第十二章「出兵」
第十二章「出兵」
父親に会ってから二週間後。
セレトは、グロックとアリアナを伴い、ハイルフォード王国と、クラルス王国の国境間近に設置された砦に部隊を引き連れ到着していた。
恐らく今頃、王国の首都では、多くの貴族達が自身の部隊を集めて大々的な出兵式の準備を始めているタイミングであろう。
本来セレトもその出兵式に参列し、その後、日を置いて出陣をする予定であった。
しかし、数日前に王国の使者より、急遽、セレトは出兵を命じられたのであった。
軍事機密ということで、使者より詳しい説明はなかったものの、恐らくクラルス王国への意表を突くために先発部隊として派遣されたのであろうと、セレトは予想していた。
王国内には、多数の敵国のスパイが潜んでいる可能性は高い。
そのことを考慮した上で、出兵式によって敵の目を逸らし、その間に一部先発部隊の手によって、クラルス王国への奇襲をかけようとする可能性は十分にあり得た。
「大将。将軍殿が、司令部に顔を出すようにと使いをよこしてきたぜ。」
考え事続けていたセレトに対し、グロックが声をかけてきた。
グロックが指をさした先には、クローヌの部下らしい男が、こちらを見て一礼をしてきた。
「分かった。では少し出てくる。」
セレトは、そう言うとクローヌの部下に案内をされるまま、砦の中心へと向かって歩を進めた。
道中、セレトは、リリアーナのことを考えていた。
リリアーナが、今回のクラルス王国出兵への参加を見合わせるという情報は、比較的早い段階でセレトの情報網に入っていた。
それゆえにセレトは、この出兵に対しては、あまり乗り気ではなかった。
ヴルカルとの約束もある以上、早めにリリアーナの件を対処する必要があり、下手に聖女から離れるような行動をとること自体、避けられるのであれば避けたかった。
しかし、そんなセレトに対し、ユラが訪れ、ヴルカルの伝言を伝えてきた。
「聖女の件は、何とかするので、貴公は気にせず戦に行ってくれ。」
こうしてセレトは、ユラによるヴルカルからの伝言が、自身を切り捨てる意味合いでないことを願いながら今回の出兵を行うことにしたのである。
そして心の中で考え事をしながらも、道中無言のままセレトは進み、広そうな部屋の前に到着した。
すると、セレトを連れてきた兵士は、無言で中に入るように手を振った。
セレトは、その反応を受け、クローヌが待つであろう、室内へ歩を進めた。
室内には、クローヌとその部下達、そしてセレト同じように出兵を命じられたのであろう、複数名の地方貴族達が集まっていた。
一同は、室内に入室をしてきたセレトに一瞥を向けてきた。
そしてセレトも、自分を見つめてくる室内のメンバーを一望する。
部屋の奥で側近達に書類の仕分けを指示しているようであったクローヌ。
護衛や側近達と共に、思い思いの席についている地方貴族達。
そして、そんな様子を室内囲むように見ている、砦の兵士達。
その様子を見ながら、せめて護衛として、アリアナでも連れてくれば良かったとセレトは考える。
話し相手もいなそうなこの場所で、一人で過ごすことが、とてつもなくむなしく思えてきたのである。
そんなことを考えているセレトに対し、クローヌが作業の手を止め声をかけてきた。
「お待ちしていたよ。セレト卿。適当な席についてくれ。」
クローヌは、笑っていない目からは想像もつかないような友好的な態度で、セレトに席を勧める。
セレトは、それに会釈で返し、空いている席に、適当に腰を掛けた。
椅子には、くたびれたクッションしか置いておらず、木造の固さを、セレトの身体に伝えてきた。
机の上には、複数の線が引かれた地図が置かれていた。
「ふむ。これで全員が揃ったな。では、諸君。これより軍議を始めよう。」
クローヌがそう宣言すると、ざわついていた室内は一斉に静まり、クローヌへ注目が集まった。
その様子を満足そうに見つめているクローヌの後ろで、彼の部下達が、机の上に置かれている物と同じ内容の大きな地図を、壁に張り出していた。
「さて諸君。今回、諸君に集まって頂いたのは他でもない。この度の戦において王国が勝利するための重大な作戦に従事して頂くため、私の方で戦上手で優秀な方々に集まって頂いたのだ。」
同時に、ろくな後ろ盾がない政治的弱者で、王国からしても重要でない貴族達だな。セレトは、そんな熱弁を奮うクローヌを見ながら、この場に集められたメンバーを見て、心の中でつぶやく。
セレトが見回したところ、ここに集まった貴族達は、確かにある程度の武勇、軍事力を保有こそしているものの、決して強者といえるような者達ではなく、王国にとっても、十把一絡げの替えが効く存在でしかなかった。
「この度の戦、今、本国では、本格的な侵攻のための準備を行っているのは周知のとおりであるが、今回、我々が行うのは、一部の部隊を先行させ、油断している敵国への攪乱、妨害活動だ。」
喋り続けるクローヌの顔は笑みを浮かべているものの、依然、その目は笑っておらず、むしろこちらを冷たく見下すような視線を見せている。
「この地図の、このルート。この太い線のルートが、本隊が敵国の首都へ向かって侵攻する予定のルートだ。」
クローヌは、後ろに貼られた地図に指をさし、説明を続けていく。
「このルートは、本国から部隊が到着次第の侵攻を予定している。大体、二週間後を目安に進軍を開始する予定となっている。」
そこまで説明をすると、クローヌは、一度ここに集まったメンバー達を見回し、一息をつくと、説明を再開する。
「さて、諸君には、この本体とは別動隊として、これらのルートで攻め入ってほしい。」
そう話しながら、クローヌは、地図上にある細いラインがひかれた複数の道を示した。
「全部で五ルート。これを各々の部隊を率いて進んでもらうのが、今回の任務だ。」
クローヌが示した道を、セレトは一通り確認をする。
地図上は、本隊が進む道と違い、村や小さな町が多く、砦のような軍事施設は少ないようにも思えた。
もっとも、この地図の信憑性がどの程度のものかは、セレトには分からなかったが。
「地図を見て頂ければわかるように、道中、軍事施設は多くなく、基本的に町や村が中心となっている。今回は、この町や村を潰してもらうのが主たる任務となっている。」
集められた貴族達が、地図を調べている様子を確認しながら、クローヌは言葉を続ける。
「この地図は、我々が以前に攻め込んだ時の情報と、クラルス王国に潜り込ませた密偵の情報を基に作成している。そのため、ある程度の正確性については保証できると思う。」
地図に対する疑念が、セレトや他の貴族達の顔に浮かんだからであろうか。
クローヌは、それを取り繕うような言葉を述べる。
「さて、今回の作戦だが、基本的には敵の補給路を断ち、敵部隊を分断することを主に考えている。そもそも前回の出兵時に我が軍がやむを得ずに撤退した主因が、敵が補給を行える状況下で、自軍が補給を行えず、部隊の維持が難しくなったことが大きいのは、諸君らが存じている通りだ。」
クローヌは、芝居がかった口調で説明を再開する。
魔獣の援軍を忘れているがな。とセレトは一人呟く。
「それゆえ、事前に、敵軍の前線の主要な補給地点となりうる拠点を潰すことで、敵軍の補給を封じ、諸君らに反応して敵が部隊を拡散させたところで、我々本隊が一気に攻め込むという作戦を今回は考えている。」
つまるところ、我々は捨て駒ということか。と、セレトは一人納得をする。
「勿論、諸君は、あくまで遊撃隊。基本的には直接的な戦闘を避けて、敵の拠点を潰すことに専念して頂いて結構だ。」
クローヌのその言葉に、一部の貴族達の安堵の表情がセレトの目に入る。
だが、地の利は相手側にある以上、一度捕捉された場合、手元にある不完全な地図ぐらいしか情報がない中で、そのまま逃げ切れるかは、セレトには些か疑問であった。
「最終的に諸君には、作戦開始から三週間後に、この地点への到達を目指してほしい。」
そう述べ、クローヌが指さしたのは、本隊が進む行程の四分の一程の距離に設置された大型の城のマークがある箇所であった。
「我々本隊は、準備ができ次第、最速でこの城を落とすように進軍を開始する。諸君らの遊撃が成功していれば、恐らく敵軍も大々的に動きが取れず、本隊は、諸君らがこの場所に到達する頃には、城攻めを開始できるはずだ。」
クローヌは、淡々とした口調で言葉を続ける。
「そして、この城の攻略までが、今回の侵攻作戦の第一段階だ。城を攻め落とした後には、ここを拠点に、再度、敵の首都への侵攻を開始する予定だが、そこから先は、城の攻略後に再度説明をさせて頂く。私からの説明は以上だ。何か質問は?」
そしてクローヌは、説明を終えると、コップに入った水を飲み一息をつく。
誰もが、そんなクローヌを見て声も出さぬ状況であったが、セレトは、とりあえず挙手をする。
「何かね、セレト卿?」
クローヌは、そんなセレトに冷ややかに声をかける。
「町や村を落としたの処置は如何様にすれば宜しいのですかね?」
セレトは、何の気のない声で質問を投げかける。
クローヌは、そんなセレトをぽかんとした顔で見たのち、少し考え込むようにすると口を開いた。
「今回の作戦は、基本的に妨害工作をメインとしたもの。そこを拠点にする必要もない以上、無理に兵を割いて占領下に置く必要もない。ある程度の損害を与えたら、敵の本隊が来る前に離脱をしてもらって結構だ。」
セレトは、その言葉に頷くと、再度口を開く。
「それは、勿論です。ところで、落とした町や村は、どのような損害を与えても構わないという認識で宜しいですかね?」
セレトの言葉を聞いた、クローヌは、苦虫を潰したような顔で言葉を返す。
「勿論です。敵軍の妨害となる方法であれば、自由に動いて頂いて結構です。」
セレトの、作戦の趣旨を理解していない様にも思える発言に、若干の苛立ちを感じた口調でクローヌは応える。
「ふむ。了解です。」
セレトは、わざとらしく頷き言葉を受け止める。
「最終的には、敵拠点への攻撃にも参加を頂く。現状、無理に攻め込み、兵力を不足させないように。」
そんなセレトに、クローヌは、念を押すように言葉を返してきた。
その後、何点か簡単な確認事項が飛び交うと、きりの良い所でクローヌは、質問を打ち切る。
「では、諸君これから各々に出兵を頼みたいルートを指示する。」
そして最後にクローヌは、セレト達の侵攻ルートと出兵エリアを示してきた。
「諸君、この任務は、華々しい戦果からは、かけ離れているように感じているかもしれない。」
各貴族に指示を出し終えたクローヌは、最後に言葉を続けた。
「しかし、これは、我が国の勝利のための、重要な作戦である。無事、作戦の第一段階が達成した暁には、諸君らには、この任に見合った栄誉と報酬を約束しよう。」
クローヌは、熱を込めて言葉を発する。
その言葉を受け、この場に集められた、うだつの上がらない底流貴族達は、一斉に沸き立った。
そして、その盛り上がりを最後に、セレト達は、自身が指定されたエリアが記された地図を手に部屋を後にした。
こうしてセレト達のクラルス王国への出兵前の軍議は終了した。
部屋を出ていく貴族達をクローヌは、笑みを浮かべながら見送った。
もっとも、その笑みには、多分に侮蔑が含まれていた。
部屋を出たセレトは、他の談笑している貴族達から離れて、一人急ぎ足で立ち去った。
クローヌが、セレト達を捨て駒として見ているのは、明らかであった。
渡された地図の情報も、どこまで信頼を置けるか不明ではあった。
それでも、クローヌは、作戦内の範囲であれば、自由に行動することを承諾していた。
明らかに危険度の高い任務。
しかし、それ故にセレトは、自身の置かれているこの状況を最大限に活用しようと考えていた。
足を速めるセレトのその目には、狂ったような歓喜が浮かんでいた。
第十三章へ続く




