第十七章「初戦の攻防」
第十七章「初戦の攻防」
「うぉおお!」
ラルフが叫びながら刀を振るう。
ガチン。
それをリリアーナは、軽く受け流しながらラルフの様子を確認する。
見たところ、ラルフは、外部からの干渉を受けて一時的に意識を乗っ取られているようであった。
そしてラルフの意識を乗っ取った術は、そこまで高位の術ではなく、せいぜい彼の意識を混濁させ適当に暴れさせるだけの簡易的なものであろう。
故にリリアーナは、彼のめちゃくちゃな太刀筋にもそこまで苦戦せずに対応ができており、少なくともそこまでの脅威とはなっていない。
だが、そうであってもこの事態は決して好ましい状況ではない。
一つに時間の問題である。
敵の本拠地が近いこの場所で無駄に時間を消費することは、単純にリスクが高まるほか、先程抜け出してきたソラト要塞側でも異変が察知されてしまう可能性もある。
故に、早々に決着をつけたいのが本音ではあった。
そして、単純な術といえども、ラルフ程の男に干渉ができる人物は限られている。
以前ラルフは、セレトに操られたことがあるという事を考えると、恐らくこの干渉はセレトの手によるものである可能性が高い。
更にラルフと何度か切り合う時に、ラルフから流れてくる魔力の波動にリリアーナは覚えがあった。
つまり、セレトにこちらの存在がバレているという可能性も高いという事になる。
ラルフ自体は、操られているという事もあり、本来の実力とは程遠い力で暴れまわっているだけであり、対処は容易である。
だが、リリアーナは彼に止めを刺すわけにはいかない。
少なくても、自身の重要な部下であり、そしてこれからのセレトとの戦いを考えた時、彼の力は必要であった。
「解呪!」
刀を振るい、同時にその刀身に魔力を込める。
ガキン。
リリアーナの振るった斬撃は、ラルフがとっさに構えた刀によって塞がれる。
だが、その刀身から溢れた魔力は止まらず、一気にラルフに浴びされる。
「あ、れ?リリアーナさ、様?」
同時にラルフの周囲に漂っていた魔力が霧散し、彼の意識が戻ったように見えた。
「だ、めです。リリアーナ様、に、逃げ、て」
だが、その瞬間、セレトの魔力がすぐにラルフの身体を覆いその意識を奪っていく。
ガキン。
今度はラルフが振るった斬撃をリリアーナが止める。
そのまま互いに一瞬鍔迫り合い、すぐにリリアーナは大きく後ろに距離を取る。
セレトがラルフに干渉している呪術は、単純な仕組みであり、簡単に解呪できるものの、すぐに再度の干渉を行いラルフを支配していた。
故に彼を解放するためには、予想以上に手間が掛かりそうであった。
最も、無駄な時間をかけている暇はない。
ラルフに干渉をしている以上、セレトは自身の敵であるリリアーナが自分の近くまで訪れている事に、気づいている事は事実であろう。
無駄な力を使いたくないのは事実であった。
ガキン。
再び剣と剣がぶつかり合う。
ラルフは、王国でも優秀な剣士として名を馳せている。
セレトの術の影響で、その技能と力は、多少制限をされているが、単純な剣の腕では、リリアーナでもそれなりに苦戦をするのも事実である。
ガキン。
鍔迫り合いから、ラルフは、一瞬力を抜き、こちらのバランスを崩す。
そして、左手を裏に回し、隠し武器である刀身が短いショートソードでこちらに切りつけてくる。
ザク。
避け損なった刃が、リリアーナの左腕に傷をつける。
ラルフの目は、どこか意識を失いつつも、その意思は、何とか身体の支配を取り戻そうとしている。
だが、先程の様子を見ると、術式を解除し、双方無傷で戦闘を終わらせることは、恐らく無理であろう。
いや、これまでの戦いを考えると、無駄に長引かせれば、リリアーナがジリ貧になるだけである。
これらを頭の中で思考し、リリアーナは覚悟を決める。
自身の切り札を、一つ使うことを決め、そのチャンスを伺う。
「うぉおお!」
ラルフがこちらに大振りで切りかかってくる。
一見、隙だらけに見えるが、生半可な迎撃では、セレトの呪術により痛みなどを無視して動く今の身体では、こちらの防御を吹き飛ばして、強引にこちらにダメージを与えてくるであろう。
だが、中途半端に受けても、こちらの疲れと傷が蓄積するだけである。
故に、リリアーナは、自身の指輪に魔力を込めながら、ラルフの動きに視線を向ける。
そして、大振りの刀は、思った以上の速さで、こちらの首を刎ねようとしたタイミングで、指輪に込められた魔力を解放する。
瞬間、光の鎖が指輪から複数本飛び出し、四方八方に広がった後、一気にラルフの動きを拘束した。
「?うおおおおおおお!」
拘束されたラルフが叫ぶ。
だが、光の鎖は、完全に彼の動きを封じている。
動きが取れずに暴れまわっているラルフを見下ろしながら、リリアーナは一息をつく。
今回の任務のいざという時の切り札として指輪に込めておいた一つの魔法。
相手の動きを封じる光の鎖。
本来、ここでラルフにかけている術を解呪できればベストなのだろう。
だが、セレトから流れている魔力は、未だ切れている様子はなく、ここでラルフの拘束を解いても、同じことを繰り返すだけであろう。
光の鎖は、暴れまわるラルフによって、徐々にその強度を下げている。
これ以上、ここで無駄に時間をつぶすわけには行かない。
「ごめん」
そう呟くと、リリアーナは、ラルフを置いて、一気にセレトの基に向かうことにする。
そんなリリアーナの言葉に、ラルフは、一瞬頷くように首を動かした。
それは、彼が暴れまわった動きなのか、それとも一瞬、意思を取り戻したのか。
いずれにせよ、このまま無駄に時間を消費するわけには行かない。
そう考え、コブルスに向けて走り出したリリアーナの周りは、日の出に合わせ徐々に明るさを増していく。
「初戦は貴方の勝ち。でもここからが本番よ」
コブルスへの侵入経路に向けて走りながらリリアーナは、呟く。
戦闘前、セレトにより二つの手札を使わされた。
大丈夫、まだ手札は十分に残っている。
そう思いながら、リリアーナは、自身の武器をもう一度強く握った。
第十八章に続く




