第四十四章「ありがたくない置き土産」
第四十四章「ありがたくない置き土産」
「ようやく、ようやくかぁ」
リリアーナの耳には、セレトの声が響いてくる。
だが、その声の意味を問う気力も、身体を動かす体力も残っていない。
声は意味をなさず、彼女の頭の中を響くが、リリアーナは一歩も動けず、ただ熱くなる身体が発する欲望に従い混濁する意識の中倒れている。
うつろな視線の中に見えるセレトは、強引に人の身を模ったような龍の身体にいくつも現れた自身の顔面で周囲を見回りながら、無骨に生えている二本の腕で鎌を構えている。
あぁ敗れたのか。
一瞬遅れて自身の身体中に走る痛みで意識を戻しながら、リリアーナは、現状を把握する。
セレトの一撃は、自身の右わき腹を深く抉り、左肩に付けられた切り傷は、とめどなく血を流し続ける。
そして骨に当たり止まっていたが、セレトが振るった鎌は、彼女の背中を大きく割いていた。
「王国も何もかも無くなり、因縁だけが残ったこの世界で、ようやくお前との決着がつくとは、中々皮肉を感じるが、まあ嬉しい限りだ」
セレトは引き攣った笑い声を上げながら、リリアーナに向けて淡々と語り続ける。
ガラガラ。
どこかで建物が崩れる音が響く。
「あぁ王城と煌びやかに飾ろうと、所詮は前時代の遺物。そう長くは持たなそうだな」
笑いながら、セレトは天井に目線を向ける。
度重なる城内の戦いの影響によるものだろうか。
耳を澄ますと、城の各地が建物が崩れていくような音が響いてく。
この城が崩れるまで、そう長くはないだろう。
「じゃあ、死ね」
そしてセレトが鎌を振るう。
今度はこちらの首を刎ねるように。
特に感情も込められず、ただ腕が振るわれる。
その動きは、実際のセレトの動きに反して、非常に緩慢に見えている。
このまま、一つの物語が終わる。
「きひ。すべてを終わらせるのは、まだ早い」
だがその瞬間、声が響き、同時にセレトの首に黒い塊がぶつかってくる。
「ぐぇっ。こ、の死に損、ないが!」
セレトの声が響き、鎌がその手から床に落ちる。
その首には、先程リリアーナが切り飛ばしたユラの生首が食らいついていた。
あぁ、全てが夢なのか。
それとも現実なのか。
彼女がそれを理解する前に、セレトの首に食らいついたユラの生首の断面から、黒い霧があふれ出し、一瞬で周囲が黒色に覆われ、一寸先も見えなくなる。
そして霧が晴れた時、リリアーナは城外に移動し、周囲を味方の部隊が囲んでいた。
その中心には、こちらを心配そうに見ているロットが立っていた。
「だぃひょうふ」
大丈夫、と言おうとして、口がまともに動かないことに気が付く。
先程以上に強い痛みが身体を襲ってくる。
その痛みを強引に無視して自身の身体に視線を移す。
四肢は残ってる。
だが切り裂かれた肩は、自身の左腕への命令系統を狂わせたのか、腕を細分も動かすことは出来ない。
背中の傷のせいだろうか。
一見まともにつながっている両足と右足も碌に動かない。
セレトの置き土産。
ふと、自身の肌を見る。
その肌には、黒い斑点が浮かんでいた。
「あぁ。カカミ(鏡)、みヘテ(見せて)」
しゃがれた声で、精一杯声を張り上げる。
その声に反応して、部下達がロットに問うような視線を向ける。
ロットは一瞬、考え込み、その後、恐る恐る部下から受け取った鏡をこちらに向ける。
そこには、自身の嘗ての美しい顔はなく、ただその面影を残した右半身と、黒い斑点に覆われ醜く変貌をしている左半身が写っていた。
こうして一つの戦いが終わった。
ワーハイルが立ち上げた組織は壊滅した。
ヴルカル、セレトといった幾人かの幹部達は逃げたが、兵も資金も失った彼らには、もう大きな行動は起こせないであろう。
リリアーナを助けたユラの行方もわからない。
そして、リリアーナの身には、あの男が残した呪いだけが残った。
第四十五章に続く




