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第四十一章「終わりへの前哨戦」

「ぐおぉおぉ！」

　黒龍が叫び、リリアーナに襲い掛かる。

「光の矢！」

　リリアーナは、緩慢に振り下ろされた黒竜の一撃を躱しながら反撃の術式を放つ。

　放たれた複数の光の矢は、襲い掛かる黒龍の首と右腹に音もなく風穴を開ける。

　瞬間、黒龍は、これまでそこに存在しなかったかのように黒い霧となって消え去る。

「おらよ！」

　その隙をつきセレトが背後から襲い掛かってくる。

「そこ！」

　だがリリアーナは、その殺気を感じ取り背後に向けて斬撃を放つ。

「ちぃ！読まれたか！」

　しかしセレトはその一撃が届く前に、空間に開いた黒い穴に逃れる。

　結果リリアーナの斬撃は空を切り、その刀が触れた黒い穴は、霧散する。

「いつまで逃げ回るの？臆病なところは、何年経っても変わらないのね」

　玉座の間全体に響き渡るような大声で、リリアーナは、今どこに潜んでいるか分からないセレトに向けて叫ぶ。

　戦いは単純な流れを繰り返していた。

　セレトは、黒い魔物で牽制をしながら、その対処に回ったリリアーナに対し、死角からの一撃を加えようとする。

　リリアーナは、その一撃を防ぎ。反撃を加えようとする。

　しかしセレトは、自身の一撃が防がれたタイミングで逃亡し姿を隠し、また牽制を加えてくる。

　共に相手を倒しきれずに続く同じような流れ。

　結果として互いに消耗だけを繰り返していく。

　最も単純な消耗戦は、セレトを利するだけだろう。

　少なくても、彼は姿を見せずに一方的にこちらに攻撃を仕掛けてくる。

　こちらはその一撃、一撃を防いではいるが、相手の位置を掴めない以上、こっちから攻撃を仕掛けることはできない。

　唯一の反撃のタイミングとして、相手が仕掛けてきたタイミングを狙うが、その一瞬では、満足のいく一撃を加えることなど、到底望めはしなかった。

「臆病？そうかねぇ！」

　リリアーナの背後に気配が現れ、声が聞こえる。

　後ろを見ずに直感で光弾を背後に打ち込む。

　その瞬間、目の前の空間に穴が開き、そこから伸びた黒い腕がこちらに襲い掛かってくる。

「えぇ！貴方は臆病者よ！」

　伸びてくる黒い腕を光の壁で防ぎ、そのまま後ろに振りむく。

　目の前でセレトが姿を晦ました証、黒い霧の残骸が霧散していく様が見える。

「姿を消し、安全なところからチマチマと攻撃を仕掛けてくるだけ。貴方、いつからそんなつまらない男になったの？」

　そう言いながら、リリアーナは仕掛けに魔力を込め始める。

　仕掛けの準備は七割ほど完了。

　もう少し粘る必要がある。

「はっ！力も地位も持ちながら、ただただ現状のまま生き続けることだけを望む愚か者が！貴様に俺の考えなど理解できるものか！」

　怒鳴り声が上空から聞こえる。

　だが、気配は足元から迫ってくる。

　直感に従い、リリアーナは上空に向けて光の矢を放つ。

「ちぃ！」

　セレトの舌打ち音が聞こえる。

　同時に上空に黒色の霧が霧散する様子が見える。

　やはり、下からの気配は囮。

　そう考え、場所を変えるため走り出そうとしたリリアーナの足を、何かが掴んだ。

「えっ？」

　バランスを崩し、転びそうになりながらも、何とか踏みとどまったリリアーナが足元を見ると、地面から伸びた複数の黒い腕が彼女の両足をしっかりと掴んでいた。

　下からの気配は囮。

　そう考えた自分の慢心をつかれた一手。

「いい様だな！」

　そして黒い霧が彼女の目の前で集まり、セレトが目の前に現れる。

　その手には、黒い短刀が握られ、今にも振り下ろされようとしている。

　反撃をしようにも、バランスを崩した状態では、その動きもまともに取れない。

　そんな自分の額に、黒い短刀が振り下ろされてくるのがリリアーナの視線に写る。

　グサリ。

　そして額に向けて振るわれた短刀は、彼女の右肩を深々と刺してきた。

　関節の痛みを感じながらも、とっさに身体を強引にひねり、右肩を前面に押し出したことにより致命傷を避けることは出来た形だ。

　だが、セレトが振るった短刀は、彼の魔力を纏っているのか、熱い痛みだけでなく、刺された場所を中心に体内をグチャグチャにするような不快な感覚が広がっていく。

「無駄に粘るなよ、哀れな聖女様！」

　不気味に目を光らせながら、セレトは、深く刺さった短刀を動かす。

　同時に痛みと、蝕まれるような不快な感覚が身体中をはい回る。

　下手に密接状態を継続することはリスクであるのに、セレトは離れようとしない。

　向こうは勝負を仕掛けてきた。

　そう悟った瞬間、リリアーナは魔力を仕掛けに向けて解放する。

　仕込みは八割ほど。

　万全な状態ではない。

　だが、あの臆病なまでに逃げ回っていたセレトが目の前にいるという、またとないチャンスでもある。

「？！くそ！罠か！」

　魔力の流れと共に、地面が光り始める。

　セレトは焦ったようにここから離れようと、短刀から手を放す。

「逃がさない！」

　だが、リリアーナの方が一手早かった。

　セレトが黒い霧になる前に、四方から伸びた光の槍が彼を貫き、同時に天と地面から伸びる金色の光る鎖が彼の四肢の動きを奪っていく。

「くそ！身体が！」

　セレトが焦る声。

　魔力を込めようと、身体は変化せず、逃げることもできない状況。

　そして展開された術式は、そのまま最終段階へと移行する。

　セレトとリリアーナを囲むように、光のドームが展開されていく。

「もう逃げられないわね」

　そして、ドームの天井が閉じた時、５ｍ四方の狭い空間には、槍で身体を貫かれ囚われたセレトと、リリアーナだけが立っていた。

　第四十二章に続く