第三十二章「三者三様」
第三十二章「三者三様」
王都を目の前に始まった戦いは、非常に激しい物であった。
旧ハイルフォード王国軍は、決して数こそ多いわけではないが、同盟相手であるクラルス王国による援軍もあったし、何よりリリアーナ、ヴェルナードといった質が高い将達による的確な指示と、個々の兵士達の質が高いこともあり戦線を維持していた。
対する王都から出撃した防衛軍は、セレトを頭に据え置き、異形の者達を中心に編成された混成軍。
数も多く、人外の存在ならではの強力な力を有している異形の者達であったが、まともに指揮をできる存在ではなく、ただただ力を振るい暴れまわるだけであったため、リリアーナ達が寡兵であるにも関わらず、その熟練の兵士達を突破することはできずにいた。
「おやおや。思ったより苦戦をしていますね。ひひひひ。貴方が、何年もかけて準備をしていた玩具は、この程度のものですか。くくくく」
思う様に、戦いが進まないことに苛立っているセレトを、更に怒らせるように、ユラが隣で騒いでいる。
「第三から第六の集団をとりあえず北進させろ。細かい指示は出さなくていい。目の前の敵にぶつけろ。あぁお前の言う通りだよ。ユラ様。こんな玩具でも私の作戦であれば、それなりの成果を出せたはずさ」
苛立ちを表に出さないように気持ちを抑えながら、部隊を指揮している数少ない人間である部下達に指示を出しながら、隣のユラに適当に言葉を返す。
呼び出した異形の者達は、碌にこちらの指示も聞かず、ただただ暴れまわるだけの代物である。
元々、このように軍隊として活用をするのではなく、主要地点で暴れさせて、混乱を作るために仕込んでおいた仕掛けである。
それを、短期間で部隊運用ができるように色々と仕込んだこちらの苦労もわからずに、ただただ軽薄に笑い続けるユラに苛立ちこそ感じた物の、それを表に見せることはない。
そもそも、この戦線が維持できようが失敗をしようが、目の前の女にとってはどうでもいいことなのである。
そのような状況下で、セレトの苛立ちを見せれば、この女は、それを理由に、こちらをより苛立たせる選択肢を取るだけであろう。
だから、セレトは黙々と指揮を執ることにする。
「第三から第六全滅。敵の兵士の一部が、こちらの貴方に向けて部隊を一斉に動かしてきます」
部隊の指揮を任せた部下の一人から、焦った声で報告が入る。
リリアーナの強引な攻めは、こちらの穴をついているが、同時に部隊の形を大きく崩している。
寡兵でありながら、こちらに優位を保っている部隊編成の形を崩しながらも強引に攻め込んでいる賭けのような攻め方に、彼女の強い意志を感じ、セレトは、軽く笑みを浮かべる。
面白い。この賭けに乗ってやる。
「適当に周辺の部隊を増援にあてて待っていろ。俺が行く」
そう返し、隣のユラの方を見ることもなく、セレトは、戦いの中心点へと移動を開始した。
「全く嫌になるわね。タフなだけで力任せに暴れまわる獣が相手だなんて」
文句を言いながらリリアーナは武器を振るう。
同時に、放たれた光の矢は、周辺から襲い掛かってくる異形の者達を次々と撃退をし、相手部隊の編成に穴を開けていく。
最も、こちらが苦労して開けた穴も、すぐに後方に控えている他の部隊が埋めていくため、中々戦線を突破できない。
「なあに。考えなしで暴れまわっているだけの化物だ。潰す方法はいくらでもある」
そう言いながらヴェルナードは、襲い掛かってきた異形の化け物をうまくいなし、返し刀でその首を切り落とす。
「ならさっさとその方法を教えてくれない?このままじゃそう長くは持たないわよ」
苛立ちを見せながら、リリアーナも応戦をしながらヴェルナードに言葉を返す。
あまり統制が取れていないと言えど、相手の数と単純な力は驚異である。
今は、部隊の配置や、細かい指示により、敵部隊との兵力の差をうまくごまかし、一対多の状況を作り上げて応戦をしているが、所詮は時間稼ぎ。
根本的な兵力に違いがある以上、先にこちらが限界を迎えるのも確かであろう。
「伝令!西側に展開をしている部隊に、敵の大隊が突撃をしてきています!」
若い兵士が、慌てた様子で伝令に訪れる。
「ほら。餌がこっちにやってきた」
伝令の報告を聞きながら、ヴェルナードが不気味に笑う。
「ちょっと部隊を借りるぜ。敵の強引な攻め手を潰せば、こちらの反撃にもつながるしな」
そう言いながらヴェルナードは、伝令と、自分の手勢を引き連れてこの場を離れていた。
「あっ、ちょっと!」
リリアーナは慌てて声を上げるが、既にヴェルナードは目の前にいない。
慌てて追おうにも、目の前の敵への対処も必要なためリリアーナは、ここで足止めを食らう羽目になる。
「あの、よろしかったのでしょうか」
伝令役の兵士が、恐る恐るヴェルナードに問いかけてくる。
「あぁ。大丈夫だ。ここから一気に盛り返すぞ」
ヴェルナードは笑いながら、部隊に細かく指示を出す。
向かう先では、大分敵に押し込まれているのか、異形の者達が一段と暴れている様子が見えてきた。
「あぁ始まりましたね。一つの区切りが。ふふふ。さて、これに合わせて次の調整を入れなくては」
この戦いを眺めながら、ユラは機嫌が良さそうに笑い続ける。
誰が生き延びようが、この戦いの結果がどうなろうか、彼女にとってはどうでもいいことである。
だが、セレトが、リリアーナとヴェルナードという強大な力に立ち向かう様子は、見世物としては非常に楽しめるであろう。
ここから誰が生き延びるか。
そのまま笑みを浮かべながら、ユラは、戦いの結末を見届けることにした。
第三十三章に続く




