幕間2-27
幕間2-27
ガタリ。
戦いの場からリリアーナが立ち去り、残ったのは、物言わぬセレトの遺体のみ。
だが生きた者がいるはずがないこの場所では、物音がしていた。
ガタガタガタ。
そしてその音は、徐々に勢いを増してくる。
ミシ。ガラ。
同時に、建物の崩壊も始まり、徐々に建物にひびが入り始める。
パシン!
そして、一際大きな音が響くと同時に、部屋は一気に崩れ瓦礫の山へと姿を変えていく。
だが、その瓦礫の山がセレトの死体に当たり、その肉の塊を潰した瞬間、体中から黒い霧が放たれる。
そして黒い霧は、空中に集まり、一つの形を取った。
「おやおや。哀れなものだね、神話の悪魔と繋がった者でありながら、このような醜態をさらすとは。慢心?驕り?いやはや、堕ちるところまで堕ちたのかい?きひひひ」
そんな黒い霧に向かって、一人の女性が笑いながら声をかけてくる。
「黙れ、小娘。この身は、脆弱すぎる。それ故のこの様だ」
そんな言葉に、しゃがれた声を発し、黒い霧は応える。
「おや、そちらが出てきましたか。これはこれは、お初にお目にかかります。私、ユラという、そちらの御身の依り代である者の知人でございますよ。エルバドス閣下」
その様子に、わざとらしく佇まいを正して返事をする。
「ほう、貴様、それなりに力を秘めているようだな。ならその身、我に捧げるがいい」
黒い霧、エルバドスは、余裕がない声で吠えるように話しながら、徐々にユラに近づいてくる。
「いやはや。こんな一介の魔術師にご興味をお持ちいただけるとは嬉しい限りで。ただ、この身に触れるには、まだ少し、力が足りないようですな」
だがユラは、そんなエルバドスの態度にも焦らず、ただただ冷たい目で、徐々に迫ってくる黒い霧を見つめている。
「何を言って、うっ、こっこれは?」
そして黒い霧がユラを包みこもうとした一瞬、その動きは完全に止まり、そのまま霧は一気に霧散をしていき、霧が完全に無くなったその場所には、ぼろぼろの状態のセレトが立っていた。
「くそが。一度死にかける羽目になるとは。あのくそアマが!」
怒りの声を上げながら、身体を強引に立たせるセレト。
その身は、一目でわかるほど消耗をしている。
「ひひひ。いやはや酷いやられよう。悪魔の力を得たと言っても、所詮その身には過ぎた力なのでは?持て余した力は、その身を破滅させるだけですよ。くくく」
そんなセレトを眺めて、ユラは心底愉快そうに笑う。
「ちっ!なぜお前がここにいる?なんなら、本当にこの身の贄にしてもいいんだぞ」
吐き捨てるようにセレトは言葉を放つ。
「なに、貴方が逃した小娘が造ったルートを使って戻ってきただけですよ」
笑いながらユラは、返事をする。
「ふん。ネーナのことか?」
つまらなそうにセレトは問いかける。
「えぇ。あれを逃すとは、貴方も腕を落としたのでは?ひひひ」
ユラは、こちらを挑発するような口調で応えてくる。
「ふん」
セレトは、つまらなそうに鼻を鳴らした後、嘗ての部下の死を悼むように黙り込む。
「それで、貴方はこれからどうするの?」
そんなセレトの沈黙を破るように、ユラは愉快そうに声をかけてくる。
「さあな。俺は、やりたいように生きるだけだ。まずは、力を蓄えようと思っているがな」
そう言うと同時に、セレトは魔力を込めだす。
負傷した身体に負荷をかけながら、強引に放たれようとしている魔術は、ユラに向けられていた。
「おやおや。セレト様。あれだけの目にあいながらも、まだ自身の野望を捨てない姿勢、見ていていっそ清々しいですな。ひひひひ。だが、貴方には、一つ頼み事をさせて頂きますよ」
そう言いながら、ユラは懐から一枚の羊皮紙を取り出す。
「?なんだそれは?」
セレトは一瞬困惑した様子で羊皮紙に目を向け、その正体に気が付いた瞬間、慌てて込めた魔力を放とうとした。
だが、それよりもユラの方が早かった。
「静まりなさい。エルバドス」
ユラの言葉に反応して、彼女が手に持った羊皮紙は、鈍く紫色に文字を光らせ始める。
「くそ、証文か」
その瞬間、セレトの身体の動きは止まり、腹立たしそうに言葉を吐き出す。
「えぇ。エルバドスは過去にその欲望を叶えるために、ある人間と自身の力を対価に契約を結んだ。その支払い、まだ残っていましてね。きひひひひ」
笑いながら、ユラは証文を振るう。
同時に、文字が光りながらセレトの動きを徐々に封じていく。
「エルバドスの伝承か!くそ!神話の与太話に足を掬われるとは!」
セレトは口惜しそうに言葉を漏らす。
「悪魔をその身に宿すという事は、悪魔の力を得ると共に、それを縛る物も同時に引き受けるという事。少々迂闊でしたなぁ。セレト卿。くくく」
そう笑いながら、ユラは、既に抵抗する力を失ったセレトの頭に右手を乗せる。
「では、戻りましょうか。貴方の力が求められる場所に」
そう言いながらユラは、移動用のゲートを開く。
「覚えておけ。その証文は、決して無限ではなく、限界も近い。それが訪れた時、お前にゆっくりと報復をしてやる」
悔しさと怒りが入り混じった表情を向けながら、しかし身体は従順に、ユラの指示に従い動かしながら、セレトは呪詛を吐き捨てる。
そしてまた一つ、物語が動き始めることとなった。




