幕間2-32
幕間2-32
「面白い戦況ですな」
軍事に明るいユノースが、城外で起きている戦いを見ながらひとり呟く。
「しかしセレトも情けないな。兵の質は高いのに、いまだに押し切ることができないとは」
つまらなそうにヴルカルがぼやく。
「ひひひひ。まあ戦はまだ始まったばかり。これから、セレトについては、ここから期待をしてほしいところですがね」
笑いながらユラは応える。
三人は、城の玉座で、ユラが展開した物見の術で戦況を眺めながら好き勝手に意見を飛ばす。
戦況は、セレトがやや不利。
率いる部隊の兵士の単純な力は、こちらの方が上であるものの、セレトの指揮能力では、それを十全に活かせず、致命的な崩壊こそ受けていないが、徐々に敵の部隊抑えられず綻びが出来つつある。
いや、これはセレトの無能を詰るより、リリアーナ達の指揮能力の高さを褒める状況か。
そう考えて、ユラはひそかにため息をつく。
別にセレトが負けようと、ここに敵が攻め込んで来ようと構いはしない。
それに対する対策はいくらでもあるし、立て直しもまだ十分に可能な状況である。
だが、それはそれとして、自分が多少でも評価した男が、あまりに不甲斐ないのも不愉快であった。
「おや。セレトの奴、案外考えてはいたんだな。崩れた箇所を利用して、相手の部隊をうまく動かしたようだ」
ヴルカルが面白そうな声を上げる。
その言葉に反応をして戦況を確認すると、ヴルカルの言う通り、セレトは崩れた箇所に集まった敵部隊をうまく誘導し、逆に包囲網を固めている。
最も、それも付焼刃。
そう長くは部隊を持たせることは出来ないであろう。
事実、部隊の状況に気が付いたヴェルナードがすぐに崩れた箇所に向かっている。
セレト自身は、中枢から離れられない以上、ヴェルナードを止めることは出来ない。
そうなると、現在展開をしている部隊は、あっけなく破られてしまうだろう。
こうなると、指揮をとれるものが少ない状況が大分不利に働いている。
セレトが率いる本陣は、セレト自身の戦士としての才覚と、異形の兵士達の力もあり、早々突破されることはないであろうが、目が回り切れていない場所は、徐々に崩されている。
兵力差でそれを覆そうにも、さすがに部隊としての練度の違いが、それ簡単に許してくれるわけではない。
「えぇ。しかし、彼程度の力ではこれが限界でしょう。それに部隊戦の力が違いすぎる。このままではじり貧ですな」
呆れたようにユノースは戦況を見ながら応える。
案の定、ヴェルナードがたどり着いた瞬間、セレトの部隊はあっけなく包囲網を崩されて敗走を始めている。
これ以上の戦いを進めても、このままではセレトの敗北で終わるであろう。
どうするか。
ユラは一瞬考える。
セレトに肩入れをする理由はない。
だが、このままリリアーナ達の好きにさせるのもつまらない。
それにこのままでは、セレトは倒されてしまうかもしれない。
そうなると、ユラの手持ちの駒が一つ無くなることになる。
だが同時に、それがどうしたという気持ちにもなる。
セレト自体は、駒の一つに過ぎない。
ここで失っても大きな問題はない。
むしろ、ここで下手に手助けをして、こちらの手の内を晒すことや、無用な被害を受けることの方がリスクは高い。
様々な考えが頭の中に浮かび、消えていく。
だがユラが最終的に結論を出す前に、一つの動きが出ることとなった。
「おや、あれは」
戦況を見守っていたユノースが、ふと声を上げて戦場の端の方に目を向けた。
そこでは、セレトが配置した異形の者の小隊と、リリアーナ軍の小部隊が小競り合いを続けているようであった。
だが、そこで戦っている者、リリアーナ軍の指揮官を見て、ユラは納得をする。
なるほど。
そこには、ユノースが気にして当然であろう男が戦っていた。
「閣下。私は、少々古なじみに会いに行ってまいります」
そう言い、ユノースは武器を構えると部屋を出て行く。
「ロットか。まだ生きているとは驚きだな」
立ち去るユノースの背に向けて、面白そうにヴルカルは声をかける。
それには答えず、ユノースはそのまま戦場へと向かう。
「さて、私も少々楽しむとするか」
そんな部下の行動に触発されたのだろうか、ヴルカルも席を立ち動きだそうとする。
「おや、閣下も動きますか。くくくく。ご武運を」
取って付けた様な笑みを浮かべて、ユラは、それを見送る。
どうせこの戦いは遊びの一環。
どちらに転ぼうと、自分は困らない。
だが、あの二人の参戦により戦況は大きく動くであろう。
そのような中、セレトがどう動くか。
あのこちらへの反旗を隠しもしない男が、どう立ち回るか。
「あぁ。面白くなりそう」
ユラは普段と違い冷たい笑みを浮かべながら、戦線の動きに目を向ける。
後少し、この戦いが進めば次の段階に話は進む。
そうなった時、彼女の目的が達せられる。
その時、セレトはどう動くだろうか。
そのことを考え、ユラは笑いながら次の仕込みを始めた。




