幕間2-30
幕間2-30
「どうだい。久しぶりの王都は。懐かしいだろう?」
冷たい笑みを浮かべながら、ユラは、セレトに問いかける。
「俺を捨てた場所だ。こんな場所に未練等無いね」
そんなユラにセレトはつまらなそうに言葉を返す。
最も、その声色とは別に、セレトの心は非常に動揺をしていた。
自分を捨てた国。
自分を正当に評価しなかった国。
そして、自分が追いされた場所。
いずれ、自分の力が増したら、もう一度その力を誇示をしたいと思っていた場所。
そんな場所に、思いもよらない形で戻ってきた自分。
「おや。それは意外ですな。ひひひ。貴公は、この国にまだ思い入れがあると思っていましたが。だから、あの聖女にも固執していたのでしょう?きききき」
そんな彼の動揺を見透かしたように、ユラはわざとらしく不快な笑い声をあげてセレトの心を抉るような言葉を浴びせてくる。
「うるさいな。盟約に従い、お前の望む通りの力にはなってやる。だが、必要以上に踏み込むことを許可した覚えはない」
つまらなそうに応えると、セレトは口を閉じ、ユラとの会話を強制的に終わらせる。
ユラは、そんなセレトに対し、しばらく挑発をするような言葉を繰り返していたが、芳しくない反応が続くと自然とその口数も減っていった。
見たところ、王都内は、セレトがハイルフォード王国に居た頃と大差はないようであった。
どこか見覚えのある景色が続き、時々、店や建物が変わっている。
だが、ふとその違和感に気が付いた。
「司教がやたら多いな。教会の数も増えたようだ」
呟くようにセレトは、目についた景色に対する考えを述べる。
「ひひひ。貴族の派閥も、力関係が大分変りましたね。教会派が、今、この国を牛耳りつつありますね。くくく」
面白そうにユラはセレトの疑問に答える。
「なるほど。それでお前らは、この勢力図を塗り替えたいと?」
ユラの話で得心を得ながら、セレトは、自分がここに呼ばれた理由を問いかける。
「話が早くて助かりますね。くくく。セレト卿。貴方には、ここから働いてもらいますよ」
そう言いながらユラは、城の方角、王都の中心へと歩を進める。
「あぁ。お前の命令に従ってやるさ」
その言葉の後ろに、今はな、という単語を心の中で付け加えながら、セレトは、その後をついていく。
「それで、俺は何をすればいい?」
城門が見えてくるタイミングで、セレトは、ユラに問いかける。
彼女には、まだこの国の勢力図を塗り替えるために力を貸してほしいという以上のことは聞かされていなかった。
「あぁ難しいことではないですよ。貴方がこの国で働いていた時に埋め込んでいたこの術式を起動してほしいだけです」
そう言いながらユラは、一枚の羊皮紙をこちらに渡してくる。
そこには、嘗てセレトがこの国において、少々細工として使っていた術式が書かれていた。
「随分懐かしい物を持ってきたな。だが、これを起動したところで、ここでは大した影響はないぞ」
渡された術式の真意が分からず、セレトは率直な意見を述べる。
埋め込んだ者の命を媒介に、そのものを魔獣に作り替える術式。
昔、この国で何かあった時の保険として仕込んでいた物だが、さすがに王都内で、そう多くは埋め込んでいない。
一度に起動をさせたところで、そこまでの物ではないだろう。
「全く。この手の術にしては珍しく、術作成者である貴方以外では発動できないように鍵がかけられているとは。そうでなければ、貴方に頼もうとは思わなkったのですが」
最もユラは、セレトの言うこと等、碌に聞いていないのか、つまらなそうに独り言をつぶやく。
「あぁ。お前が望むなら、こんな術式位起動してやるさ。それが盟約だからな」
そう言いながら、セレトは、羊皮紙に魔力を込める。
羊皮紙が黒くなり、そこに書かれた術式が起動を始める。
当時、埋め込んだ保険は多くても十人分ぐらいだろう。
それらが物言わぬ、暴れるだけの化け物になったところで、ちょっとした混乱を起こすことが精々であろう。
そこからどうしたいのか。
そう思いユラを見ると、彼女は黒く光る羊皮紙を見ながら、非常に不快な笑みを浮かべてくる。
「あぁそうそう。セレト卿。我々は、その羊皮紙の術式を起動できなかったが、その術式の解析には成功したんですよ」
その笑みの真意をセレトが聞こうとする前に、ユラは笑いながら口を開く。
「我々は、この数年。その命を食らう媒介となる術式を方々で埋め込んでおいたんだよ」
ユラは、起動した術式を見て更に笑みが深くなる。
「そして、その羊皮紙の有効範囲も広げておいた。まあ、これは楽しいことになるだろうね」
ユラは言葉を続けるが、セレトは、その言葉に耳を傾けるのがやっとであった。
羊皮紙は黒く光りながら、セレトの予想を大きく上回る反応を返してくる。
「ぎゃああああああ」
方々から、悲鳴と怪物の声が響く。
それは、王都全域から聞こえてる。
「さて、まずは第一関門は突破したね。ここからが楽しみだよ。ひひひひひ」
ユラが笑い続ける中、セレトは、多くの怪物達が、その黒い唾を広げて、一斉に王都の空へと飛び立つのを眺めていた。




