幕間2-36
幕間2-36
「ユラ、早く助けてくれ。か、身体がうまく、動かな、い」
息も絶え絶えにヴルカルは苦しそうに言葉を発する。
最もその表情と声色は、自身の部下が近くにいることもあってか、比較的落ち着き、安堵の様子を見せていた。
「えぇ。えぇ分かっておりますとも。王としてここで終わるわけには行きませんからね。くくく」
ユラはわざとらしい笑みを浮かべてその言葉に応える。
「あの、聖女。思っ、た以上に、力をつけて、いる。だが、今なら仕留め、られる。そうすれば、私は…。だから早くこの身体を!」
熱に浮かされたようにヴルカルは、言葉を喚き散らし続ける。
その目には、強い怒りが見て取れる。
「ほうほう。しかしね、ヴルカル様。それには一個問題があるの」
だが、ユラは、そんなヴルカルの様子に動じることもなく、淡々と言葉を返す。
「き、貴様。ど、どういうつ、もり?」
そんなユラの返事にヴルカルは、動揺を見せながら、彼女に怒鳴りつける。
だが、その声色には、隠しきれない恐怖の色が見えていた。
ふと、ヴルカルに見えたユラの表情は、先程までと変わらずに笑みを浮かべている。
だが、その笑みには、普段の嬉々とした様子はなく、むしろ冷たい冷笑がへばり付いている。
こちらに対する侮蔑、同情、哀れみ、様々な物が混ざった表情で、彼女は、こちらを見下ろしていた。
「最初に言いましたよ。閣下。私は、貴方の願いを叶えるための手助けをすると。だが、その身体は、貴方の願いで私が与えた物ではありません」
淡々と、冷たい笑みを浮かべたままユラは言葉を発する。
「何を、言って…」
だが何とか返事をしながらも、ヴルカルは言葉に詰まる。
目の前のユラの表情から笑みが消え、真剣な表情をこちらに向けていたのに気が付いたからである。
「そうですね。貴方は、私を手駒として求めました。この魔力と、この私の存在の本質を知りながら、駒として求め契約をしましたね」
遠い話を思い出すかのように、ユラは淡々と二人の出会いを話し始める。
「そっ、そうだ。だから、私は、お、お前を…」
その言葉を遮り、ヴルカルは必死にユラに呼びかける。
少しずつ身体の感覚がなくなってくる。
視界も徐々にかけ、暗さを増してくる。
一瞬でも気を抜けば、そのまま向こう側に行き、戻ってこれなくなるような恐怖が彼の神経を徐々に蝕んでいった。
「さて、ここで問題となるのは、私が貴方との契約です。貴方の手駒として、貴方のために力を振るう。本質に伴い、貴方との契約に従う」
淡々とユラは言葉を続ける。
「それなら、なぜ私を…」
助けない。という言葉の続きは、声にならなかった。
代わりに、ヴルカルの口からは血しぶきが吐き出された。
「だが、貴方にその身体を与えた契約、ハイルフォード王国から逃げ出す時に、貴方の傷を癒し、力を与えたのは、貴方との契約ではなく、あの騎士、ユノースとの契約に基づくものとなっている」
つまらなそうに、淡々と言葉を続ける。
「奴は、私のぶ、部下だ。なら、私を助け」
そんなユラに対し、ヴルカルは必死に助けを求める
徐々に弱っていく身体。
だが、そんな自身の身体であっても、この身体を構築しているユラであれば、十分に蘇らせることができるはずである。
「いえ、これは貴方との契約ではない。つまり、貴方の身体については、私は、この本質に基づき、干渉はできないのです」
そんなヴルカルの思いを打ち砕くように、ユラは淡々と事実を告げる。
今の彼女には、彼を救うことは出来ない。
「契約?そこまで、言うなら、も、もう一度、契、契や、やくを…」
そう言いながらヴルカルは、ユラに縋りつこうとする。
「申し訳ないわね。契約は一度だけなのよ」
そう冷たく言い放ち、ユラは、そこで少し笑う。
害意も何もなく、ただ自然と溢れ出た笑み。
「な、ならなぜ、ここに?」
息も絶え絶えに、ヴルカルはユラに問いかける。
「あぁそれは、契約の対価を回収するつもりだったんですけどね。ただ、少し状況が変わったようですね」
笑みが無くなり、ユラはつまらなそうに呟く。
「まあ、貴方も、それなりに運があるようね」
つまらなそうな表情のまま、ユラは魔力を込め、それに呼応するように、ヴルカルの身体は、徐々に再生を始めていた。
「貴様、何のつもりだ?」
ユラの突然の変貌に、疑問の表情を浮かべながら、ヴルカルは彼女に問いかける。
再生途中の身体は、まだほとんど動かすことは出来ないが、言葉を発するぐらいには肉体は回復しつつあった。
「なに、状況は徐々に変わりつつあるのよ。これ以上、色々と変わらないといいのだけどね」
疲れた表情でユラはそう呟く。
「契約に縛られている以上、しょうがないか」
戦況が動き、それに合わせて彼女の思惑も徐々に変わりつつあった。
そのことに対する苛立ちを、誰にも悟られぬように呟き、ユラは、ヴルカルの再生を続けるのであった。




