幕間2-23
幕間2-23
目の前にある酒を飲みながら、ワーハイルは苛立ちを抑えようと拳を握りしめる。
全ては、順調なように見えながら、少しずつ歯車が狂っていた。
共和国に送りこんだ者達のおかげか、国境付近での襲撃事件はめっきりと減った。
だが、共和国内からの報告は碌に入らず、まれに入ってくる情報は、自身の意向に沿わないものであった。
「失礼します。フォルタス卿がお見えですが」
そんな中、部下の一人によって来客が告げられる。
「フォルタス?約束はなかったと思うが、まあいい、通せ」
特別な約束はしていなかったが、このような状況である。
少しは気晴らしになるだろうと思い、入室を許可することにする。
来客を告げた男は、軽く一礼をすると客人を通すために室外に出て行った。
フォルタス。
王国内における自身の理解者であり、信頼のおける数少ない手駒の一つである男。
最も、今の密接な付き合いに対し、彼との付き合い自体は決して長くはない。
自身の父親が国王の弟ということで、昔からワーハイルの周りには、様々な人間が集まってきた。
最も、ワーハイルも父親にも王位の継承権等はない。
よっぽどのことがあれば、自分達にも王位継承というチャンスはあっただろうが、彼の父親はそのような立場は身の丈に合わずと、早々に王家から距離を取り、あくまで兄の補佐に回るという立場を明確にし、ほとんど実権を持たない閑職へと自ら身を引いた。
故に、王国内である程度の力を持っている者達は、何の力を持たないワーハイルと積極的に関係を持とうとせず、逆にまともな方法では王家と繋がりを持てないような如何わしい者達が、彼の王族という血筋のおこぼれを預かろうと接触をしてくる有様であった。
そんな中、フォルタスは異質な存在であった。
代々続く貴族の一族であり、古王派という一大派閥内でも力を持っている存在。
当然、王族からの覚えもよく、自分のような存在に頼る必要等、全く無い実力者。
だが数年前、退屈なパーティーに出席をしていた時、偶々話をする機会があり、そこで二人は互いにウマが合うことを確認をした。
当初、下手な失言を恐れ、会話の内容に気を使っていたワーハイルであったが、フォルタスがどこにも繋がりがないことを確信して以降、徐々に心を開き、気が付けば、自身の野望や考えを彼に話していた。
フォルタスは、そんなワーハイルに対して無駄に取り入るようなことはせず、こちらの話を真剣に聞き、相槌を打ち、時には反論をして対等な立場で話をかけてきた。
そしてワーハイルの個人的な問題の解決に協力をしてきたフォルタスであったが、ヴルカルの失踪後、その力はさらに増し、今ではワーハイルの右腕となっていた。
「失礼します。おや、どうされましたか?」
部屋に入ってきたフォルタスは、記憶をたどっているワーハイルに少々円了をするように声をかけてくる。
「何、少し昔を思い出していただけだ」
部屋に入ってきたフォルタスの方に視線を向けながら、ワーハイルは閉じた目を開く。
そして、その表情が一気に曇る。
フォルタスに同伴者がいたからである。
「あぁ閣下。失礼。本日は、私の友人を紹介したくて」
そう言いながらフォルタスは、軽く一礼をする。
それに合わせて、フォルタスの同伴者も、こちらは深々と一礼をする。
「ほう、友人ね」
そう言いながらワーハイルは、フォルタスが連れてきた同伴者に目を向ける。
同伴者は、見れば見る程変わった人物であった。
全身を覆うような薄汚れたローブを深々と被り、その顔は、はっきりと見ることは出来ない。
背の高さは、そこまで高くなく、女とも男とも思える体つきであったが、一言も発しておらず、その性別をうかがい知ることは出来ない。
だが、ワーハイルが顔をしかめたのは、その人物の臭いであった。
無臭なようでありながら、隠しきれない不快なにおいがワーハイルの鼻をついていた。
そして、その人物からどこか不気味な気配が漏れていた。
魔力とは違う、目の前の人物から発せられている感覚によって、ワーハイルは、吐き気のような悪寒を感じていた。
「何、こんななりであるが、それなりに使えるやつなんですよ。こいつは。それより共和国の方は動きがありましたか?」
笑いながら、フォルタスは、ワーハイルに問いかけてくる。
「まだ具体的な動きは入っていない。そろそろ手詰まりかもな」
ワーハイルは、投げやりに答える。
いや、本当はフォルタスに色々と相談をしたいという気持ちはあった。
だが、予期せぬ同伴者の存在が、彼の口調を素っ気無い物に変えていた。
「なるほど。ところで奴が得ようとしている悪魔の力の件ですが、その後の動きは報告がきておりますか?」
ワーハイルの言葉に笑みを浮かべて応えながら、フォルタスは次の言葉を述べる。
「いや、入ってきていない。送った奴らも行方を断った」
吐き捨てるようにワーハイルは現状を短く返す。
そう。
セレトが強大な力を得ようとしていることまでは、こちらでもつかんでいた。
そして、その力をこちらで得るための種も撒いていたつもりであった。
だが、その種が実ることはなかった。
今、ワーハイルには、必要な情報を得る方法も、ここから事態を挽回するための打開策もなかった。
「そうですか。いや、ならこいつの力が助けになるでしょう」
そう言いながら、フォルタスは、傍らに控えていたローブの人物に視線を向ける。
その視線に釣られるように、ワーハイルも視線をローブの人物に向けた。
その人物は、こちらの視線を受けながらも、碌に動こうともしなかった。
「こいつが?」
そうワーハイルが呟いた瞬間、悪寒が一気に増していった。
ローブが降ろされ、その人物が顔を出したからであった。
そしてその瞬間、ワーハイルは声を出そうとした。
だが、もう遅かった。
ローブが降りて、その顔が出た瞬間、ワーハイルの身体は固まり、場は静寂によって支配された。
「さて、ここからは私にお任せください」
ローブの人物が、甲高い、不快な声で話し始めた。
「何、悪いようにはしませんので」
不愉快な声を聞きながら、ワーハイルは、どこか動きを止めた様なフォルタスに視線を向ける。
フォルタスは、感情がない表情で、明後日の方向を向きながら固まっていた。
全てが仕組まれていた。
そうワーハイルは感じたが、もう遅かった。
目の前にある酒を飲みながら、ワーハイルは苛立ちを抑えようと拳を握りしめる。
全ては、順調なように見えながら、少しずつ歯車が狂っていた。
共和国に送りこんだ者達のおかげか、国境付近での襲撃事件はめっきりと減った。
だが、共和国内からの報告は碌に入らず、まれに入ってくる情報は、自身の意向に沿わないものであった。
「失礼します。フォルタス卿がお見えですが」
そんな中、部下の一人によって来客が告げられる。
「フォルタス?約束はなかったと思うが、まあいい、通せ」
特別な約束はしていなかったが、このような状況である。
少しは気晴らしになるだろうと思い、入室を許可することにする。
来客を告げた男は、軽く一礼をすると客人を通すために室外に出て行った。
フォルタス。
王国内における自身の理解者であり、信頼のおける数少ない手駒の一つである男。
最も、今の密接な付き合いに対し、彼との付き合い自体は決して長くはない。
自身の父親が国王の弟ということで、昔からワーハイルの周りには、様々な人間が集まってきた。
最も、ワーハイルも父親にも王位の継承権等はない。
よっぽどのことがあれば、自分達にも王位継承というチャンスはあっただろうが、彼の父親はそのような立場は身の丈に合わずと、早々に王家から距離を取り、あくまで兄の補佐に回るという立場を明確にし、ほとんど実権を持たない閑職へと自ら身を引いた。
故に、王国内である程度の力を持っている者達は、何の力を持たないワーハイルと積極的に関係を持とうとせず、逆にまともな方法では王家と繋がりを持てないような如何わしい者達が、彼の王族という血筋のおこぼれを預かろうと接触をしてくる有様であった。
そんな中、フォルタスは異質な存在であった。
代々続く貴族の一族であり、古王派という一大派閥内でも力を持っている存在。
当然、王族からの覚えもよく、自分のような存在に頼る必要等、全く無い実力者。
だが数年前、退屈なパーティーに出席をしていた時、偶々話をする機会があり、そこで二人は互いにウマが合うことを確認をした。
当初、下手な失言を恐れ、会話の内容に気を使っていたワーハイルであったが、フォルタスがどこにも繋がりがないことを確信して以降、徐々に心を開き、気が付けば、自身の野望や考えを彼に話していた。
フォルタスは、そんなワーハイルに対して無駄に取り入るようなことはせず、こちらの話を真剣に聞き、相槌を打ち、時には反論をして対等な立場で話をかけてきた。
そしてワーハイルの個人的な問題の解決に協力をしてきたフォルタスであったが、ヴルカルの失踪後、その力はさらに増し、今ではワーハイルの右腕となっていた。
「失礼します。おや、どうされましたか?」
部屋に入ってきたフォルタスは、記憶をたどっているワーハイルに少々円了をするように声をかけてくる。
「何、少し昔を思い出していただけだ」
部屋に入ってきたフォルタスの方に視線を向けながら、ワーハイルは閉じた目を開く。
そして、その表情が一気に曇る。
フォルタスに同伴者がいたからである。
「あぁ閣下。失礼。本日は、私の友人を紹介したくて」
そう言いながらフォルタスは、軽く一礼をする。
それに合わせて、フォルタスの同伴者も、こちらは深々と一礼をする。
「ほう、友人ね」
そう言いながらワーハイルは、フォルタスが連れてきた同伴者に目を向ける。
同伴者は、見れば見る程変わった人物であった。
全身を覆うような薄汚れたローブを深々と被り、その顔は、はっきりと見ることは出来ない。
背の高さは、そこまで高くなく、女とも男とも思える体つきであったが、一言も発しておらず、その性別をうかがい知ることは出来ない。
だが、ワーハイルが顔をしかめたのは、その人物の臭いであった。
無臭なようでありながら、隠しきれない不快なにおいがワーハイルの鼻をついていた。
そして、その人物からどこか不気味な気配が漏れていた。
魔力とは違う、目の前の人物から発せられている感覚によって、ワーハイルは、吐き気のような悪寒を感じていた。
「何、こんななりであるが、それなりに使えるやつなんですよ。こいつは。それより共和国の方は動きがありましたか?」
笑いながら、フォルタスは、ワーハイルに問いかけてくる。
「まだ具体的な動きは入っていない。そろそろ手詰まりかもな」
ワーハイルは、投げやりに答える。
いや、本当はフォルタスに色々と相談をしたいという気持ちはあった。
だが、予期せぬ同伴者の存在が、彼の口調を素っ気無い物に変えていた。
「なるほど。ところで奴が得ようとしている悪魔の力の件ですが、その後の動きは報告がきておりますか?」
ワーハイルの言葉に笑みを浮かべて応えながら、フォルタスは次の言葉を述べる。
「いや、入ってきていない。送った奴らも行方を断った」
吐き捨てるようにワーハイルは現状を短く返す。
そう。
セレトが強大な力を得ようとしていることまでは、こちらでもつかんでいた。
そして、その力をこちらで得るための種も撒いていたつもりであった。
だが、その種が実ることはなかった。
今、ワーハイルには、必要な情報を得る方法も、ここから事態を挽回するための打開策もなかった。
「そうですか。いや、ならこいつの力が助けになるでしょう」
そう言いながら、フォルタスは、傍らに控えていたローブの人物に視線を向ける。
その視線に釣られるように、ワーハイルも視線をローブの人物に向けた。
その人物は、こちらの視線を受けながらも、碌に動こうともしなかった。
「こいつが?」
そうワーハイルが呟いた瞬間、悪寒が一気に増していった。
ローブが降ろされ、その人物が顔を出したからであった。
そしてその瞬間、ワーハイルは声を出そうとした。
だが、もう遅かった。
ローブが降りて、その顔が出た瞬間、ワーハイルの身体は固まり、場は静寂によって支配された。
「さて、ここからは私にお任せください」
ローブの人物が、甲高い、不快な声で話し始めた。
「何、悪いようにはしませんので」
不愉快な声を聞きながら、ワーハイルは、どこか動きを止めた様なフォルタスに視線を向ける。
フォルタスは、感情がない表情で、明後日の方向を向きながら固まっていた。
全てが仕組まれていた。
そうワーハイルは感じたが、もう遅かった。




