第四十二章「力に溺れた馬鹿」
第四十二章「力に溺れた馬鹿」
「ようやく、まともに話せるようになったわね。臆病者」
蔑みの表情を見せながら、リリアーナは、セレトの喉元に武器を突き付ける。
セレトの身体を貫いた光の槍は、こちらの動きと魔力を封じ、また十八番の霧化をしようにも、周囲に展開された結界が彼の逃走を拒んでいた。
「なるほど。この一瞬を狙っていたのか。見事なものだ」
捕らわれた以上、余計なことは言うまい。
目の前で、こちらを睨みつけてくる聖女に対し、素直に賞賛の言葉を贈る。
傍目から見ても、完璧な罠であった。
こちらの、相手の懐に飛び込まず、チマチマと削っていくという戦術に対し、最低限の力で対応をしながらこちらの一瞬の隙をつく。
その一手を、ここぞというタイミングで決められた。
ここは、相手の方が一枚も二枚も上手だったということであろう。
「滑稽ね」
リリアーナは、一言呟くと、喉元に突きつけた刀に力を入れる。
既に光の槍と結界の力により彼の魔力は強引に封じており、このまま余計なことをされる前に止めを刺す。
思い出を語ることもなく、彼女は、この会合をすぐに終わらせるつもりであった。
「くそ!」
だが、リリアーナの刀がセレトの首を貫こうとした瞬間、彼は一言吐き捨てると、強引に魔力を展開し始めた。
リリアーナが首を刎ねようとする。
そこから逃れようとするセレトの魔力は封じられており、展開をしようにも力は発せられない。
そのまま首は刎ねられ、この戦いは一つの結末を迎えるはずであった。
「?!」
だがリリアーナの刀が首を貫く前に、その変化は発せられていた。
「グォオオ!」
セレトの身は、太く、醜く、黒い翼を持つ龍へと変貌をしつつあった。
その鱗に覆われた身体は、リリアーナの斬撃を防ぎ、太く鋭い爪を持った腕は、リリアーナの身体を掴もうとする。
膨大を続ける身体は、身体を貫いている光の槍と鎖を弾き飛ばし、周囲に張られた結界をその巨大化しつつある身体で打ち壊す。
「魔力による暴走?!強引に力を展開した副作用?」
龍と化したセレトの攻撃を避けて距離をとったリリアーナは、冷静にセレトに起きた変化を見守る。
リリアーナの手によって封じられた魔力を強引に目覚めさせ発動させた異形化。
本来であれば、セレトの意識を残した状態で、異形の力を得て暴れまわるだけの術式であろう。
だが、目の前のセレトは、明らかに正気を失っていた。
ただ変化していく身体を四方八方に振り回し、強引に暴れまわるだけ。
振り回される腕が振れた床、壁は、彼の魔力による影響か、石造りにも関わらずドロドロに溶けだす。
その暴力は、目の前にいるリリアーナと、この部屋にいるもう一人に向けて振り回されている。
「あら。まさかこうなるとは、思ってもいなかったわ」
ガキン。
玉座の背後の壁が壊された瞬間、そこに潜んでいたのか、ユラが飛び出してくる。
「貴様!」
この状況を作り出した黒幕の一人、ユラの姿を認めたリリアーナは、湧き上がる怒りを込めた光の矢を撃ち込む。
「あぁ。もうめちゃくちゃね。貴方達は、いつも全てを狂わせる。愚かな聖女と、堕ちた呪術師ごときがね!」
そういうユラは、目の前に骨の壁を展開し、リリアーナの攻撃を逸らす。
「また逃げるの!」
そして骨の壁が崩れると、ユラの姿は消えている。
恐らく、遠くには逃げていない。
またどこかに姿を晦ましているだけであろう。
「ガアアアアアアアア!」
セレトが一声吠えると、今度はリリアーナに向けて黒く輝く煙を吐いてくる。
「ちぃ!邪魔よ!」
見慣れない攻撃。
受けるのは得策ではない。
そう考え、リリアーナは回避に専念する。
ボシュ。
だが予想に反し、床に当たった黒い煙は、部屋中に蔓延をすると消失をする。
「牽制?それとも暴走した力をコントロールできていないだけ?」
一見すると不発に終わったセレトの攻撃から距離を置きながら、リリアーナは、思考する。
セレト自体は、狂ったように暴れまわっていたが、黒い煙を吐いた後、落ち着いたように周囲を見回している。
ユラを探しているのだろうか。
それとも、感情に任せて力を使いすぎた反動だろうか。
このタイミングで攻撃を仕掛けるべきか、逃げるべきか。
思考を進めていたリリアーナの目が、龍と化したセレトの黒い爬虫類のような目と視線がある。
瞬間、リリアーナにはその目が、どこか笑ったように見えた。
ピキピキ。
そして気が付いた時、セレトが先程放った黒い煙が消失した場所に生えてきた大量の灰色の氷柱が、四方八方に向けて放たれていた。
あの黒い煙は、遅効性の攻撃だったのだろう。
宙に霧散した魔力の塊が氷柱となり、四方八方に放たれる。
リリアーナと、どこかに潜んでいるユラを炙り出すための一手。
そしてこの一撃を面白そうに眺めている黒い龍となったセレト。
全てが滅茶苦茶になっていく。
「どこまで行っても力任せ。だから貴方は、どんなに力を得ても強くなれないんですよねぇ。くく」
だが、そんなセレトの首を、黒い槍が貫いた。
槍の飛んできた方向、背後を見ると、そこには、黒い氷柱に身体中を貫かれ、血塗れのユラが笑みを浮かべて立っていた。
第四十三章に続く




