幕間2-16
幕間2-16
「我が主は、貴方の力を高く評価しております。故に我々がここに来ております」
ワーハイルの使者と名乗ったリーダー格の男は、セレトが手紙を読み終えたのを確認すると、こちらに一生懸命おべっかを使ってくる。
最も、セレトにとっては目の前の男達の口から出る言葉等、まじめに受け取るつもりはない。
ワーハイル。
現国王の弟、ゴナの息子。
王族の一員であり、セレトにとっては雲の上の存在。
ハイルフォード王国に居た頃、何度か見たことはあるが、直接言葉を交わした事等無く、そもそも向こうがこちらの存在を認識して居たかも怪しい。
そもそもワーハイルは、どちらかと言えばリリアーナ達が属していた教会派との関係が深いはずであった。
故に、そのような男の使いと名乗る目の前の人物達の言葉を額面通り受け取る理由はない。
だが、何の打算もなく、王族の人間が危険な場所に使者を出すという理由もない。
つまり、少なくてもセレトと何らかの取引をしたいという点については真実なのであろう。
「故に私にすぐに帰国しろと?」
まずは様子見、軽い返答をして反応を見る。
「いえ、我が主は、貴方にこの国で為してほしいことがあるようです。それが終わり次第、我々が帰国のルートを提供しましょう」
使者は、わざとらしい笑みを浮かべて応える。
「なるほど。それで我々に対する依頼は?」
回りくどい話は、好みではない。
駆け引きをせずに単刀直入に向こうの要望を聞くことにする。
「一つ、今あなたが進めている悪魔の研究。それを持ち帰ってほしいとのことです」
笑いながら使者は要望を述べる。
「?!大した情報網だな。一応秘密裏に進んでいるはずの研究なのだが」
多少の動揺を隠せずに、少し詰まった声でセレトは言葉を返す。
そしてつい最近始まったこの研究について、耳に入れているという事は、目の前の使者達をワーハイルは、今も何らかの方法で連絡を取り合っているのであろう。
最も、それぐらいであれば大した仕事ではない。
適当なところで実験成果を利用し、混乱を生み出して逃げ出すついでに盗み出せばいいだけだ。
しかし、目の前の奴らにそれを渡す必要性があるかはまたの別の話ではあるが。
「我々もそれなりに耳が良いので」
そう言いながら使者は、こちらの答えを促すように視線を一斉に向けてくる。
「あぁいいだろう。それぐらいなら大した負担ではない」
とりあえず向こうの言い分を飲むことにする。
まだ下手に敵対をする必要はない。
不満そうにこちらに視線を向けてるアリアナを無視して、セレトは笑みを浮かべながら答えを述べる。
「あぁ。やはり貴方は優秀だ。話が早くて助かりますよ」
わざとらしい賛美の言葉が返ってくる。
その声を聞きながら、セレトは表情に笑みを浮かべながら、心の中に浮かぶ不快な気持ちを抑えていた。
こいつらの言葉は、こちらを逆なでする。
こちらを明らかな格下とみており、施しを与えるかのように語りかけてくる。
だが、ここまで忍び込んできた使い手達である。
渡された手紙にも、何らかの仕掛けがあることは理解している。
まだ下手に動くべきではないであろう。
「それで後の条件は?」
笑いながら言葉を続ける。
最も、そこには多少の忍耐もあったが。
「あぁ、この地で、貴方と因縁がある相手と決着をつけてほしいんですよ」
こちらの笑みをどう受け取ったの分からないが、こちらに皮肉を込めた様な声で使者が応えてくる。
「因縁?」
セレトは笑みを消さずに相手の言葉を聞き返す。
「何、ご心配はいりません。お膳立ては我々が行います」
笑いながら、使者はこちらに 一歩近づいてくる。
「聖女リリアーナ。今この国に居る彼女を、国内で始末してほしいのです」
そして、秘密を打ち明けるように彼はその名を告げた。
セレトにとって因縁があり、嘗て始末し損ねた聖女。
今、自身がこのような立場になった原因の一つであり敵対していた存在。
「彼女は、あいつは、今ここにいるのか?」
声を抑え、セレトは問いかける。
隣で話を聞いていたアリアナも、先程までの不満げな表情から、どこか驚愕の表情を向けて耳を傾ける。
「えぇ。貴方を探して。そのうちここに辿り着くことでしょう」
とっておきの秘密を、事情を知らぬ者に有利な立場から話す者特有の優越感に溢れた言葉でこちらに使者は声をかけてくる。
「なるほど。それで奴らは今どこに?」
そう言いながら、セレトは自身の魔力の反応、微弱であり、意識をしていないと気づけないような魔力の痕跡が近づいてきている事に気づいた。
「さあ?それについては、おいおい教えましょう。まずは、悪魔の研究の進捗状況を教えて頂ければ、そちらを基に今後の方向性を出せるかと」
目の前の使者は、優越的な地位を振りかざしながら問いかけてくる。
だが、セレトはその言葉を既に聞いてはいなかった。
腕に魔力を込め始める。
いずれにせよ、奴が近づいてきているのが分かった今、目の前のこいつらの存在は不要である。
アリアナが、こちらの意図に気づいたのか、そっと術式を展開し始める。
「?!何をするつもりだ!」
使者の一人がこちらの動きに気づき武器に手を伸ばす。
だが遅い。
アリアナが展開した魔法陣より多数の闇の腕が現れ使者達に襲い掛かる。
同時にセレトが放った瘴気が逃げ場を防ぐ。
「くそ!」
リーダー格の男が展開した障壁はこちらの攻撃を何とか防ぐが、反応が遅れた残り二人は、アリアナが放った闇の腕により四肢を裂かれ絶命する。
その様子を見たリーダー格の男は撤退をしようとするが、既に周囲を包囲していたセレトが放った瘴気により身体が溶かされて先の二人と同じく絶命をしていた。
「こいつら、これを使って王国に状況を送っていたようですね」
そう言いながら、アリアナは、使者の懐に入っていた三センチ四方の色紙を取り出す。
どうも魔力に反応して離れた場所に合図を送る類の道具のようであった。
だが、そんなことはどうでもいい。
反応があった自身の魔力の感覚では、リリアーナがこちらに近づいてきていることが分かった。
あいつともう一度戦える。
だが、そのための舞台を整えるには、まだ時間がもう少し必要であった。
そのため、セレトは反応があった魔力の源、かなり前に術をかけた存在を利用することを考える。
かつて、そいつを操った際に身体に残した魔力は、まだこちらの魔力に反応をしている。
彼女をもう少し足止めするための道具として、セレトは、それを利用することにした。




