第三十八章「後悔と失望」
第三十八章「後悔と失望」
「こちらです!」
兵士の誘導に従い城内を進むリリアーナの耳に、徐々に激しい戦闘音が聞こえてくる。
しかし、その音が激しさを増すにつれ、リリアーナの心は徐々に冷めてきていた。
荒れて果てた城。
滅びた王国。
敵の首謀者ともいえる、フォルタスを倒したところで、この被害が無くなるわけではない。
守るべき国を失い、嘗ての敵とも手を結び、なぜ自分は戦い続けるのか。
聖女と言われ、その責務に見合う働きをするためだろうか。
それとも、自身の居場所を奪おうとする敵を排除するためだろうか。
いずれにせよ。
今は、その様なことを考えている暇はなく、ただ目の前の敵との決着をつけるべきなのだろう。
「ちぃ!雑魚共が!我々を何だと思っている?」
フォルタスの叫び声が響く。
「簒奪者。力も資格もなく、分不相応な物を望む愚か者。貴方達に対する評価など、その程度ののでしょう」
先程までの考えを、頭の奥深くにしまい込み、リリアーナは、フォルタス達と相対する。
「ちぃ。リリアーナか。所詮下賤の身からの成り上がりの一族の末裔が!」
リリアーナの姿を認めたフォルタスの叫び声が響く。
だが、リリアーナはその言葉が耳に入らなかったように固まる。
目の前には、フォルタス、ワーハイル、そしてもう一人フードを被った護衛の合計三人が立っている。
だがワーハイルは、嘗ての王族とは信じられない程、威厳なく、呆けた表情の視線は、どこか遠くを見ている。
フォルタスの目は血走り、最早余裕もないのか、周囲に向けて唾をまき散らしている。
その二人を守るように正面に立つフードを被った護衛は、何事も発さず、こちらの動きをじっと見つめている。
「落ちぶれたものね」
そんな彼らを見たリリアーナの口から、ただ呆れたかのような言葉が漏れる。
その言葉にフォルタスが過剰な反応を見せるが、リリアーナは、そんな彼を直視することは無かった。
こんな者達が、この国を滅ぼしたのだろうか。
碌な力もなく、今、少数の兵達に追い詰められ、無残に暴れまわるだけの目の前の敵を見て、リリアーナは、強い虚しさを感じる。
このような者達によって、滅ぼされた祖国。
だが、その首謀者たる目の前の男には、何の力もない。
ただ、王家という恵まれた血筋を得ながら、それに満足せず、過ぎたる物を求めて、全てを失っていった愚か者たち。
彼らを倒したところで、何の意味も無いであろう。
だが、この狂った戦いは、彼らの血無くして、終わらせることは出来ないであろう。
「もういい。もういいのだ」
喚き散らすフォルタスの隣に立つ、ワーハイルが、朦朧としたまま、呟く。
「いえ、閣下。この戦いは、まだ終わってはおりません。ここから巻き返すことは、まだ」
フォルタスは、そう言いながらこちらに強い殺意を向けてくる。
「もういいわ。捕えなさい。反抗をするなら殺しても構わない」
これ以上無駄な時間をかける必要も意味はない。
リリアーナは、待機している部下達に指示を出す。
彼女の命を受けた部下達は、武器を構えて徐々に彼らに近づく。
「あぁリリアーナ。聖女とかいう仮初の立場に己惚れた愚か者よ!すべてが貴様の思い通りになるとでも?」
だがフォルタスは、口から唾をばらまきながら、こちらに罵詈雑言を浴びせてきており、投降をする様子はなかった。
「大人しくしろ!」
そんな彼に向けて、部下達が一斉に切りかかる。
「約定だ!守れ!」
だが、フォルタスの言葉と共に、ローブを着込んだ護衛が彼らの前に立ちはだかる。
「うおおおぉぉ!」
リリアーナの部下達は、間に入った敵を切り伏せようと抜刀をする。
「もうよいと言うのに」
ワーハイルが呟く。
ザシュ。
そして一瞬、ワーハイルに切り掛かっていた彼女の部下達は、全員首を刎ねられ、その場に倒れていた。
「?!逃がさない!」
部下が倒れたのを見えた瞬間、リリアーナは、魔力を込め光の矢を放つ。
こちらに襲い掛かろうとしていた、敵の護衛は、身体中に複数の光の矢を浴びて倒れこむ。
「逃げる?なぜ逃げる必要がある?あの女は、この地の王として、相応しい力を与えてくれた。見ろ!」
だがフォルタスは笑いながら、懐から取り出した瓶を開く。
瞬間、そこから一気に黒い煙が放たれ、フォルタスを徐々に包んでいく。
「アァ。ヤツめ。コレは、盟約で、アルが故にユルソウ。ダガ、力、それダケは、本物か」
そして煙が晴れた時、そこには、半獣の魔物となったフォルタスが立っていた。
「あぁ愚かしい」
左腕と右足は人の身であるが、他の身体の各部は、不揃いな異形にと変わったフォルタスを見てリリアーナは呟く。
結局、絵を描いた者の思い通りに誰もが動き、多くの物が失われていくだけ。
そのことに、虚しさを感じながら、リリアーナは、魔力を込め始めた。
第三十九章に続く




