損害を受けている。

 ただでさえ人数が少ない中で多くの部下達を失い、この身に刻んだ、切り札たる呪術も一つ消費した。

 この程度の勝利では、とてもじゃないが埋め合わせは難しいことはよく理解していた。


 ふと、足元に転がっている、この部屋の主に目を向ける。

 男は、別にセレト達に逆らったわけではなかった。

 むしろ、オルネス達駐留軍の敗北を見て、すぐに白旗を上げ、自身の屋敷にセレト達幹部を招き入れると、その場で必要な物資の提供を申し出るほど、こちらに従順であった。

 しかしセレトにとっては、そのようなことは関係はなかった。

 クローヌから受けた指示、敵の拠点を潰せ。

 その言葉に従い、この村は、元々潰すつもりであった。

 特に、先の戦で多くの戦力を失ったことで、その必要性は増したといってもいいであろう。


 「我々は、降伏します。必要な物資も提供いたします。それゆえ、何卒命だけはお助、けを?」

 必死にセレトと、交渉する男は、ふと自分の腹に響いた衝撃に言葉を止め、自身の身体を見る。

 そこには、セレトが投げた短刀が、黒色の煙を燻らせながら刺さっている。


 「な、んで?」

 よくわらかぬまま呟く男性は、縋るようにセレトに顔を向ける。


 「ふん。」

 しかし、セレトは、そんな男性の言葉を無視するように、鼻を鳴らす。

 同時に、短刀から燻る黒煙が広がり霧散する。

 そして、煙が晴れた瞬間、男性の目は、生気を宿していなかった。


 そんな男性の様子を思いだしながら、一瞬物思いにふけるが、セレトは、そんな思いを振り払い、改めて当面の状況を考える。

 どのように進むにしろ、多くの部下を失った現況においては、時間もそうかけずに素早く決断を出す必要があるようにも思えた。


 ふと、ドアがノックされる音がし、セレトは、慌ててそちらに気を向ける。

 同時に、言い争いを続けていたグロックとアリアナも一旦、その口を閉じる。


 「誰だ?」

 セレトは、慌てた声で外にいる者に声をかける。

 「第三部隊兵長、ポラでございます。ご指示がありました、敵将を連れ参りました。」

 その言葉を聞いたセレトは、入るように外にいる部下に指示をする。

 すると、ドアが開き、そこには、縄で縛られ動きが取れない状態のオルネスが連れてこられていた。


 当初オルネスは、呪術の副作用か少し寝ぼけたような視線で辺りを見回していたが、ふとセレトの足元に転がっている死体を見つけると、その目を見開き暴れようとする。

 しかし、彼女を連れてきたポラが縄を引き、アリアナが磔の術を唱え地面と体を縛り付け、その抵抗を無意味なものに変えた。


 アリアナの呪術で、地面に這いつくばり、禄に動けない彼女をあざ笑うような表情を浮かべ、セレトは彼女に近づく。

 彼女は、こちらを敵意に満ちた目で見つめていたが、その奥に、一寸の恐怖が混ざっている様子を見て、セレトは満足を覚える。


 「さてオルネス卿。病み上がりの身でご足労を頂き悪かったね。」

 そう話しながら、セレトは彼女の右手を左足で踏み、体重をかける。

 骨が折れる程ではないが、大分痛みがあったのだろう。オルネスが、顔を歪める様が見て取れた。

 最もそこまでで、彼女は悲鳴一つあげはしなかったが。


 「まあ私が尋ねたいことがあって、ここに来ていただいたのだが、感が良い貴公であれば、私が何を知りたいのか、理解できているのではないのかね。」

 そんな彼女の様子を無視するように、セレトは言葉を続ける。

 今度は左手を踏んでみる。

 セレトとの戦いで負傷でもしていたのか、セレトが軽く踏んだ箇所から、血がにじむ様子が見て取れ、同時にオルネスが息を漏らしながら、軽く声を上げた様子が見て取れる。


 「何、難しいことじゃない。貴公の他の部隊の現在地と、安全なルートを教えてほしいだけだよ。そうすれば、貴公も、貴公の部下達もこのまま解放しよう。もちろんこの村人達も含んでいるよ。」

 そう笑いながら、目の前に転がる男の死体を軽く蹴飛ばす。

 「おっと、もう死んでいる者達もいるがね。まあ死体の数はこれ以上増やさないようにしよう。最も、貴公の口を開くタイミング次第では、もう少し死体が増えるかもしれないが。」

 グロックは。傭兵らしく、雇い主のやる行動を興味なさげに眺めながら、オルネスに不審な動きがないか見張っている。

 アリアナは、何が楽しいのか、オルネスが苦しそうにするたびに、笑みを浮かべ笑い声をこぼす。


 そして、セレトは、その口から漏れる言葉に期待をして再度オルネスの顔を見る。

 しかし、そこで彼女が見せた表情は、セレトに対する嘲りであった。

 怪訝そうな顔をするセレトに対し、オルネスは、その表情を崩さぬ口を開く。


 「ふむ。所詮は盗賊の類か。既に逃げることしか考えていないことに驚きだね。」

 バキッ。と、強い音がする。セレトが思いっきりオルネスの腹を蹴飛ばしたのであった。

 しかしセレトが苛立ちを見せたことで、オルネスは顔を多少歪めながらも、より楽しそうに言葉を続ける。


 「何、安心したまえ。他の部隊達の動きはすぐにわかるさ。」

 オルネスの、嘲笑的な笑みと発せられた言葉に、苛立ちを増したセレトが、彼女を再度蹴ろうとした瞬間、部屋のドアが開き、一人の兵士が転がり込んでくる。

 あっけにとられるセレト達が、言葉をかける間もなく、その兵士は、息を切らしながら口を開く。


 「敵襲です!敵の大部隊、恐らく旗印から見るにヴェルナード将軍が率いる部隊が、こちらの村に迫っている模様です!もう間もなく、この村に着くかと思われます。」

 その言葉に、セレトやアリアナ、グロック、ポラが呆気にとられる。

 不敗将軍ヴェルナードの戦績と実力、そして腐敗将軍の異名についても、他国の人間であるセレト達にも広く知れ渡っていた。


 「やぁ!」

 すると、オルネスが思いっきり体をひねり、ポラと、アリアナによる拘束を解き立ち上がる。

 慌てたセレト達が、武器を構えようとする前に、彼女は、部屋の窓ガラスに飛び込み、そのままガラスを割りながら、逃げ去っていく。


 一瞬、彼女を追いかけようとするが、諦める。

 それより今は、慌てて逃げる必要があるように思えた。


 「いくぞ。」

 急ぎセレトは、床に転がった死体の首根っこを掴み持ち上げると、死体を引きずりながら部屋を出る。

 後ろには、アリアナやグロックら部下が慌ててついてくる。


 屋敷の外に出たセレトは、急いで敵兵や村人達を集めていた庭に向かう。

 途中、隊長格の兵士達を見かけるたび、すぐに撤収の準備をして、部下達ともに、屋敷の庭に向かうように指示をすることも忘れない。

 手が空いている二人の兵士に、死体を預けて運んでくるように指示をして、セレトは、より急ぎ目的へ向かう。


 すぐに狼煙が上げられ、銅鑼が叩かれ、村中に散らばった兵士達が慌ただしく動き始めているようであった。

 最も、セレトにとっては、そのような兵士達の動きなどどうでもよかった。

 今大切なのは、こちらに向かっているヴィルナード将軍が率いる大軍への対処である。


 そのためにも、セレトは途中途中で合流した、少数の部下と共に道を急ぐ。

 そして、屋敷の庭についたセレトが目にしたのは、既にオルネスによって解放された敵兵士と、村人達、そして無残に横たわっているこの場を任せたセレトの部下達であった。


 「やあ。遅かったじゃないか。」

 オルネスがこちらに気が付き声をかけてきた。

 セレトとの戦い、先程のやり取りで、まだ負傷もしているようであったが、その体はまだまだ問題なく動くようである。

 彼女の部下達も、指揮官の健在と、援軍の情報で一気に奮い立ち、セレト達に武器を向けていた。


 「どうするかね?降伏するかね?今なら、命位は助けてもらえるかもしれないよ。」

 そう話す彼女を無視しながら、セレトは、周囲を見回す。

 彼女が救出した村人達は、オルネスに守られるように一か所に固まりこちらを睨んでいる。

 一方、セレトの部下達も徐々に、この場に集まりオルネス達へにらみを利かせる。


 もっとも、敵の大部隊が迫っている中、そのようなことで時間を潰している暇はなかった。

 それゆえセレトは、最終手段に出ることにする。


 「成程。オルネス卿。貴公には、一杯食わされたようだな。認めるよ。ここは私の負けだ。」

 言葉を述べながら、セレトは、死体を持つ右手にこっそりと魔術を込める。


 「ここは退かせてもらおう。何、また戦う機会もあるだろうしな。」

 そう話しながら、グロックとアリアナに、左手で軽くサインを出す。

 部下達は意図を感じ取ったのか、各々の部隊をまとめ始める。


 「ここから逃がすとも?そしてこの村か出たところで、ヴィルナード将軍率いる部隊から逃げられるとでも?」

 オルネスは、そう話しながら、部下共々、セレトに武器を向ける。

 セレトは、その様子を見ながら肩をすくめる。

 オルネスは、そんなセレトを一瞬睨むと、右手を上げて、攻撃を指示しようとする。


 だが、その攻撃が放たれる前に、セレトが先手をとって運んできた男性の死体を投げさせた。


 それはただの死体。

 重さがある、成人男性のそれは、にらみ合うセレトとオルネスの間に落ちる。

 その行動の真意を測りかね、オルネスは、動きを止める。


 瞬間、セレトは、魔力を開放する。

 その魔力の開放は、目の前の死体に短刀と共に埋められた呪術に反応する。

 呪術は、死体に黒煙をまき散らせながら、徐々に死体を変貌させていく。


 「何、またあう機会もあるだろう。その時に今回の決着をつけようじゃないか。」

 セレトはそうボヤキながら、目の前に完成した作品を見る。


 そこには、緑色の細長く巨大な身体を八本の虫のような足で支え、六本の腕を持った異形の怪物が立っていた。

 その腕は、人間と同じような物、鎌や槍のように刃物ような爪が生えた物と、様々な形をしている。

 顔は、死体だった初老の男の面影を残しながらも、半分ただれたような状態となり、男性の口だった部分から、一つの巨大な目をのぞかせていた。


 「逃がすな!撃て!」

 突然の化け物ともいうべき敵の登場に、オルネスは、一瞬たじろいだが、すぐに攻撃を指示する。

 銃や弓、魔法といった多種多様な攻撃がセレト達に向かって射ち出される。

 兵士達だけではなく、村人のなかで心得のある者達が、弓や銃を撃っている様子も見える。


 「ぉぽんろおぉ。」

 セレトとオルネスの間に立った化け物は、それらの攻撃をその身に受けてたじろぐ。

 口からは、不快な鳴き声を上げている。


 「いける。所詮は、大きいだけの木偶だ!攻撃の手を緩めるな!第二部隊は、敵軍が逃げ出さぬように周りこめ!」

 病み上がりでありながらも、敵の切り札がそこまで脅威じゃないと見て取ったオルネスは、指示を矢継ぎ早に出し、セレトを追い込もうとする。

 セレト達は、オルネスの攻撃を捌きながら、タイミングを見計らう。 


 「ふん。契約は既に成立した。撤退するぞ。行け!」

 セレトは、そんな様子を見て、すぐに部下達に指示する。


 「ゴるナ、ラマ。」

 化け物が、意味が分からない鳴き声を上げながら、オルネス達に向かって突き進もうとする。


 「了解です。っその汚い手を私に向けるな!」

 アリアナが襲い掛かってきた敵の兵士に向かって右手を向けて呪術を放つ。

 瞬間、アリアナの方に向かっていた数名の兵士達は、地面に急に現れた魔法陣に体をからめとられ、そのまま地面に縛り付けられる。


 「野郎ども。引き上げだ!」

 グロックは、部隊をまとめ上げて一点突破の動きで敵の囲いが薄い部分に突撃をする。

 途中襲い掛かってくる雑兵を、一人を拳銃で射殺し、その隙に近づいてきたもう一人の敵兵を、そのまま左手で抜いた刀で切り倒し道を作り上げる。


 「慌てるな。敵の兵士を倒す必要はない。足止めをすれば十分だ!」

 オルネスが指示を飛ばす。

 セレトは、そんな彼女の様子を見ながら、再度魔力を開放する。


 瞬間、前線で指揮を執るオルネスの背後で叫び声が聞こえた。

 「どうした?」

 そう言いながら後方を振り向いたオルネスが見たのは、今目の前で暴れまわっている化け物と同じような、異形の化け物が複数体後方に現れ、自身の兵士と村人達に遅いかかっている様子であった。


 驚きを隠せないオルネスの目の前で、更に信じられないことが展開する。

 逃げまとう村人の一人、若い娘が突如倒れる。それを助けようと兵士の一人が駆け寄った瞬間、娘の背中を食い破って現れた蛇の顔に兵士が食い殺された。

 そのまま娘の身体は、先程の男性の死体と同じように変貌を続け、一対の蛇の腕と、四本足を持つ異形の化け物に姿を変え、周辺の兵士達に襲い掛かる。


 見れば、村人の約半数がそのような変貌を起こし、化け物として暴れまわっている。

 突如後方で発生した敵に、兵士達は混乱し、その統制は一気に崩れているようであった。


 ここでオルネス達に、一気にセレト達が攻め込んでいれば、オルネスが率いる部隊は、そのまま壊滅をしていたであろうことは、想像に難しくない。

 しかしセレトの目的は、この場からの逃走である。

 敵の援軍が向かっているこの状況に長居をするつもりは毛頭もなかった。


 混乱している敵軍を無視して、セレトは、馬を確保すると、部下達ともに、一気に村を抜け出し、そのまま東に向かう。

 部隊を走らせながら、セレトは、今後方針を決定する。

 東には、この作戦の最終目的地としてクローヌから指示があった城がある。

 そこに一目散に向かい、本隊と合流をする。

 近隣に、敵の大部隊がいる以上、自身の手持ちの兵士だけで戦い抜くことは、もはや不可能であった。


 後ろでは、オルネスの部隊達が、必死に異形の怪物達と戦っている様子が見て取れる。

 怪物達は、己の身体の武器を最大限に生かして兵士達に襲い掛かっている。

 しかし、その異形の姿から放たれる攻撃は、当初こそ、兵士達の隙をつき、敵を圧倒してたものの、訓練をされた相手には、すぐに対応策を取られ、その動きを抑えられていく。

 セレトが見ている前で、一体、また一体と、敵の兵士達に打ち取られていく様子が見えた。


 最も、セレトにとって、あれは所詮は、捨て駒である。

 男性は殺害するタイミングで。村人の一部は、庭に追い立てたタイミングで。

 それぞれに簡単な変貌の呪術と、魔獣の召喚式を埋め込み、タイミングをみて、それらを自身の魔力で起動する。

 贄さえあれば、手軽に兵力を増産できる方法ではあったが、所詮は使い捨ての召喚にしかすぎなかった。

 今暴れまわっている怪物達も、いずれは、体内の魔力が付き消滅するであろう。


 そんなことを考えながら、セレト達は、一目散に戦線を抜ける。

 向かう先には、敵部隊はいない様であった。


 「目的地まで、一気に駆け抜けるぞ。」

 セレトは、部下達に声をかけると、馬の腹を蹴飛ばし速度を上げる。

 その命令に兵士達が一斉に応える。

 しかし、その数はだいぶ減り、もはや二十にも満たない程であった。


 無事に生き延びた戦いであった。

 しかし、結果だけをみれば、部隊を失ったセレトの敗戦であった。

 その屈辱に苛立ちを感じながらも、気に食わない敵将を出し抜けたことに、少しの喜びを感じながら、セレトは、馬を走らせるのであった。


 第十七章へ続く

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