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【完結】魔術師は嘲笑の中を足掻き続ける ~嫌われ魔術師は、策謀と陰謀が渦巻く王国で、その嫉妬と羨望、そしてその力を聖女暗殺に利用されるが、それを受け入れ自身も利用することにした~  作者: 成吉灯篭
第一章 魔術師は嘲笑の中足掻き続ける

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幕間14

 幕間14


 自身の屋敷の一室で、ヴルカルは酒を飲んでいた。

 目の前には、ユノースとユラが、それぞれ報告に来ている。

 ユノースは、騎士らしく、主の命令があるまで動かぬように直立不動で立っている。

 ヴルカルが声をかけ無い限り、動くこともないだろう。


 一方のユラは、ソファーに腰かけ、テーブルの上の菓子と紅茶を嗜んでいた。

 テーブルの上の物を食い散らかすように食べ続けている彼女であったが、目の前の主への無礼とならぬよう、一応の節度はもって食を進めているようでもあった。


 そんな部下達の様子を見ながら、ヴルカルは、瓶からグラスへ酒を移す。

 ドアの外には、二人の兵士が立ち、見張りをしている。

 屋敷の周辺では、多くの部下達が警戒にあたっている。

 自身にとって、これ以上に安全な場所があるであろうかと考えながら、ヴルカルはグラスの中の酒を口に運んだ。


 口に酒を含み、その香りを楽しみながら、視線をずらして窓の外を眺める。

 窓の外には、自身の屋敷の庭が広がるばかりであったが、ヴルカルは、そのはるか先にある、王都の城の一区画が確かに目に見えた気がした。


 今頃王都では、多くの貴族や兵士達が集まっているのであろう。

 先立って行われた出兵式からはじまり、ハイルフォード王国は、正式にクラルス王国への侵攻を開始した。

 多数の貴族、傭兵達が装備を整え、自身の名誉と出世のため、戦いの舞台に赴いている事であろう。


 ヴルカルは、ふとその出兵式に参加しなかった二人の貴族を思い浮かべた。

 一人は子飼いの貴族。もう一人は自身の妨げとなっている貴族。


 一人の貴族は、今、クラルス王国で戦っているらしい。

 自身で図った陰謀の因果が周り廻り、その穴埋めとして、そして普段のやっかみも合わさり、半分囮のような、危険な先遣隊として派兵されたという噂は、ヴルカルも入手していた。

 もっとも、あの男は、そのような逆境は乗り越えてしまうだろう。

 彼には、それだけの力と、そうするであろう理由があった。


 もう一人の貴族は、今は療養をしており出兵式にも参加していなかったが、現在部隊を整え、出兵の準備をしているという噂があった。

 ヴルカルにとって、今後、自身の敵となりうる人物。

 多くの者に愛され、そして疎まれていながらも、今なお生き延びている女。

 先の事件で負った傷もあり、この度のクラルス王国への出兵も当初は見合わせていたが、政治的な圧力、駆け引きの結果、彼女もその戦場に向かうこととなった。

 もっともこの出兵については、ヴルカルが、そこまで手を下すこともなかったが。


 ヴルカルは、机の上に置かれた地図を一瞥する。

 地図には、クラルス王国の国境寄りの地域が描かれていた。

 セレトには、当初よりこの戦場で自身の依頼を達成するようにとは話していた。

 予想外の出来事が重なり、役者が揃わない舞台となるところであったが、それもうまく誘導でき、二人の主役は同じ戦場に立つことにはなったようであった。

 後は、細かい調整をし、二人のための場を整えてやれば、それで全てが進むであろう。

 そのことを考え、ヴルカルには、笑みを浮かべる。


 クラルス王国への出兵。

 その実態は、当初こそは一部の野心的な貴族と王族達による、鉱山資源獲得のための出兵であったかもしれない。

 しかし、今では多くの者達の思惑と利益が絡み合わさり、もはや当初の目的とは全く違う方向へと進み始めているようにも思えた。


 ある者は、その戦による戦功を求め。ある者は、領土の拡張を望み。ある者は、宗教的な理由。ある者は、過去の敗戦の責任を取るため。

 そして、ある勢力は、自身の政治的な駆け引きの一つとして。

 もはや、当初の目的であった鉱山資源の取得等、仮の名目となりながら、各々が自身の目的のためだけに、戦場へと向かいつつあった。


 「さて、報告を聞こうか。」

 物思いにふけるのやめ、ヴルカルは部下達に声をかける。

 その声に、二人の部下は、各々の報告で返した。


 「クラルス王国に教会派の穴埋めとして先に出兵をした先遣隊ですが、クローヌの指示の元、先だってクラルス王国に少数で潜入。ゲリラ活動を各地で行っている模様です。」

 現状のクラルス王国の戦線状況を調べていたユノースが、相も変わらずのハキハキとした喋り応える。

 「ただ、その状況はあまり宜しく内容です。クラルス王国側が鎮圧のため、多数の正規軍を投入し、各地に散らばった先遣隊を確実に潰している模様です。もっとも、あの呪術師の部隊は、まだ生き延びて戦い続けているようですが。」

 嫌っている魔術師が、未だ生き延びていることを信底残念そうにユノースは述べる。

 忌み名ともいえる、呪術師呼ばわりをすることからも、ユノースが彼を信底嫌っていることを、ヴルカルはよく理解していた。


 この側近は、予てから、ヴルカルがセレトと繋がりを持とうとすることに反対の立場を取っていた。

 そのため、セレトがこのような戦の場で死んでくれればいいと、半ば本気で思っていることは確かであろうことは、その態度を見ていれば容易に予想が出来た。

 実際、本国にとって先遣隊の貴族達は、半ば捨て駒のような扱いであり、ここで全滅しても、敵部隊をある程度引き寄せられれば、作戦自体は、十分に成功と言えたであろう。

 ただヴルカルが知っている限り、そのような危険な任務に従事したメンバー達の選定には、自分達以外の第三のグループによる介入が、多々行われているようではあったが。

 最も、ユノースが嫌っているあの男は、その程度の障害については軽々と乗り越えるであろうことを、ヴルカルは、半ば確信に近い気持ちで予測をしていた。


 「ふむ。では、かの呪術師は、無事にあの戦地を生き延びているのか。大したものだな。このままいくと、無事に作戦通りに本隊と合流となりそうかね?」

 ヴルカルは、余計な気持ちをあまり込めずにユノースに問いかける。

 「えぇ。恐らくは本隊との合流は無事に果たせるかと思われます。」

 最もユノースは、自身が気に食わない呪術師が、主の称賛の気持ちを少しでも感じ取ったのか、不承不承といった体で応えてきたが。


 「なら、次のステップには、無事に進めそうかね?彼女の動きはどうかな?」

 そしてヴルカルは、ユノースの回答を受けながら、傍らに待機しているユラに問いかける。

 このタイミングで自分に問いかけが来ると思っていなかったのか、ユラは、飲みかけの紅茶を慌てて口の中に掻っ込むと、ヴルカルに向かいなおりながら言葉を探す。

 「えぇぇっと、恐らくは、そろそろ彼女も出兵するのではないでしょうか。じっさい、彼女の部下達が兵糧等の買い付けに奔走してるようすも、ほんじつ、ございまして。はい。」

 慌てて紅茶を飲み干した弊害か、舌でもやけどをしたのか、ユラは、少々舌足らずのように言葉を発しながら答える。


 「きひ、まあ、先日より、彼女が部屋から起き出している様子も確認できておりますし、彼女自体は、一時期からだいぶ回復はしているようです。ひひひ、加えて、彼女の父親の方も、教会派の現状から、大分各方面から突き上げを食らっているのか、娘に急いで動く様にと何度も催促をかけているようですね。きひひひ。」

 多少落ち着いたのか、ユラは、情報収集の結果を報告する。

 彼女、聖女リリアーナの出兵は、現状、ほぼほぼ確定ということで大丈夫なのであろう。

 こちらについては、ヴルカル自身も多少なりとも介入をしていたこともあり、望むような結果で進んでいることに満足げに頷く。

 最も、こちらも多方面からの介入があり、ヴルカルの介入がない場合であっても、早々に聖女の出兵は決まっていたかもしれなかったが。


 「彼女が順調に出兵を開始すれば、恐らくこの場所で、彼と合流できるのであろうな。」

 ヴルカルは、そういいながら、クラルス王国の地図上の一つの砦を指さす。

 比較的ハイルフォード王国の領土寄りにあるその砦は、クラルス王国進軍部隊より報告が来ていた、攪乱部隊と本隊の合流が予定している地点であった。

 もっとも、現場の司令官や、多くの国内の貴族は、そこに攪乱部隊とされて派遣された先遣隊が本隊の合流する可能性をほとんど見出していないであろうが。

 先遣隊が生き延びようにも、クラルス王国の軍部は、あまりに強大であったのである。


 「ひひひひひ。そうですね。そこでようやく舞台に役者が揃いますね。」

 最も、あの男は、そのような状況で生き延びるであろう。そのことを確信しているのか、ユラも笑いながら主に追従をする。


 ヴルカルは、今一度地図を見る。

 ユラの言う通り、クラルス王国という舞台の上で、役者達は、揃いつつあった。

 この場所に、自身が望んだ形で事が進みつつあることを確認しながら、ヴルカルは、新しい酒瓶の封を切り、手元の机に置かれたグラスに中身を注ぎ、部下達に振る舞う。

 そして、ユノースとユラが、グラスを受け取ると、ヴルカルは、自身のグラスを持ち上げて口を開く。


 「ご苦労であった。ここからは、この観劇の成り行きを見守ろうじゃないか。」

 そう述べて、ヴルカルは、自身のグラスを軽く傾け、乾杯の意を示す。

 部下達は、それに合わせて、自身のグラスを持ち上げる。


 そして三者は、自身のグラスの中身を飲み干した。


 高級なワイン独特の深みある香りが口の中に広がるのを感じながら、ヴルカルは、笑みを浮かべた。

 まだまだこの劇は始まったばかりで先は見えていなかった。

 そもそも主役である、呪術師と聖女は、まだ出会えるかも未定であったし、自身が思いもよらない形で話は進みつつあった。


 それでも、自身が望んだ結末へと、確かに進もうとしているこの流れを、ヴルカルは十分に楽しむことが出来た。

 自身がチップを賭けた呪術師の健闘を祈りながら、ヴルカルは、再度、杯に酒を満たし、それを一挙に飲み干した。

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