第二十一章「打ち払う光」
第二十一章「打ち払う光」
その魔力に先に反応したのはアリアナであった。
対峙していたリリアーナに背を向け、一気に魔力の発生源に向けて脱兎のごとく駆けだした。
「?!待ちなさい!」
一息遅れて反応したリリアーナは、叫ぶと同時に光の矢を放つ。
ボシュ。
だが光の矢が刺さった瞬間、アリアナの身体は黒い霧へと霧散し、その攻撃を避ける。
「はは!そんな単純な攻撃が効きますか!ばあか!」
霧から戻った足を動かしながらこちらを振り向き、アリアナは、こちらに心底馬鹿にした口調を向けてきた。
「どっちが馬鹿?」
だがリリアーナは、再度、魔力を展開する。
瞬間、アリアナが避けた光の矢が複数の光弾に変わりアリアナに襲い掛かる。
「ちぃ!」
アリアナが舌打ちをする。
黒霧化は、短時間に何度もできないのだろう。
アリアナは、足を止めて、腕を振るい魔力の塊を黒弾として打ち出しリリアーナの攻撃を迎撃しようとする。
バン!バン!
魔力同士がぶつかり合う、独特の音が響き、白い光が発光し、黒い煤のようなものが飛び散る。
互いの攻撃が相殺され一見すると互角に思えるような攻防。
だが、足を止め、リリアーナの仕掛けた攻撃に対応した時点で、アリアナの負けは決まっていた。
「遅いわね!」
魔力同士がぶつかり、相殺し合う中、ただ立ち止まり、その対応に追われていたアリアナに対し、攻撃が飛び交う中を走り抜けたリリアーナ。
この二人の反応の差が露骨に表れる形で、背後に回ったリリアーナの剣による一撃が、アリアナの左肩を貫き、彼女を地面に張り付けた。
「ぐぎぃ!」
アリアナが悲鳴を上げる。
恐らくこちらの動きに合わせて反撃をしようとして取り出された黒い鎖が霧散する。
魔力で身体を強化し、そう簡単に死なない身体と言えど、痛みは感じているのであろう。
いや、リリアーナの魔力で強化された一撃だからであろうか。
剣を通し、傷口よりアリアナの身体中に送り込まれたリリアーナの魔力により、アリアナの魔力の流れは乱され、その自身の体内を傷つけている。
同時に、この状況から抜け出そうとしても、乱された魔力により碌な魔術も使うことができない。
むしろ地面に倒されながらも、意識を失わず、こちらを睨みつけてくるその胆力こそ驚くべきことに思えた。
「もうこれでお終い?なら大人しくていてね!」
リリアーナは肩で息を吐きながら、手に持つ剣に力を込める。
このまま、アリアナの動きを封じながら、一気に身体を切り裂く。
「くそったれ!」
アリアナが叫ぶと同時に、ザシュという音と共に、左肩から首に向けて刃が動きアリアナの身体が二つに分かれた。
血が噴き出し、アリアナの身体がしばらくピクピクと痙攣するように動くが、それもやがて止まった。
黒霧化もしない。
魔術が発動する様子もない。
最後までセレトに従った、彼の最後の部下であり忠臣。
黒い魔女の最後であった。
リリアーナは、剣を引き抜き、アリアナの動きが止まったことを確認すると、一呼吸をして走りだした。
セレトの魔力はどんどん強まっている。
だが、その場所までの距離もあと少しである。
既にセレトの持ち駒は全て奪い取った。
この因縁に決着をつける時が来たのであろう。
魔力の反応に合わせて一つの建物に入り、階段を駆け上がる。
そしてより強まる魔力の気配が感じられる部屋の戸を一気に開けて室内に駆け込んだ。
「おや、久しぶりだね聖女様。なぜこんな場所に?」
その部屋の中では、セレトが立っていた。
突然現れたリリアーナに対し、そこまで驚いた様子もなく、余裕すら感じさせる態度でこちらに振り向き、身体を向けてくる。
「アリアナは、ダメだったのか?いやはや残念だ。あいつはそれなりに有能だと思ってたんだがね」
わざとらしく笑いながら、セレトはリリアーナに問いかけるのではなく、独白を続ける。
「それで貴方は欲しい物を手に入れたの?ドブネズミの魔術師様?」
そんなセレトの言葉を止めるため、リリアーナは挑発的な態度で問いかける。
「いや全くだ。こいつは手段に過ぎないからな。欲しい物を手に入れるのは、これからという所かな」
セレトは、笑いながらリリアーナに応える。
その身体から放たれる魔力は、これまでのセレトの物とは確かに違っていた。
「魂まで変質させたの?自分の力では無理と諦めて、ただ楽な道を選んだだけじゃないの?」
アリアナとの戦いによるダメージは大したことはない。
魔力も十分にある。
だが同時に、セレトの異質な魔力は、リリアーナにどこか恐怖を感じさせていた。
「これを手に入れられるのは、俺だからこそだからな。楽な道だとは思わんよ。いや、しかし話を戻すがアリアナが負けるとはな。腐っても俺の一番弟子だ。あんたみたいな奴との戦い方はよく教え込んだつもりだがな」
そしてアリアナに思いを向けたのか、セレトは一瞬目を閉じる。
「彼女、感情に支配されすぎていたわ。師匠に似て心が弱いようね」
無理に笑いながらリリアーナは言葉を返す。
どこかおかしい。
セレトから感じる魔力。
そこに混ざるおぞましい感覚。
だからこそ、無理に虚勢を張りながら声を出す。
「いやはや、耳が痛い。さて、そろそろ結論を出そうか」
そう言いながらセレトは魔力を練り始める。
その動きに合わせてリリアーナも剣を抜いた。
二人の戦いが今始まろうとしていた。
第二十二章に続く




