第二十三章「幻惑と魅惑」
第二十三章「幻惑と魅惑」
"動きが取れない"
状況を把握したリリアーナが率直に感じたのは、その一言であった。
二人に増えたセレトは、今リリアーナを挟むように、彼女を間に挟み対峙をしている。
特別な動きはないが、武器を構え、リリアーナの出方を見ているようであった。
どちらが本体かしら。
この状況の打開を考えながら、リリアーナの頭に次に浮かんだのは、そんな疑問であった。
単純に考えれば、身体の大部分を残している隻腕のセレトが本体であろう。
だが、切り落とした左腕側が本体であるという可能性も十分にある。
既に悪魔の力を得ているセレトである。
これまでの常識が通じないことも十分にあり得た。
最も、互いに睨みあうだけというわけにはいかない。
ここは敵地。
時間の経過が相手を利することがあっても、こちらに有利に働くことはないだろう。
そう考えたリリアーナは、次にセレトが今放っている一手の仕組みを考える。
一見すると、こちらに武器を向けているセレトは、どちらも本物のように思えた。
そして魔力の流れはそれぞれ独立をしており、目の前の二人のセレトは明らかに別個の存在である。
だが、どちらが本物であるか、どんなに魔力の気配を辿っても、二人の動きを見続けてもリリアーナには結論がでなかった。
しかし、一人は本物なのである。
ならば、ここはひとつ強引の手で動くしかないだろう。
そう考えたリリアーナは、相手にばれぬよう、左手に徐々に魔力を溜めていく。
同時に刀を持つ右手に力を入れる。
そんなリリアーナの動きに、セレトは少し警戒をしたような動きを見せる。
勝負は一瞬。
その緊張感を考え、リリアーナは深く息を吸い込み、その息を吐いた。
そして、リリアーナが息を吐き切った瞬間、セレトに一瞬緊張が走るが、リリアーナが動かない様子を見て一瞬、緊張が解けた。
瞬間、リリアーナは右手に握った剣に魔力を込めて、隻腕のセレトに向けて投げつけ、同時に左手に込めた魔力を左腕から生えてきているセレトに向けた放った。
放ち、剣に込められたのは、解呪の術式。
魔力の流れを断ち切る高度な術であるが、それを無詠唱で唱え、油断をしていたセレトに向けて放つ。
「あっ?」
目の前、視線を向けた先に居た、左腕から生えていたセレトは、口から何か言葉を放つと、そのままリリアーナが放った解呪をその身で受ける。
同時に、その身体は一気に魔力の縛りが無くなり霧散をする。
偽物。
そうなると本物は後ろにいる。
そのことを確認し、後方に一気に身体を向けて追撃に光の矢を放つことにする。
こちらの実体を持った攻撃には、向こうも対処が必要である。
故に、こちらが振り向き、身構えるまでの時間ぐらいは稼げるはずである。
そして振り向いたリリアーナの目には、額にリリアーナが放った刃が刺さり、膝をつき倒れそうとしている隻腕のセレトであった。
一見すると、こちらが放った攻撃に止めを刺された図。
だが、その身体が剣に込められた解呪の術式によってばらけていくのを見せられ、リリアーナは焦る。
「囮?!本物はどこに?」
そう口から言葉が漏れた瞬間、真上からの気配を感じたリリアーナは確認より先に一気に回避行動をとった。
急がないと取り返しがつかないという直感が取らせた行動。
だが、その行動が誤りではなかったことは、彼女が立っていた場所に撃ち込まれた大量の黒い短刀が示していた。
「おやおや。これで始末できればよかったんだが」
そして撃ち込まれた黒い短刀が、黒い煤のように舞い上がり、それが人を形どったかと思うと、そこにセレトが立っていた。
「あぁリリアーナ卿が初めだったか。これが私の上官、フィリス卿だよ」
そう言いながら、セレトが腕を振るうと、先程リリアーナの一撃により倒れていたセレトの身体があった場所に黒霧が集まり、そしてそれが晴れると、そこには見たこともない男が倒れていた。
「やはり即興の策ではダメか。君を騙しきれる自信はあったのだがね」
そして、セレトは、何かを試すように両手で魔力による黒い短刀を作り出しては消していた。
そんな様子でセレトを見守りながら、リリアーナは、ふと違和感を感じ、その理由に思い当たり慌てる。
目の前のセレトの、他愛もない語りに、自分は耳を傾けてしまっている。
何が起こっているのかは分からない。
だが、リリアーナは、セレトのその意味のない言葉に、どこか心地のよさを感じてしまっている。
そして、隙だらけのはずの目の前の男が、少しずつこちらに近づいてきているのに、何もせず棒立ちをしてしまっている。
そのことに気が付いた瞬間、どこか拒否感を感じている自身の身体を強引に動かし、リリアーナは、セレトに向けて光の矢を放つ。
放った瞬間、正確には、セレトがその攻撃を避けようと黒霧に身体を変えた瞬間、それまで感じていた身体の重みが嘘のように無くなり、リリアーナは、一気に踏み込む。
セレトの十八番である黒霧による回避。
こちらの攻撃を一方的に避けられる厄介な防御手段にも見えるが、それはまやかし。
何故なら黒霧となっても、こちらとの繋がりを保つため、身体を全て黒霧にできるわけではない。
そして、いくら黒霧となっても核となるものには、こちらも干渉をすることができる。
リリアーナは、自身の直感と、経験に基づき、黒霧の一部を剣で切り裂く。
何もない虚空を切ったような手の感覚に反し、リリアーナの刃は、確かに何かを捕え切った感覚があった。
捕えたと、リリアーナが感じたその瞬間、その身体を多数の黒い短刀が貫く。
「ふむ。さすがは聖女様。まさか捕えられるとは」
少々驚いたような声を上げながら、セレトは、笑みを浮かべてこちらに向けて武器を向ける。
「だが、すでに私の力は前と違う。残念だったな」
動きを取れないリリアーナに向け、セレトは、一歩、一歩近づいてくる。
その腕には、巨大な黒い鎌が握られていた。
第二十四章に続く




