第二十四章「心眼が見つめる」
第二十四章「心眼が見つめる」
セレトは、黒い鎌を構えながら近づいてくる。
だが、リリアーナは、まだ動きを取れずにいた。
セレトから投げつけられた黒い短刀は、自身の身体を傷つけただけではなく、自分の身体を地面に縫い付けたかのように動きを封じている。
指一本も碌に動かせずに近づいてくるセレトを睨みつけるしかできない。
セレトは、まるで死刑執行人のように、落ち着き払いゆっくりと近づいてくる。
「いやいや。君との腐れ縁もここまでか。いや、本当にここで終わりにしたいものだよ」
そこでわざとらしく笑いながら、セレトは、鎌を高く上げて振り下ろす準備をする。
あれが振り落とされるまであと少し。
何とか動きを取ろうとリリアーナは、力を入れるが、やはり身体は動かない。
「さて、アリアナを始末してくれた恨みも無いわけではない。手早く終わらせるとするか」
そして彼の手が鎌を下す。
その一撃は、自身の首をあっけなく刎ねるだろう。
ガキン。
だが、その一撃はリリアーナの首を刈ることなく止まった。
「いよお。セレトの旦那。お探しをしましたよ」
グロック。
リリアーナと共に共和国入りをしていた男が、リリアーナとセレトの間に割り込み、その一撃を止めていた。
「そうねえ。それにしても聖女様。単独行動をしてこの様なんて、貴方もなかなか間抜けね」
そして笑いながらネーナがグロックの後ろからゆらりと現れる。
「おや、お前ら。まだ生きていたか。不愉快な話だ」
一転、つまらなそうな表情でセレトは言葉を返す。
「へへへ。そう言えば旦那。アリアナの奴はどうしましたかい?いつものようにピーピー喚いてきませんが」
そんなセレトにグロックは、小馬鹿にしたような言葉を続ける。
ガキン。
瞬間、セレトが放った黒い槍がグロックの顔面に向けて放たれる。
その一撃を、グロックは刀で防ぐ、距離を取る。
「もうね、貴方の時代は終わったの。ここで退場してくださらない?」
そう言いながら、ネーナが四方から短刀を投げつける。
グサリという音と共に、セレトの身体が貫かれる。
「ふざけるなああ!裏切り者どもが!」
だが怒りの声を上げながら、ダメージ等受けていないかのようにセレトは距離をつめてくる。
「はは!あんたも腕を落としたな!昔と違って、その動きに脅威を感じないな!」
笑いながらグロックは刀を振るい、セレトの攻撃を受け流している。
ガチン。
刀同士がぶつかり合い、音が響く。
「ウロチョロしないでほしいね!」
そう言いながら、ネーナが短刀を投げてグロックの援護をする。
「はっ!二人でこの程度とは、所詮、親父程度にしか見出されない雑魚が!」
しかしセレトは、身体に攻撃を受けながらも巧に致命傷を避け、反撃の機会を窺っている。
勿論、グロック達もそれが分かっているから、その口調に反して、少し距離を置いた戦いを続けている。
「くそ!埒が明かねえ!」
だが、グロックがそう叫びもう一本の刀を抜いて二刀流になると、流れが一気に変わった。
攻撃を防ぎながらも、セレトはその攻撃を明らかに裁き切れておらず、順調にダメージを蓄積しているようであった。
「ちっ!少しは腕を上げたか?」
そう言いながら、距離を置いたセレトは、黒い短刀を牽制として放つ。
グロックが、その攻撃をどう避けるか。
いずれにせよその動きを見て、止めを刺す。
「無駄だああ!」
だが、グロックは片手で一刀をセレトに投げつける。
その一撃は、セレトが放った黒い短を弾き飛ばして彼の喉笛に向けて向かってくる。
「くそが!」
そして、セレトは当然のように黒い霧となって逃げようとする。
「あぁ。それは減点ですよ。坊ちゃん」
そう、ネーナの声が響き、それに応えるようにグロックのだみ声も響く。
「残念。引っかかったな。」
そして、ネーナが投げた複数の短剣が、簡易的な結界を作りセレトの逃げ場を封じ込む。
「捉えた!」
グロックの声が響き、同時に刀による突きが霧に向けて放たれる。
グサリ。
刀身は、実体がない霧に当たったにも関わらず、肉を裂く様な音が響く。
同時に、リリアーナを捕えていた戒めが解け、彼女の身体に自由が戻る。
「心の一法による心眼は、実体無き実体を捕えるか。はははは!ついに、ついにあんたを捕えたぞ!苦労して身に着けたこの力で!」
グロックの笑い声が響く。
同時に、黒い霧が徐々に実体を伴い始め、そこには、身体を貫かれ、胴を深く裂かれたセレトが現れてくる。
「よくやったわ!グロック。これで私たちの任務も完了ね!」
笑みを浮かべ、ネーナが叫ぶ。
「あぁ!ようやくあんたを、俺の心に影を残すお前を、捕えることができた!くっくくく!坊ちゃん、俺の心残りを解消してくれてありがとうよ!最高の気分だぜ!」
どこかおかしいぐらいの高揚を見せながらグロックは笑う。
その目には、目的を達成した歓喜故か、それとも嘗ての主を討った悲しみか分からないが、涙らしいものが光る。
「そうか。よかったな」
だが、戦いが終わったという空気は、セレトから淡々と発せられた言葉によって打ち破られる。
同時に、裂かれたセレトの身体から伸びた黒い巨大な腕がグロックの頭を握る。
「えっ?」
グロックが状況を理解せず、間抜けな声を上げる。
「嘗ての部下だ。せめて苦しまずに逝かせてやるよ」
セレトは、わざとらしく笑う。
「な、ぜ?」
徐々に自分の頭を握る力が強くなる黒い腕により身動きが取れないグロックの言葉が漏れる。
グチャリ。
そして、一瞬の間が置かれ、グロックの頭は、セレトの黒い腕によって握りつぶされた。
「この身に悪魔が宿されている。ただそれだけの話だよ」
物言わぬ死体となったグロックを見下ろしながら、セレトは呟く。
その目には、涙もなく、ただただ冷たい視線だけがあった。
第二十五章に続く




