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【完結】魔術師は嘲笑の中を足掻き続ける ~嫌われ魔術師は、策謀と陰謀が渦巻く王国で、その嫉妬と羨望、そしてその力を聖女暗殺に利用されるが、それを受け入れ自身も利用することにした~  作者: 成吉灯篭
第一章 魔術師は嘲笑の中足掻き続ける

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第十五章「切り札を切る」

 第十五章「切り札を切る」


 「攻撃を加え続けながら後退!いったん距離を置く。」

 オルネスは、声を張り上げて手早く指示を出す。

 目の前で広がりつつある紫色の煙を警戒しているのか、先ほどまでの攻勢から一転、今は守りに力を入れているようにも思えた。


 セレトは、そんなオルネスを見ながら、自身の身体に力を入れる。

 先に巻いていた紫色の煙と一体化した今の身体は、どこか頼りなさそうに霧散をしていたが、セレトが力を入れた箇所を中心に、その意思に従うかのように密度を高めていった。


 オルネスは、変わらずにこちらの様子を伺いながら攻撃を仕掛けてきた。

 周辺では、グロックとアリアナの指揮の元、セレトの部下達がオルネスの部下達に抵抗していた。

 囲まれ、兵士の質も数も相手の方が勝っている状況の中、グロックもアリアナも、二人ともその攻勢をうまく捌いていた。

 もっとも、このままでは、自軍の損失が看過できないレベルまで高まりそうではあったが。


 そんな戦況を一望し、セレトは力を体全域に込める。

 込められた力は、自身の呪術の力。

 それは、煙と一体化したセレトの体中に苦痛と共に広がっていく。

 同時に、セレトの力が満ちた体は、徐々に密度を高めていく。


 セレトと一体化した紫色の煙に、徐々に魔力が集中されていく様が見て取れたのか、オルネスは、部下達に警戒をするように呼びかけ、こちらを注意深く観察を続ける。

 周りのセレトの部下達は、オルネスの部隊達と乱戦気味な戦いを繰り広げていた。

 グロックとアリアナには、まだ余裕がありそうであったが、その部下達は、あまり長期間は持たなそうではあった。


 そのことを確認したセレトは、先ほどより込めていた呪術の力を、より強く込める。

 身体を蝕む呪術の力が、体が限界に達したと感じた。


 瞬間、力が込められきった、紫色の煙が四方八方に飛び散った。


 「総員、退避しろ!」

 オルネスが慌てたように声を上げるが、その言葉に部下達が対応するよりも前に、霧散した紫色の煙が戦場に一瞬に広がる。

 状況を把握できていないオルネス達と、セレトが打った手を確認し、次の行動に備えるグロックとアリアナ、そして自身の部下達。

 そのような者達が混在する中、広がった煙は、数秒後、まるで最初からそこになかったかのように一瞬で消え去った。


 オルネス達は、狐につままれたような表情で周辺を確認する。

 そしてセレトは、元の場所で、改めて立ち上がる。


 その姿勢は、当初と変わりのないままで、オルネスと向かいあっていた。


 「幻?くそ!状況を報告しろ。」

 オルネスは、口汚く部下達に声をかける。

 「いや、恐らくは特に被害らしい被害は…。」

 オルネスの側近らしい、先ほどセレトに切りかかってきた男が、彼女に報告をする。


 「陽動?攪乱?何にせよ、敵軍は、まだ目の前にいる。警戒を怠らず一気に殲滅に動くぞ。」

 状況を確認しながら、オルネスは警戒したように部隊に改めて、攻撃の指示を入れようとする。

 「了解しま…。」

 そんな彼女の声に応えようと、一人の部下が返事の言葉を述べている途中で、そのままどさりと倒れた。

 「どうした?」

 慌てたようにオルネスがその部下に駆け寄ろうとした瞬間、彼女の目の前で、次々と彼女の部下達が倒れ始めた。


 「これは一体…。」

 オルネスがそうつぶやく間に、彼女の周辺にいた部下、グロックやアリアナ達と死闘を繰り広げていた部隊のほとんどが倒れ、彼女の部下達で今や立っている者は、10にも満たない数であった。

 一方、セレトの部下達は、全員が無傷で立っており、各々の武器をオルネス達に向けていた。


 突然の逆転に、頭が追いつかないようにオルネスは、首を振る。

 その様子を見て、セレトは、嫌味を込めたような笑みを浮かべながら彼女に問いかける。


 「さて、オルネス卿。如何いたしましょうか?まだ続けたいですか?」

 その言葉にオルネスは考え込むように、唇をかむ。

 そんな様子をセレトは見ながら、意地の悪い顔で彼女を見つめる。

 もっとも、術の反動で傷んだ体と、現況を考えると、セレト自身の内心は、彼女の判断が投降に傾くことを強く祈っていたが。


 セレトが当初唱えたのは、ある気体をただ召喚するだけの術であった。

 召喚されたのは、魔の力が込められている物の、単体では、そこまで有害ではない気体。

 しかし、この気体の特徴の一環として、魔力の力を非常に吸収しやすいという特性があった。


 次にセレトが行ったのは、自身の刀に魔力を込め、自身を呪術そのものにかえる儀式。

 自分自身を、呪いの力、呪術という概念に変更するこの力により、セレトは、自身の身を一時的に呪術そのものへと変えた。


 されど、呪術はあくまで呪術。概念であり、それ単体では、意味をなさない。

 そしてあくまで呪いの力である呪術は、対象に時間をかけて、その魔力を相手に与え続けることで効力を発するものである。

 だから、セレトは当初に生み出した煙と呪術となった概念である自身を融和させた。


 概念である呪術に形を持たせ、同時に自身の魔力を広範囲に効率的に広げるための術。

 それは、呪術の弱点である、効力を発するまでに時間を要する点と、どうしても複数の敵にその効力を与えることを不得手とする点を解決するための方策。

 そしてそれは、多用はできないセレトの切り札の一つであった。


 実際、何が起きるか分からない戦場において、セレトは、自身の持っている力や武器を、出し惜しみするつもりはなかった。

 されど、まだまだ前哨戦ともいえるこの状況において、切り札の一つを使用することは、セレトにって予想外の出来事ではあった。

 今後、より強大な敵の本隊との戦いも控えている中、できる限り、自身の武器は温存をしておきたいのも実状であった。


 そして、ヴルカルより出された指示。

 この戦争での、聖女の暗殺。

 それは、失敗するわけにいかない自身の使命。

 そう考えると、自身が持てる手札の一つをこの場で切ったことは、早計だったかもしれなかった。


 もっとも、目の前にいるオルネスは、多少術の影響を受けてふらついてはいるものの、周辺を見回しながら状況把握に努め、同時にその手に武器を構えて、こちらへの警戒は怠っていなかった。

 彼女の部下達も、ほとんどが倒れている中、呪術の力を耐えきった者達は、各々の武器を構えながら、こちらの出方を見ていた。

 つまるところ、彼女達もそれなりの手練れであるということであり、下手に出し惜しみをしていたら、こちらが笑えない被害を受ける可能性も十分にあり得た。

 そう考え、セレトは、放った呪術を必要経費と割り切ることにする。


 同時に、セレトは、自身の刀を構えて、オルネスとの間合いを詰めようとする。

 オルネスは、それを受けて、セレトの動きに合わせて、距離を離そうと足を動かし始めた。


 もっとも、多くの部下達が倒れている以上、彼女は下手に逃げることはできない様であった。

 そのうえで彼女が取れる方法は、敵の大将であるセレトをうまく討ち取り、そこから一気に逆転を目指すぐらいの方法しかない模様であった。

 それゆえか、オルネスは、ある程度距離を置くと、すぐに刀を右に手に持ち、セレトの動きを注視し始めた。

 セレトは、そんなオルネスが放ってくるであろう攻撃を予測しながら、徐々に前に進む。


 「今なら降伏を受け付けますよ。命の保証も致しましょう。」

 セレトは、自身の消耗を悟られぬよう、強気な口調を崩さず呼びかける。


 背後では、オルネスの部下の残党達を抑え込むように、グロックとアリアナが攻撃を仕掛けている。

 あちらは、兵力の差を考えると、多勢に無勢、すぐに決着も付くであろう。


 最も、オルネスの残り少ない部下達も、大将同士の一騎打ちに茶々が入らぬよう、セレトの部下達が、セレトを援護しようとするのを巧みに防ぎながら抵抗をしていた。

 この様子を鑑みるに、セレトは、自身の力で目の前のオルネスを討ち取る必要があるようであった。

 それが分かっているからであろうか。

 オルネスは、セレトの呼びかけに何も答えず、自身の武器を構えながら、ひたすらに間合いをはかろうとする。


 セレトは、右手に刀を構えながら、徐々に左手に魔力を込めていく。

 オルネスも、セレトのその動きを確認しながら、同じように右手に刀を構えながら、左手に魔力を込めている様子が見て取れる。


 「いやはや。たかが盗賊の親分紛いが、たいそうな発言ですね。しかし降伏ですか。」

 そう話しながらオルネスは、右に二歩進む。

 「そうですね。それも選択肢の一つかもしれませんね。」

 セレトが合わせて左に二歩進んだことを確認して、彼女は、足の動きを止める。


 「だが、それは、あり得ない!」

 セレトがそのまま一歩前に踏み出した瞬間、オルネスが左手を振り上げる。

 彼女の左手の魔力に動きを見て取ったセレトは、一挙に大きく右手側に体をひねる。

 そのまま、攻撃をよけてこちらの反撃をしようとした瞬間、セレトは、わき腹に衝撃を受ける。


 驚きに目を見開きながら、セレトがオルネスの方に視線を向けると、オルネスの左手に込められた魔力は、そのまま打ち出されておらず、彼女が右手に構えていた刀がなくなっていた。

 ふと、自身の左の脇腹を見ると、彼女が先ほど持っていた、刀が深々と突きささっている。


 オルネスの貴族の身分の表れであるのか、彼女の刀の柄の部分には、大粒の宝石と紋章細工が形取られているのが分かった。

 何か魔力でも込められていたのか、セレトの脇腹に刺さった刀は、セレトをその場に縛り付けるように、光を発しながら地面とセレトの身体を結び付けようとする。


 そのような状況で、禄に動けないセレトを尻目に、オルネスは、左手を振り下ろす。

 振り下ろされた左手からは、大量の光弾が広範囲にばらまかれているのが見て取れる。

 そして、光弾を打ち出すと同時に、オルネスは、右手に短剣を構えてセレトに飛び掛かった。


 彼女の魔力が込められているのか、短剣の刃がより輝きを増している状態が見て取れる。

 先に放たれた光弾がセレトの近くを通り過ぎながら、内何発かは、セレトの身体に辺り、衝撃を与える。

 殺傷力こそ高くない様であったが、何発も身体のいたるところに当たる衝撃が、脇腹に刺さった刀と合わさり、セレトの体のバランスを崩し、動きを取りづらくしていく。

 そしてその刃が、セレトの首をとらえようとした瞬間、セレトは動いた。


 「そうですか。それは残念。」

 セレトが、心底残念そうな声で、彼女に応える。

 最も、驚きで目を見開いているオルネスに、その声がしっかりと聞こえているかは分からなかったが。


 「なら、貴方を助ける道理はないですね。」

 嘲りを込めた声をかけるセレト。

 その口から先程飛び出た、黒と紫が混ざったような禍々しい槍は、今はオルネスの右肩に刺さっている。


 セレトの体内の呪術の力が混ざり合わされ、形どられた、呪術という概念の塊である槍は、オルネスの右肩から、彼女の身体全体に広がるように、その負の力を発していた。

 オルネスは、右手に構えた短刀を振り下ろそうとしていたが、既に呪術の力が体中に広がっているのであろう。

 腕を禄に動かすこともできないまま、オルネスは、目の前の敵、セレトが自身の脇腹に刺さった刀を、そこに込められた魔術ごと、抜き去るのを眺めている事しかできなかった。


 セレトは、にやにやと笑いながら、オルネスの肩に刺さった槍に触れる。

 瞬間、オルネスの身体中に、槍に込められた呪術が広がる。


 「ひっひいいぃ。」

 オルネスが、声にならないような悲鳴を上げる。

 槍に込められた力は、「腐」。

 オルネスとて、戦士として戦い続けている以上、数多の傷を負い、多くの痛みを経験してきた人間である。

 しかし、今、彼女の身体は、徐々に腐っていくような苦しみを受け続けているのである。

 それは、普通に生きている以上、まず味わない感覚。


 セレトは、そのような「腐食」の呪術という概念を、自身の体内で錬成し、それを槍という形を以て顕現をさせたのである。

 今オルネスを襲っているのは、本来、徐々に間接的に効力を及ぼしていく呪術という力その物が身体を直接蝕み続けている苦しみ。


 「う。~~~。ひ。う、え。~~~~。」

 声にならない叫びを続けるオルネスを見ながら、セレトは底知れぬ満足感を覚える。

 周辺を見ると、グロックとアリアナの指揮の元、オルネスの部下達は、ほぼ鎮圧されており、残って抵抗を続けていた者も、自身の大将の敗北を見て抵抗をあきらめたようではあった。


 思った以上に苦戦はしたものの、最終的には、勝つことが出来た。

 同時に、面白い物が手に入った。


 オルネスは、虫の息ではあるようであったが、まだ息はあるようであった。

 体内に作用する呪術であるため、一見、そこまでのダメージを負ってないようにも見えるオルネスを見ながら、セレトは、にやりと笑う。


 最も、彼女だけに関わっている暇はなかった。

 まずは、この村の物資を確保して、敵の援軍が来る前に、急ぎ、次の拠点への移動を開始する必要があった。

 そう考えたセレトとは、指示を出すついでに、上手く戦い抜いた自身の部下達にねぎらいの言葉をかけるのであった。


 第十六章へ続く

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