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【完結】魔術師は嘲笑の中を足掻き続ける ~嫌われ魔術師は、策謀と陰謀が渦巻く王国で、その嫉妬と羨望、そしてその力を聖女暗殺に利用されるが、それを受け入れ自身も利用することにした~  作者: 成吉灯篭
第一章 魔術師は嘲笑の中足掻き続ける

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幕間10

 幕間10


 ハイルフォード王国とクラルス王国の国境とされている地点より500m程、ハイルフォード王国側に後退した場所に、その陣地は敷かれていた。

 大規模で整った空間は、この場所が以前から陣地としてそれなりの期間、利用されていたことを示していた。


 陣にいる兵士達は、いつもの日課をこなしながらもどこか緊張した面持で、時折陣の外に見える雄大な山々を見上げていた。

 もっとも、兵士達気にしているのは、当然にその山々ではない。

 その山の麓や、山中に展開されている敵軍の様子であった。


 ハイルフォード王国とクラルス王国が二年前に開戦し、そして一年ほど前にこの国境地点に押し戻されて以降、ハイルフォード王国軍は、この陣を起点に、クラルス王国の追撃を防ぎつつ、反撃の機会を待ち望んでいた。

 一方のクラルス王国側も、ハイルフォード王国軍の撤退当初こそは積極的な追撃を行ったものの、戦況が硬直した今は、自国領土から距離を置いたハイルフォード王国軍を無理に追撃することなく、時折散発的に襲撃をかけるか、斥候を放つ位の消極的な活動に従事していた。


 そのような常に緊張状態が続いている陣の中にある一際大きなテントの中で、司令官であるクローヌは、今しがた本国より届いた書類に目を通していた。

 元々クローヌは、クラルス王国への出兵が計画された際、その第一陣として最前線を突き進んでいた部隊の隊長であった。

 クラルス王国の山々を超え、当時の司令官から矢継ぎ早に繰り出される命令に従い順調に部隊を進めていた。


 こうして順調に敵国の首都へとその歩を進めていたクローヌであったが、その進撃は、クラルス王国が呼び出した援軍、魔獣達の襲撃によって、その道半ばにして頓挫することとなった。

 強大な力を持つ魔獣達による強襲に加え、奇襲やゲリラを中心とした戦術に切り替えてきたクラルス王国軍の手によって、クラルス王国へ派遣されていた部隊は大打撃を受け、這う這うの体での撤退を余儀なくされることとなったのである。

 当時、前線に敷かれていた本陣は、魔物達の襲撃と、ゲリラによる妨害によって、その力を発揮する間もなく半壊。

 司令官や多くの将達を討ち取られ、部隊は統制も取れない状況へと陥った。

 そのような中、何とか生き延びていた数少ない将の一人であったクローヌは、可能な範囲で急ぎ部隊をまとめると、速やかにクラルス王国の領土からの撤退を決断。

 何とかクラルス王国の山脈を抜けて、国境付近まで部隊を下げると、そこで再度部隊を再編し、敵の追撃に歯止めをかけることに成功したのであった。


 その後、敵の追撃が弱まり戦況が硬直したタイミングで、クローヌへ王国より召喚令状が届いた。

 この戦の主だった司令官や将が戦死した結果、クラルス王国へ出兵した部隊の中で最終的にはクローヌがもっとも上位の立場となっていたのである。

 当初、クローヌは、自身に問われる責任の重さを考えると、もはや復帰はかなわないだろうと考えていた。

 クラルス王国に出兵した部隊は半壊。

 任務であったクラルス王国の金山等の鉱山資源の確保は失敗。

 最終的には、何とか国境付近で敵を押しとどめるだけに終わったという、作戦の失敗という結果。

 これらを考慮すると、自身の無罪放免がありえないことを、彼はよく理解していたのである。


 しかし、そのような心配をするクローヌに対し、ハイルフォード王国の上層部の人間たちは、思いの外、寛容であった。

 半壊した部隊、作戦目的の確保の失敗という点を責め立てることなく、クローヌが部隊をまとめて、クラルス王国の部隊を押しとどめたことを評価する声が予想上に多くに上がったのである。

 クラルス王国軍に相手に、手早く退却の指示を出して被害を抑え、敵国の進行を妨げた男。

 そして、使役された魔獣との戦いに慣れており、かつ相手国の地理に詳しく、状況によっては素早い侵攻作戦を任すことができる人材。

 そのような評価を下したハイルフォード王国の首脳部は、引き続きクローヌに当該戦線の維持を命じたのである。


 こうして最終的にクローヌは、自身の名誉挽回、任務失敗に対する懲罰も含めて、引き続きクラルス王国との国境沿いに部隊を展開して現在に至るという状況であった。

 もっともそのような状況下であっても、クローヌは、そこまで悲観はしていなかった。


 先の戦いでクラルス王国軍がハイルフォード王国に優っていたのは、地の利を生かせた戦いができたからであり、現状のような見通しのいい平地においては、軍の練度が優っているハイルフォード王国の方が明らかに優位だったからである。

 加えて、攻め込む場合と違い、守りを中心としたこの場所においては、本国の方から安定した補給が入ることもあり、現状、クローヌの任務は、上々の首尾で進んでいるかのように思えた。


 状況が変わったのは、数ヵ月前。

 再度、クラルス王国出兵の打診を本国の使者が持ってきたのであった。

 その当時は、あくまで参考意見としてクローヌの意見、現在の兵力では厳しいので、増援を求めるという話を聞いて終わったが。

 しかし、ルムース公国との戦いに終わりが見え、主だった戦線の多くが膠着したタイミングで、本国の使者と、将軍達が訪れ、改めてクラルス王国への出兵について相談に訪れた。

 彼らの中では、既にクラルス王国への出兵は、確定しており、そのために必要な物資、兵力、期間について、クローヌの意見を確認すると、改めて連絡をすると述べて帰国していった。

 そして先日、遂にクラルス王国への正式な出兵の決定が通達され、相手国に気取られることなく部隊の編成を行うことと、進軍の計画を練るように指示が入った。


 急な話ではあり、厳しい戦いになることは明らかであったが、クローヌ自身は、この出兵についてそこまで悲観はしていなかった。

 周辺国との小競り合いも安定してきた状況において王国は、クローヌに対し、可能な限りクローヌの要請に従った部隊を派遣することを約束したからである。

 そして、先のルムース公国との戦いを初め、昨今の大規模な戦いにおける各貴族、将軍達の戦歴をまとめた資料をクローヌに送り、同封された手紙には、必要な人材が居れば派遣できるよう協力をする旨まで申し添えられていた。


 先の戦いでは、魔獣という未知の敵に対する対処方法が確立していなかったことによる不覚と、急ぎの出兵であったことによる、兵力の不足が敗因であった。

 つまり、それらに対する対策が取れる今回の出兵は、クラルス王国に十分に勝てると、クローヌは考えたのであった。


 しかし、先ほど本国からの使者が手渡した手紙を読みながら、クローヌはその目論見が早くも崩れつつあることを実感した。

 手紙には、援軍として要請していた、聖女リリアーナが、暗殺事件に巻き込まれ、現在その療養を行っているため、指定していた期日での合流が難しい旨が記載されていた。

 同時に、かの暗殺事件が、教会派貴族達の内ゲバによるものであることから、教会派の多くの貴族の出兵が遅れるという報告が記されていた。


 クローヌは手紙を三度読み、読み終わると、手紙を机の上に置き、右手で額を強く抑えた。

 手紙の末尾には、代わりの部隊を収集し、こちらに急ぎ援軍を送る旨と、その他主要部隊の出兵は問題なく行えるため、クラルス王国への侵攻は、可能な限り予定通りに行うようにと書かれており、クローヌの頭痛をより強めることとなった。


 確かに本国から派遣される援軍の実質的な兵力自体は、当初より要請していた数を十分に揃えている物であった。

 しかし、聖女を中心とした部隊を作戦の中枢に置いていたクローヌにとって、この報告は、信じたくない誤算であった。

 クラルス王国が使役している魔獣部隊に対する対抗策として、聖魔法の使い手が多く所属している聖女の部隊は、今回のクローヌの侵攻作戦の要となる存在であった。

 魔獣達が苦手とする聖魔法の使い手たちを多数有した部隊を進撃させて、相手の主要戦力である魔獣部隊の動きを防ぐ。

 そうして、軍の練度自体は優っている自国の部隊で、確実に相手部隊を撃退していく。


 特に聖女リリアーナは、そのような魔獣の討伐にも多数の実績があり、その部隊の練度も高いことから、クローヌが特に期待をしていた人材である。

 そのように考えていたクローヌにとって、リリアーナとその配下達の参戦がないまま、開戦となることは、悪夢以外の何物でもなかったのである。


 もっとも王国は、代わりとなる部隊の補充は行った。

 求めていた魔獣退治に功がある部隊とは違う、普通の軍隊であったが、これにより、当初からクローヌが求めている兵力自体は、確保できた計算となってしまう。

 結果、クローヌ自身は、この場でこの出兵を止めるという選択肢がなくなってしまったのである。


 互いの政治闘争に、現場を巻き込んでいる王国の野心的な貴族達を心の中で罵りながら、クローヌは改めて使者に顔を向ける。

 使者、涼しい顔をしながらクローヌの回答を待っていた。


 「指令、確かに承りました。早速出兵の準備に入る旨、本国にお伝えください。」

 クローヌの淡々とした言葉を受けて、使者は、一度頷くと、そのまま退室をした。


 そのまま閉じたドアを見ながらクローヌは改めて作戦の見直しをする。

 編成予定の部隊のリストを眺めなおし、地図を広げ、部隊の編成を考える。


 ふと、部隊のリストを見ていたクローヌの目が留まった。

 「セレト」。

 その名前は、クローヌに見覚えがあった。


 元々、武功だけで成り上がった一族の出で、特に後ろ盾もない状況の中、多くの者に嫌われている男だった記憶があった。

 魔術を嗜み、部隊の練度も決して低くはないものの、その生まれと、政治力の無さから、禄に出世もできていない状況であることは、噂で聞いたことがあった。

 クローヌは、慌てて王国から送られてきた貴族達の資料をひっくり返したように見直す。


 そして見つけたセレトの項目を改めて見直す。

 魔術を使い異形の者達を使役している噂…、生き残るために貴族や騎士が忌避するような戦術も積極的に採用するなりふりの構わなさ…、魔獣討伐の実績…。

 加えて、彼自身が誰からも必要されていない、王国でのつながりの弱さ。

 何より、聖女リリアーナとの確執があり、結果その周辺の教会派の貴族達を中心としたメンバー達からの嫌われっぷり。


 これらを流し読みをしたクローヌは、口元をゆがめて、改めて地図を見る。

 そして主要部隊を進めていく予定の侵攻ルートの位置を確認しながら、そこから離れた遠方の別ルートを指でなぞっていく。


 聖女の部隊の未参戦は、予想外であり、正攻法で部隊を進めていくのが難しくなったことは、確かであった。

 しかし同時に、それならば別の手を使って戦況を変えていけばいいだけの話である。


 王国からの当初の指示では、聖女やセレトに限らず各貴族達については、できる限り同部隊に所属させて運用するようとされていた。

 もっとも、それは正攻法で戦を進める場合に、外からの援軍である貴族部隊については、必要以上の損耗を抑えるために出された指示であることは明らかであった。


 現在は、非常事態であった。

 そして、貴族ということで他の貴族達とまとめられてこそいるものの、セレトという貴族は、その政治的立ち位置等を考えると、貴族として認められていない貴族であることは、明らかであった。

 そのような存在を、有効活用することについて、必要以上の非難は受けまい。


 そう考えたクローヌは、セレトの名前を心に刻み口元をゆがめた。

 それは、ひたすらに侮蔑に溢れており、哀れな駒に対する同情や憐憫の情は一切なかった。

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