幕間11
幕間11
屋敷を出て、立ち去っていくセレト達を窓から眺めながら、クルスは疲れたようなため息をついた。
そしてその姿が完全に見えなくなると、自身の椅子に座り、机の上に置いてあった葉巻を口に咥える。
本当は、後ろの棚に仕舞われている酒瓶を開けて、軽く一杯口に酒を含みたいところであったが、まだ本日中に片づける必要がある仕事が多い中、酒を口にするのは、あまり賢い選択肢ではなかった。
葉巻に火を点け一服をしていると、セレト達を送り終えたハイルソンが報告も兼て部屋に訪れる。
一服をしている自身の主に、口直しにと、暖かい紅茶を差し出すハイルソンに礼を言いながら、その香りをしばし楽しむ。
一息をつき、落ち着いたところで、クルスは、その場に立ち続けているハイルソンに席を勧め、彼が席に座るのを見計らい声をかけた。
「それで、あいつはもう帰ったのか?」
ハイルソンは、主の言葉に頷きながら言葉を返す。
「セレト様でしたら、先程、部下の方達と共に帰られました。今日は領内に留まらず、そのまま王都の方へ戻られるようです。」
ハイルソンの報告に首を頷かせ、了解したことを示しながら、クルスは言葉を続ける。
「そうか。ところで、あいつが連れていた部下達だが、ネーナ以外、見かけない者達だったな。」
今日、セレとト共に来た部下達は、元々この屋敷のメイドとして働いていたネーナは別として、見覚えがない人物達であった。
特に護衛でついていたであろう騎士達は、柄が悪く、クルスの目を特に引いていた。
「護衛としてついていた騎士達は、セレト様が個人的に私兵として雇っている、グロックという元傭兵団長の部下のようですな。顔に見覚えがある者がいました。」
ハイルソンの答えを聞いて、クルスは深いため息をつく。
セレトが、あの傭兵グロックを私兵として雇っているという話は、風の噂では聞いていた。
そして、元々戦場で名を上げてきた一族の出身であるクルスは、当然にグロックについても様々な情報を聞いていた。
どんな手を使ってでも生き延びようとし、そのためにはどんな卑怯な手段も厭わない集団。
協調性も低く、戦場で他の貴族や傭兵達とトラブルを起こすことも多く、雇い主に対する反抗的な態度も多数報告をされていた。
それなりに実力はあり、実績もあるものの、その力に見合わない不利益を雇い主に与えることも多いことから、多数の国家、貴族達からも敬遠されている傭兵集団。
そんな男を、どのような手法で手元においているのかは分からなかったが、少なくともあの傭兵集団の本質は変わってはいないであろうことは、先ほどの屋敷に訪れた護衛達の品のない態度を見ればよく分かることであった。
そして、元々、横のつながりが強くない自分達の状況が、セレトのこのような行動が原因で、より悪くなっていっていることは、火を見るより明らかであった。
「まあ、嘗ては悪名ばかりだったグロックも、最近は比較的おとなしいようですがね。」
主の心痛に気を遣ったのか、ハイルソンが言葉をかける。
クルスは、その言葉に曖昧に頷きながら応える。
「ネーナと共にいた女性は、アリアナといって、現在セレト様の秘書のようなな立場に収まっている模様ですな。」
ハイルソンが続けて報告された人物の名前を聞きながら、クルスは考えを巡らせる。
アリアナという名前に、どこかで聞き覚えがあった気がしたのである。
「元は、ワッサッルー地方の一部族の要人の娘だったようですが、当時ワッサッルー地方で発生した内紛と部族間抗争に巻き込まれて、一族は全滅。元々王国や貴族達との繋がりも薄いこともあり、生き延びた娘が一人で彷徨っていた所を、数年前、セレト様が保護をしたようですな。」
ハイルソンは、淡々と彼女の経歴を述べる。
そしてクルスは、ふと彼女の素性に思い当たった。
ワッサッルー地方は、王国の領土内ではあったが、多様な部族達が入り乱れ、その独自の生活基盤を持っている地方であった。
しかし、ある時、王国に繋がりのある一部の部族達が他の部族達の排除を開始。
国内の揉め事ということで、王国に調停を願う声も出る中、王国や貴族達は、一部の繋がりのある部族達以外の声を黙殺。
結果、ワッサッルー地方に入り乱れていた多様な部族達は、その数を減らし、小競り合いが絶えなかったワッサッルー地方は、徐々に安定をしていったのであった。
勿論、これは王国側が仕組んだ話である。
様々な部族達が独自の基盤を持っているワッサッルー地方は、将来、王国の敵となりうる部族も多く、また一部の部族達が保有している戦力は、決して看過できないものであったのである。
こうして王国は、ワッサッルー地方の統一を考え、自分達にとって都合のいい部族達のみを支援し、他の部族の排除が進むように各種工作を進めた。
結果的に、将来脅威となりうる部族達は滅び、ワッサッルー地方には、王国の息が掛かった部族達のみが残ることとなり、王国の基盤が強化されることへとつながったのである。
そのような状況下で、王国が特に危険視をしていた一族の一つにアリアナの部族があった。
魔術と、独自の呪術の技術を保有しており、部族の規模は小さいものの、その力が王国の管理下から外れ、王家に牙をむく危険性は高く、結果、彼女の部族は、他の部族達から特に念入りな攻撃を受け、壊滅に追い込まれた。
もっとも、滅ぼされたとされる部族であっても、未だにその生き残りが地下に潜り、虎視眈々と再起の機会を待っているというのは、十分にあり得る話ではあった。
その生き残りと目されているのがアリアナ。
それは、将来的に王国の脅威になりうる可能性は高い危険な人物であった。
もっとも、王国もワッサッルー地方が安定化した段階で、殲滅した部族の残党狩りについてはそこまで力を入れておらず、作戦自体が秘密裏に行われていたことを考えると、現在、セレトがアリアナを配下に置いておくこと自体は、咎められない可能性が高かったが。
しかし、王家に牙をむく可能性の高い人物を、配下に迎え入れて重用するセレトの現況は、クルスにとっては大きな頭痛の種にしかならなかった。
伝え聞く話によれば、アリアナは自身の部族を滅ぼしたのが、王国であるということには気が付いていない様であったが、もし将来そのことに気が付いた時、そして彼女が王国の敵に回った時、王家に忠誠を誓うべき自身の家で彼女を重用していた事実がどのように押しかかるか、クルスは考えずにいられなかった。
ふと、クルスは自身の机に置かれた紙の束に目が行き、更なるため息を重ねた。
紙束は、セレトの会計係としてついて行った、リオンからの報告書であった。
そこには、セレトが使途不明の資金を使って、何かを行っている事と、その額が徐々に大きくなっている旨がまとめられていた。
クルスは、セレトの生き方が理解できなかった。
ただただ自身の領土で王家に忠誠を誓い、戦い続けることに存在意義を見出しているクルスにとって、そこに、個人の欲を持ち込むこと自体がありえないことであった。
しかし、息子であるセレトは、彼の兄弟達とも違い、常に上を目指し、ただただ自身の野心のためにだけ戦い続けている存在であった。
そのために手段を選ばず、他から見捨てられた人材を集めて戦い抜こうとする姿勢は、クルスの目には、醜く映り、息子に対する失望だけが広がっていくのであった。
もちろん、先の大戦を初めとした様々な戦場で、セレトが多くの戦果をあげていることは知っていたし、結果、王家への忠誠へとつながっている事はクルスは理解していた。
魔術の腕も一族の中では上位に位置しており、そんなセレトの存在が一族の繁栄へとつながっている事についても、クルスはよくわかっていた。
しかしセレトは、その力を王国や一族のためではなく、その大半を自身のために使おうとしていた。
王家に忠誠を誓うふりをし、一族のために戦っているように見せかけ、セレトは裏で自身の目的のためだけに動いていた。
魔術についても、一族の研究資料のみならず、他家の蔵書や、過去滅びた国の伝承、そして恐らくは、使用が禁じられている禁術までも、セレトは集め、自身の物にしようと研究を続けているようであった。
セレトが自身の力のみのために生き続け、王家への忠誠心も禄にないことが分かった時、クルスは、セレトを一族から引き離す意味も込め、わずかな路銀と部下を渡し、勘当同然に追い出した。
結果、セレトは、自由の身となり、一族から干渉されずに自身の望むがままに生きるようになった。
そのことに頭を痛めつつ、クルスは、何事も起こらないことを祈るであった。
そして、その顔には、息子に対する侮蔑の意思がはっきりと表れているのであった。




