幕間13
幕間13
自身の屋敷のベッドの上で、リリアーナは目を覚ました。
カーテン越しに窓の外が、まだ暗い夜であることを確認し、彼女は、もう一眠りをしようとベッドに横たわる。
そして、姿勢を正そうとベッドの上で寝返りをうった彼女は、自身の机の上に置かれた手紙が目に入り、一気に気が滅入った。
手紙は、彼女の父親から送られてきたものだった。
そこには、襲撃に合い、体調を崩している娘への気遣いなど一切かかれておらず、急ぎ、この度のクラルス王国への出兵に参加するようにと、一方的に書かれていた。
あの襲撃、そしてその後の急激な体調の悪化と続き、一時は本当に危険な状態だったらしいリリアーナは、現在はだいぶ回復し、比較的、以前の調子を取り戻していた。
危険な状態だったらしい。というのは、彼女は、その当時の記憶が曖昧であり、気が付いたときには、ある程度落ち着いた状態で、ベッドに横になっていからである。
しかし、そんな病み上がりの彼女に対し、世間は、時間の流れと状況の移り変わりをダイレクトにぶつけてきていた。
まず、リリアーナが体調を崩したことで、リリアーナのクラルス王国出兵は、一旦見送りとなった。
もっともこれ自体は、一時は死線を彷徨っていたような病人を、戦場に出すこと自体がナンセンスであるため、そこまでおかしい決定ではない。
それゆえ、病み上がりの状態で知らぬ間に決まっていた、次の戦場の予定であったクラルス王国への出兵の取りやめを、リリアーナは、とりあえず受け入れることにした。
しかし、その次に起きた出来事が、この話をややこしくしていた。
リリアーナの暗殺を企んだ人物として、同じ派閥の貴族であるレライアが逮捕されたのである。
同派閥内の貴族による、自身への暗殺未遂事件。
この出来事が、教会派の貴族達に大きな衝撃を与えたのである。
その後、レライアが真相を語る間もなく死亡したこともあり、教会派の貴族達は、互いに疑心暗鬼に陥った。
そのような状況下において、教会派の貴族達は二分。
クラルス王国への出兵は、この暗殺未遂とは、別の話として受け入れる派閥。
そして、当該出兵も先の暗殺事件と結び付け、その陰謀に巻き込まれたくないことから拒否をする派閥。
この状態は、遂には教会派以外の派閥の貴族をも巻き込みながら、着実に足並みを崩していった。
一方、今回の出兵に対し、クラルス王国への侵攻軍の総司令であるクローヌは、教会派の貴族達の参戦を特に強く要請をしていた。
クラルス王国が使役している魔の者に対する対抗手段として、教会派の貴族達が有する、聖魔法の担い手による部隊。
その部隊による作戦を主として立てている状況下での教会派貴族達の不参戦は、作戦を根本から立て直すことになり、可能な限り避けたい事態であった。
特にリリアーナは、その部隊の統率力、個々人の実力の高さ、聖魔法の担い手としての強さ、そして、聖女というシンボルという点から、特に参戦を期待されていた。
その後、リリアーナの不参戦に対し、比較的早期にクローヌより代替案として別の作戦が立案され、とりあえずその穴は埋められたとされていたが、それでもリリアーナの不参戦は、決して無視をできない状態であった。
そしてそのような状況下で、起こった教会派貴族達の出兵拒否。
それは、直接リリアーナには関係がないものの、リリアーナに起因する出来事ということで、一部の者達の批判の矛先が、リリアーナに向けられることとなった。
もっとも、そのある意味濡れ衣とも言えるような批判は、公然とは語られず、リリアーナと反目している者達の間で囁かれる程度のものであったが。
しかし、リリアーナの父親は、このような形であれ、自身の家名が汚されることを嫌がった。
たとえ、娘が被害者で、直接責任がないことであっても、現在、教会派の貴族達の間に広がるスキャンダルの中心に、自身の一族が関わっている事に対し、強い忌避感を感じていたのである。
そして、そんな彼女の父親が望んだことは、自身の娘の早期の参戦であった。
たとえ、娘が暗殺事件という陰謀の一端に巻き込まれた被害者であろうと、その陰謀によって心身ともに病み、療養を行っていようと、そのこと現状が原因で自身の家名に少しでも傷が入るようであれば、その娘に無理を命じる男。
それが、彼女の父親であった。
そして何よりも癪なことに、それがある意味において、この事件によって引き起こされた現状への打開策として一定の効果が望めることが確かであることであった。
何故なら現在出兵を見合わせている貴族達の多くが、リリアーナへの襲撃事件に端を発しており、彼女を理由に出兵を見合わせている以上、リリアーナが出兵を決めることで、その正当性を失うからである。
そのことに気が付いている王家や、現状に頭を悩ませている軍部や、一部の貴族達は、リリアーナを気遣うふりをしつつ、彼女の父親の動きをひそかに支援していることを、彼女は、良く知っていた。
別段、リリアーナは出兵をすること自体に反発はなった。
ベッドの上で病人として扱われるよりも、自身の部下達と共に戦場でその力を奮い、戦い抜く方が遥かに気が楽であった。
しかし彼女にとって、自身があずかり知らぬところで全てを決められ、そしてそれに従い続けることを強要されることは、それを凌ぐ以上に不愉快な話であった。
そもそも、このような現在の療養する状況自体、彼女が望んだことではなかった。
彼女自身が知らない理由で、何らかの陰謀に巻き込まれ、暗殺をされかけ、負傷をして療養をすることになった。
その結果、彼女が望んでもないのに、彼女の身を案じ、彼女が巻き込まれた陰謀を糾弾しながら、自身の利益のために貴族の責務である兵役を、そこに結びつけて避けようとする者達が表れた。
そして現状は、彼女に自分達が望む姿を演じてほしいという大人達の身勝手な思いにより、一人の戦士として戦うことを求められる。
その全てに彼女の意思が介入することはなく、周りが引いたレールに従わされ続けているだけであった。
そのことがたまらなくリリアーナを不愉快にさせているのであった。
ふと、彼女は自身と仲が悪い一人の男を思い浮かべた。
汚らしい魔術師として、貴族でありながら多くの者に嫌われ続けている男。
しかし同時に、自身が望むがままに生きているように見える魔術師の男。
結局、自身がどう思おうと、周囲の期待通りに生きようとし続ける聖女である自分。
周りからどのように思われようと、自身の力だけを信じて望むがままに生き続ける魔術師の男。
伝え聞いた噂によると、彼は、先日行われた出兵式にも参加せず、そのはるか前に特別な作戦に従事するために、既にクラルス王国へと出兵しているらしかった。
自身の不参戦による穴埋めともいえる戦いに身を投じているのが、自身と全く正反対の性質を持つ男であることに、何か縁めいたものを感じながら、リリアーナは、改めて考えをまとめる。
机の上にある、娘の心配等、毛頭もしていないような父親からの手紙。
その家名しか気にせず、娘も聖女というアクセサリー程度の道具として見ている内容に、辟易としながらも、彼女は、その手紙に従い出兵の準備を整えていた。
副官であるロットを初めとするメンバーにも既に連絡をし、本隊の出兵に遅ればせながらも、リリアーナが率いる部隊は、近日中にクラルス王国へ出兵をする予定であった。
ベッドの上で寝返りをうちながら、リリアーナは考える。
この出兵は、父親や、国や、他の貴族達や、周りの人々が望む、聖女としての役割を果たすためのレールに乗った参戦であるのは確かであった。
しかし同時に彼女の中で、あの嫌われ者の魔術師、自身と正反対の道を歩み続けているあの男が、聖女の代わりとして、どのように戦場に立っているのかを間近で見てみたいという欲望があるのも確かであった。
あの襲撃の後、一時期、何らかの呪術の干渉によって傷んだ体は、既にほぼほぼ完治しており、彼女に時折違和感を与える以上の不調は発生しなかった。
そんな状態の彼女は、ベッドの中で睡魔に身をゆだねながらも、頭の中を動かし続けた。
誰かが望んだ道を歩き続けながらも、今、彼女は、自身の望みのためにも、そのレールに乗ることにした。
その先に見えるものに、どこか期待をしながら、彼女は夢の中へと落ちていったのであった。




