第三十章「新たな秩序の手前」
第三十章「新たな秩序の手前」
「どういうこと?本国が壊滅状態なんて!一体何があったの?」
周りの目など気にせず、リリアーナは大声で叫ぶ。
その言葉に目の前の兵士は、ただあたふたとしているだけで、彼女が満足のいく答えを返してくれる様子もない。
「もっと話が分かる上官はいないの?」
リリアーナの様子に恐れをなしたのか、兵士はこの言葉に幸いと、この基地の指令の部屋までの道順を丁寧に伝えると、我関せずとこの場を慌てて離れていった。
そんな様子を呆れたようにラルフと共に見送りながら、リリアーナはため息をつくと教えられた通りに基地の中を進んでいく。
ヴェルナード達からうまく逃げ切れた爽快感もどこへやら、今リリアーナ達は混乱と困惑に襲われていた。
ラルフと共にヴェルナードから逃走を成功させた後、リリアーナが下した判断は帰国であった。
一つに、今回の任務の目標であった、セレトの討伐は成功している。
また、共和国に明らかに敵対をする行動をとった後であるし、ネーナやグロックといった共和国内で彼女の地位を担保していた存在とも敵対をしている。
その様な状況で今後、共和国が彼女を味方として扱ってくれる可能性など無いに等しいであろう。
そう考え、独自の伝手を使いながら数日をかけて、ようやくハイルフォード王国領内に入ったのが前日。
そのまま国境から近い基地に駆け込んだ彼女を待っていたのは、本国が壊滅したという、到底信じられないようなニュースであった。
「信じられない状況ね。あぁここかしら?」
独り言を呟きながら、言われた道を歩いた彼女の前には、少し古臭さがあるが、少し装飾が凝った扉があった。
恐らく、先程の兵士が説明をしていた上官用の扉に違いない。
中から人の気配もする。
「失礼!」
そしてリリアーナは、一呼吸をするとノックもせずに扉を開いた。
「誰だ?あぁ君達か」
そんなリリアーナに鋭い一瞥を向けながら、この部屋の主、クルスは、彼女達を招き入れた。
「クルス卿?まさか貴方がここにいるとは」
予想外の人物の登場に、少々驚きながらリリアーナは部屋に入る。
「あぁ私のような者がここに居るのが不自然か?国を滅ぼした一味の関係者ともいえる男が」
笑いながらクルスはリリアーナに席を進める。
「あなたが関係者?一体何があったの?」
示された古く座り心地は悪そうな椅子に腰を下ろしながら、状況が飲み込めないリリアーナは疑問の声を向ける。
「おや、情報が碌に入ってないのか。まあいい、どこまで知ってる?」
クルスは、リリアーナより上等そうな椅子に腰かけながら問いかけてくる。
「本国が滅びた。ついでに言えば、クラルス王国でも何かあったようね。それ以上のことは、何も聞いてない」
とりあえず自身が確認できている情報を報告する。
クルスは、リリアーナの言葉に懐疑的な表情、こちらが情報を出し惜しみをしているのではないかと疑った表情を向けてくるが、それ以上のことをリリアーナも知らないのも事実である。
話し終えたリリアーナと傍らに控えるラルフ相手に、クルスはしばらく無遠慮な視線を向けてくるが、そこから有益な情報を得ることは出来ないと判断したのか、ようやく口を開いた。
「あぁそうだ。王都のルフォールを初め、王国内の主要な都市は壊滅をした。もっと言えば、クラルス王国やフリーラス共和国もかなりの大打撃を受けているらしい。信じられるかね?」
つまらなそうに地図を眺めながらクルスは、状況を端的に説明する。
「いいえ信じられませんね。一体なぜ?」
もっともこの世界有数の大国に対する突然の大規模な被害の報告である。
リリアーナでなくても、信じることはできないであろう。
「首謀者は、フォルタスだ。少なくても、ルフォールの壊滅には奴が関わっている」
クルスは、そこまで説明をすると言葉を切り、リリアーナの反応を見る。
最も、リリアーナは何も答えず、先を促す。
「そしてセレトだよ。この国を実際に滅ぼしたのは奴だ」
つまらなそうにクルスは、その名を口にする。
セレト。
自身が倒したはずの男。
しかし、目の前のクルスは、その男が生きていたと言っている。
だが不思議とリリアーナの気持ちは動揺しない。
底知れぬ不気味さと力を持っていたあの男の事。
自身が滅せられた時の対策の一つや二つぐらい持っていてもおかしくないであろう。
「セレト?彼がどうやってこの国を滅ぼしたの?多少力があっても、一国を滅ぼせるとは思えないわ」
しかし、セレトがこの国を滅ぼせるほどの力を持っているとは思えない。
多少の協力者がいたとしても、防衛機構も整い、腕に覚えがある兵士達が集まっている王都をこんな短期間で滅ぼすこと等、不可能であろう。
そんなリリアーナの言葉に、背後に控えるラルフも同意をするように頷く。
「あいつは、馬鹿じゃなかったのさ。時間をかけてゆっくりと仕込んでいやがった:
吐き捨てるようにクルスは応える。
そこには、勘当をし、自ら捨てた息子への複雑な感情が見て取れる。
「仕込み?」
しかしそんなクルスの葛藤を無視し、リリアーナは、そんなクルスの言葉の中で気になったワードについて問いかける。
「化け物への変異さ。呪いを埋め込まれていた奴らが、一斉に化物になった。その混乱もあって一国が滅んでしまった。それだけだ」
何かを押し殺すような声でクルスは一気に話し、そのまま当時を思い返すように黙り込む。
「それで、これからどうするの?」
そのまま、いつまでも話そうとしないクルスに対し、リリアーナはしびれを切らして問いかける。
「あれは、俺のミスだ。だからあいつの始末はつける。お前らは好きにしろ」
一瞬、目に鈍い光を宿らせたが、すぐに表情を元に戻し、クルスはこちらの問いに応えると、話は終わりとばかりに席を立つ。
「下手人は、フォルタスとセレトだけ?じゃあ首謀者はフォルタスなの?」
立ち去ろうとしているクルスの背中に、リリアーナは、最後の問いかけをする。
「…。多分な」
一瞬、言葉を詰まらせながらクルスはこちらも振り向かずに応えた。
その一言から、リリアーナは、クルスが何かを隠していることを実感する。
だが、その真意を問いただす前に、彼は部屋を出て行った。
第三十一章に続く




