幕間2-21
幕間2-21
「貴様、何をした?」
苦しそうに息を吐きながら、フィリスはセレトに問いかける。
少なくても当初の計画では、このような展開は全く予想されていなかった。
共和国という国においてセレトが犯している様々な失態。
そしてセレトが望んでいる、この国における高い身分と地位。
それらを交渉材料に、セレトを支配下に置き、この国での自身の立場を固めていく。
フィリスにとっては、ただそれだけの話であった。
だが腐ってもセレトは歴戦で生き延びてきた魔術師であった。
そしてハイルフォード王国では、政治的な力も、まともな後ろ盾も無いために冷飯を食らい続けてきたセレトであったが、同時に敗北寸前という際どい立場に置かれ続けているが故に見えている物があった。
「何、探し物を見つけただけですよ。いやしかし、こんなわかりやすい場所に隠しているとは。貴方も案外詰めが甘い」
呆れたように言いながら、セレトはフィリスに一歩近づく。
「悪魔の一部を身体に取り込むとは。いや、そこが貴方にとって一番安全で安心なな隠し場所なのでしょうが」
苦しそうに後ずさり、距離を取ろうとするフィリスを、徐々に部屋の隅に追い詰めながら、セレトは言葉を続ける。
「だがね、それはあまりにリスクが高いやり方だ。私のような者であればいいだろうが、それは君には荷が重すぎる」
喋りながらセレトは、一歩、一歩近づいてくる。
同時にフィリスの体内で感じる痛みは、より強さを増してくる。
「そうかい!忠告をありがとう!それでセレト卿、君は私の依頼に応えてくれないのかい?この悪魔の力を自由に振るわせてくれないのかい?」
だがフィリスは、そんな痛みを振り払うように大声でセレトに問いかける。
もはや反乱は確定的であった。
セレトは、こちらの思う様に動くつもりはない。
だが、それならそれでいい。
悪魔の角を体内に取り込んだことで、多少なりとは、その力を行使することはできる。
そして、セレトの周りに、今その助けとなるような存在の姿はなかった。
今なら、彼に力の差を見せつけ、軌道修正も十分に可能なはずである。
「何、貴方の依頼に最低限応えては上げますよ。その悪魔の力をこの地に呼び込むぐらいはね!」
笑いながらセレトは腕に魔力を込める。
「ふざけるなぁ!」
激昂するフィリス。
その気持ちに呼応するように、悪魔の角が身体中にその魔力を回す。
そして、その魔力により具現化された黒い槍でセレトに襲い掛かる。
このままセレトを無力化する。
「申し訳ない。貴公とこの国にも、もう用はないのだよ」
そう言いながら、セレトは呪文を唱え始める。
「うおおおお!」
フィリスの黒い槍は、セレトの心臓に向けて一直線に向かう。
悪魔の魔力をベースに造られた槍である。
その力は、セレトの持つ中途半端な再生力も、魔力による防壁も無効化し、彼に止めを刺すであろう。
「だから無駄ですって」
だが、セレトが呪文を唱え終え、哀れみを込めた口調でフィリスに話かけながら腕を振るった瞬間、その黒い槍は一気に霧散する。
そして、同時にフィリスの身体は金縛りにあったように動きを止められる。
「貴様、何をした」
身体中を襲い掛かる激痛と、指一本碌に動かせない状況に困惑しながら、フィリスはセレトを睨みつける。
「あぁ愚か。なんと愚かな。貴方が取ったその選択の何と愚かしいことか」
笑みを浮かべながら、呆れたようにセレトはフィリスに問いかける。
「何が言いたい?」
徐々に動きを取れなくなる身体に恐怖をしながら、フィリスはセレトに必死に問いかける。
「悪魔の角を体内に入れておけば、簡単に力を手に居られ、他の干渉を防げるとでも思ってましたか?それともオタクが抱えている魔術師は、所詮、その程度の力量なのですか?」
セレトの笑いは止まらない。
「単純な話ですよ。その程度のプロテクト、多少強引な方法であれば簡単に破ることができるのですよ。そう、例えば悪魔の本体をこの地に召喚し、強引に融和をさせるとかね」
そう言いながらセレトは、倒れているフィリスの目の前に手のひらを広げて見せる。
そこには、黒い球体が浮かんでいた。
「?!それは?」
息も絶え絶えにフィリスは問いかける。
「貴方が望んだものではないですか。フィリス閣下。エルバドスの本体ですよ」
おどけた口調で、セレトは応える。
「おや信じられませんか?何単純な話ですよ。悪魔という別の世界の存在は、こちらに呼び出すことができても、その力が強大であれば、この地に存在を固定することが難しいと言われております。なら簡単だ。この地にその力だけを固定するように結び付けてしまえばいい」
そう笑いながら、セレトは、黒い球体を持つ手を引っ込める。
「向こうの世界とこっちを簡易的につなげ、エルバドスをこちらに呼び出す。だが、肉体は与えず、魔力のまま霧散だけしないように固めておく。それだけの話ですよ。さて、フィリス様。大変申し訳ありませんが、こいつは、自身の欠けた身体を求めているようでね。いや、所詮魔力の塊に近い状態。思慮等無く、ただの本能に近いようなものですがね」
そう言いながら、セレトは、手のひらを広げる。
「まあ、こんな近くにあったのが僥倖というべきなのかもしれませんが。一旦、その力を取り出させて頂きますかね」
瞬間、セレトの手のひらの黒い球体が揺らめき、同時にフィリスの身体から一気に力が抜ける。
「エルバドスの力、悪くはないか」
力尽き、倒れているフィリスを眺めながらセレトは呟く。
瞬間、部屋の扉が開かれ、リリアーナがこの部屋に飛び込んできた。




