幕間2-33
幕間2-33
「ひひひ。何とかなったようですが、あくまでピンチを避けれただけ。まだ、戦況は押されてる状況ですなぁ。くくく」
ユラはわざとらしく笑いながら、セレトを煽ってくる。
いや、これはユラじゃない。
少なくても、ユラの本体ではない。
「まだ戦況は崩れてない。文句はないだろう」
笑みを浮かべるユラに対し、不機嫌を表情に浮かべながら、セレトは、苛立ちを隠さずに言葉を返す。
最も一見五分五分に見える戦況は、徐々にこちらが押される状況へと変わりつつある。
向こうが、こちらの数少ない人間の司令官潰しに重視を置き始めたからだ。
結局、魔物の兵士達は、力こそあるが、基本は暴れまわるしかできない獣である。
それを、こちらが指揮をすることで、即席の部隊でありながら、正規軍相手に戦えるところまで持ってきたものの、その指揮を潰されれば、徐々に綻びも出てきてしまう。
力があるセレトが打ち取られることは、まずないであろうが、セレト一人では、これほどの大規模な部隊を指揮することは当然に無理であり、既に一部のラインが突破されつつあった。
時間がない。
だが、目の前のユラは偽物であり、セレトは目的を果たすことは出来ない。
「くくく。力を貸してもいいんですよ。代価は頂きますけどね」
ユラは、笑いながらセレトに問いかけてくる。
「不要だ!」
力強く言葉を放つと、セレトは、懐に仕込んでいた魔力を込めた緑色の宝石を右手で握りつぶす。
同時に、周囲に魔力が広がる、その効果はすぐに表れる。
「ぐ、ぐぐおおおおおお!」
周囲で戦う魔物の兵士達が、宝石から漏れた魔力に反応をし、狂暴性と力を増していく。
「おやおや。それを使ってしまうと、ここのラインは、もう捨ててしまうんですか?くくくく。他のラインで押し返せればいいんですけどねぇ。ひひひひ」
ユラのわざとらしい笑みが続く。
「黙って見ていろ!」
怒りの声をぶつけながら、セレトは自身の魔力も開放し、身体の一部を異形に変えていく。
こうなった以上、強引にも状況を動かしていくしかない。
そのためには、目の前にいる、この敵兵士達と、監視の目となっている、このユラは目障りであった。
「お手並み拝見。くくく。楽しみですね」
ユラは、笑いながら黒い影を周囲に展開をしていく。
恐らく、自身の身を守るための術であろう。
遠慮せずに暴れろということだろう。
「うぉおおおお!」
魔物達は雄たけびを上げて暴れ出す。
「なんだこいつら!くそ急に!」
「ヒーラーを前線に呼べ!負傷者が多い!」
敵兵士達の叫び声が聞こえる。
だが、そんな兵士達の叫び声を潰すように魔物達は暴れまわる。
「落ち着け!所詮は知性がない獣と大差ない烏合の衆だ!防御を固めろ!被害を抑えながら反撃するぞ!」
最も、その様な中でも、冷静に戦局を見て的確な指示を出してくる敵は存在している。
ただ力が上がっただけの異形の者等、大した相手でないかのようにその攻撃を撥ね退け、的確な反撃を繰り返しながら、的確な指示で自軍の士気を上げている。
「はっ潰れてろ!」
ぐちゃ。
だが、そんな敵指揮官は、セレトが異形の腕を一振りをするとあっけなくミンチとなり絶命をする。
セレトの切り札の一つ、別世界の異形の存在を呼び出し、この身に宿す禁術。
呼び出す力を制限することで、以前と違い意識を失わずに限定的であるが強大な力を振るうことができる。
リリアーナが率いる部隊は、一人一人の兵士の質こそ高いが、突き抜けた強さを持つ者は、リリアーナやヴェルナードのような一部の将だけである。
自分を止めることができる存在が少ないからこそ、力を振るい戦況を強引に動かしやすい。
「撤退!撤退しろおおお!」
自身の上官が潰されたのを目の当たりにした副官らしい男が、大声で撤退を叫ぶ。
判断自体は悪くない。
勝てない相手から逃げ、他の部隊と合流して再起を図る。
このような状況において、一番現実的な選択肢。
だが、一手遅かった。
「そろそろか」
狂暴化をし、暴れまわる自身の部下達を見ながら、セレトは一人呟く。
後ろでは、黒い霧を纏い様子を見ているユラがいる。
所詮まがい物。
この一手で、これも断ち切る。
「時間だ。爆ぜろ」
そうセレトが一言呟く。
「ぐぐう?おおおおおおおおお!」
瞬間、周辺に展開された異形の兵士達の身体は醜く膨らみ始め、同時に緑色の光を見せる。
「?!魔力の暴走?。まさか、これを狙って…」
ユラの焦った声が聞こえる。
まがい物ではあるが、潰されることは、向こうにも都合が悪いようだ。
ボン。
瞬間、緑色の光がはじけ、周囲に魔力の渦が巻き起こり、敵の兵士達が巻き込まれ、四肢を裂かれていく。
強引な強化により、魔力を暴走させ、簡易的な爆弾とする。
その作戦通り、異形の兵士達は逃げ纏う敵兵達を、次々と巻き込み自爆していく。
「ちっ!自爆とは!」
ユラの叫び声が聞こえる。
同時に、彼女の本体から繋がっていた魔力のラインが途切れる。
瞬間、目の前の存在は、ユラでありながらユラでなくなる。
それを、セレトは待っていた。
グサリ。
セレトが振るった刀は、正確にユラだったものの心臓を貫く。
「えっ、め、盟、約は?」
何が起きたのか分からないのか、ユラの分身体の呟きが聞こえるが、それを無視して首を刎ねる。
まがい物と言えど、ユラの本体と繋がりを持っていた以上、彼女はセレトを盟約で縛ることができていた。
だが、そのラインさえ切ることができれば、セレトにも付け入る隙は十分にある。
周囲を見回すと、敵、味方入り乱れ、多くの死体が積みあがっている。
周辺に生者はいない。
戦況は、依然、こちらが不利だが今の爆発で両軍共に混乱をしている様子がある。
「チャンスだな」
そう笑い、セレトは戦線を離れることにする。
ようやく、鬱陶しい監視の目が外れた。
長時間は無理だが、これからこちらが立ち回るには、十分な時間である。
そしてセレトは戦場を離れた。




