第三十九章「魔女の駒」
第三十九章「魔女の駒」
「シャアアア!」
異形の怪物となったフォルタスが、大きな鎌のように変わった右腕を振り上げて襲い掛かってくる。
一見、隙だらけに大振りされているように思えるが、魔力で強化されている身体を最大限に活用した斬撃には、こちらの下手な動きを封じるだけの勢いがあった。
「はあ!」
だが、リリアーナは、その一撃、一撃をうまくいなし、一瞬の隙を見つけては、軽く斬撃を加え、相手に手傷を負わせて消耗をさせていく。
「クソ!ナゼ、当たラナい?」
苛立ちを見せながらも、フォルタスの攻撃は一層激しく、だがそれ以上に大きな隙を晒していく。
力は強いものの、所詮は文官上がりのフォルタスには、その能力は万全に使えないのだろう。
そして熟練の戦士であるリリアーナからすれば、ただ力が強いだけの獣等、苦戦する相手ではなかった。
「無駄な動きが多すぎるのよ!もう止まりなさい!」
そう言いながら、相手の動きを止めるべく光の槍を放つ。
「フザけるな!やつハ、俺に、このセかいを統一するダケの力を、ヤク束していたノニ…。ユラめ」
光の槍に貫かれ、地面に張り付けられたフォルタスが哀れに叫ぶ。
「もう諦めなさい。この国は、もう終わりよ」
そう言いながら、リリアーナはフォルタスに近づく。
止めを刺す気はなかったが、これ以上暴れられないように、直接術を掛け、確実に力を封じておきたかった。
「クク。終わりか。果たして、ソレは、どうかナ」
だが、近づかれた瞬間、フォルタスは不敵に笑いながら、リリアーナに視線を向ける。
その目には、まだ戦意が見えた。
「何を?」
相手に警戒をしながら問いかける。
大丈夫、撃ち込んだ槍は、まだ機能はしている。
このまま、フォルタスを無力化して捕え、奥に居るワーハイルを確保すれば、この戦いは、一旦終結となる。
そう考え、一歩、フォルタスに近づき、先程、光の矢で倒した護衛の前を通り過ぎた瞬間、それは起こった。
「グアオォォ!」
不気味な声が響き、倒れていた護衛のローブの下から、大量の黒い腕が伸びる。
腕は、リリアーナの身体を捉えようと、一目散にこちらに向かってくる。
「死ね!」
同時に、フォルタスの口から、黒い弓矢が吐き出される。
こちらの隙をついた攻撃。
能力で勝るリリアーナを捕え、確実に一撃を加えるための相手の切り札たる一手。
「こんな物?」
だがリリアーナは、落ち着いて光の盾を展開し、相手の攻撃を受け流す。
「バかな?」
驚愕の声を上げるフォルタス。
だが、その口が閉じられる前に、リリアーナが放った二対の光の短刀が倒れている護衛を貫く。
「ぐぎ、ぎぎ」
鈍い声を上げながら、黒い腕と共に護衛はローブを残し消滅する。
「くっ、くソ!」
フォルタスは、怒りを見せながら、なおも戦おうと動きだす。
「もういい。もう終わった」
だが、その動きは、ワーハイルの一声で一瞬で静まった。
「もっもウイい、でスと?閣下、私は、マダ終わってはいません。ソウ、あの魔女ハ、ワレワレに約束ヲ…」
驚愕したようにフォルタスが叫ぶ。
「あの魔女は、確かに我々に約束したな。この王国を与えてくれると。だが、実態は、なんだ。ただ奴の思いのままになるだけの箱庭が与えられただけではないか。こんな物、与えられて何がいい?」
ワーハイルの言葉には、怒りが漏れており、同時に彼の腕に力が入るのが見える。
「ダケど、だけド、貴方にとっても悪いハナシでは、なかった。なのに、ココまで来テ。あの呪術師も、駒ニなったノニ…」
フォルタスの言葉は続く。
その声には、混乱と目の前の現実を受け入れたくない強い思いが混ざっている。
「愚かしい。ハイルフォードはあの日、滅びた。あの魔女の実験場となった。あの日、私がお前の口車に乗ったあの時からな。だが、それも、もう終わりだ」
全てをあきらめたかのようなワーハイルの言葉。それは、フォルタスに向け、だが最後は、自身に向けて発せられているようであった。
そして、ワーハイルは懐に手を入れる。
リリアーナが、その動きを止めようとする
だが、リリアーナが動くよりも先に、素早くワーハイルは、懐から拳銃を取り出す。
パン。パン。
乾いた音が二回響く。
弾は、フォルタスの頭と心臓を正確に貫き、同時に、フォルタスの異形と化した身体が不気味に痙攣する。
「さて、お前はここからどうする?」
冷めた目でワーハイルは、リリアーナに問いかけてくる。
未だ煙を吐いている銃口は、地面に向けられている。
「貴方に色々と聞きたいことはあるのだけど、それは教えてくれるの?」
既に相手に戦意はないようであるが、まだ油断はできない。
いつでも反撃に移れるよう戦闘態勢は崩さず、リリアーナは、ワーハイルに問いかける。
「何、我々は、ユラという魔女に乗せられただけさ。血族主義で、既に序列も決まった万全なこの国をひっくり返し、だが、国力は保ったまま、それを与えてくれるという話にな。結果は、まあこの通りだったが」
やけくそ気味に話すワーハイルだったが、その声色は、どこか疲れた様な印象を与えてくる。
「ユラの話を聞いたという事は、糸を引いていたのは、ヴルカルということ?」
二人の声だけが響く宝物庫の中で、リリアーナは、ワーハイルと距離を取りながら問いかける。
「いや、ヴルカルも絵は描いていただろうが、恐らくユラが全ての絵を描いているんだろうな。最も、彼女は表に出て来ない立場で動いていたいようだったがね」
つまらなそうに淡々と言葉を紡ぐワーハイル。
だが、疲れた目に一端の狂気が混ざっているのが見て取れる。
「ユラ?彼女の目的はなんだったの?」
相手を刺激しないように、質問を続ける。
どこまで知っているか分からないが、目の前のワーハイルが、この計画について一番よく知っているはずであった。
「さあなぁ。奴は、私をこの国の権威と正当性のため利用し、武力としてセレトを抑え、同時に様々な国を間接的にコントロールしていきたいようだっただがな。だがもう無理だろうな。あいつは失敗をした」
失敗をしたという言葉をいう時、自虐とユラへの蔑みか、ワーハイルは、愉快そうに笑みを浮かべる。
「失敗?」
この国は、もう駄目だ。
混乱下で支配された結果、多くの産業は機能せずに失われ、兵力こそ邪法で集めた物の、それもこの戦いで多く失っている。
何より、簒奪者が支配するこの国を、周囲にある多くの国は決して良しとせず、既に破滅への道を一歩ずつ進んでいるのは確かであった。
だが、それは分かり切っていた話。
それが失敗なのだろうか?
「あいつは、飼い犬に首輪をつけ損ねた。そして、あの飼い犬は予想以上の狂犬だった。まあ奴をここまで駆り立ててのは兄貴も同じか。力を持ちながらも、その出自と、その力を理由に冷遇した結果、奴を敵としてしまった」
ワーハイルは、自虐的に笑いながら、銃を弄りだす。
「あいつ?」
こちらに銃口を向けてはいない。だが、話しているうちに気持ちが高ぶってきているのだろうか?
相手の一挙一動にこれまで以上に集中する。
「セレトだよ。あの狂った男は、もう首輪はつけられていない。人望なく、大義もないが、力はある。さて、ここからどうなるかな」
そう言い、ワーハイルは、銃を持ち上げた。
「!止まれ!」
リリアーナは声を上げる。
「さあて、奴が動き出したぞ。ここから先は、あの魔女が考えていた通りかは分からないが、君も登場人物の一人として楽しめばいい」
ワーハイルは笑う。
パン。
そしてリリアーナが光の鎖で拘束する前に、頭を撃ちぬき、そのまま倒れた。
第四十章に続く




