幕間2-15
幕間2-15
「そろそろ動くタイミングですかね」
ワーハイルに向けて、フォルタスは恐る恐ると声をかける。
「あぁ」
短くワーハイルは応える。
そんな二人の視線は、今テーブルの上に置かれた一つの封筒に向けられている。
その封筒には、特殊な蝋で封がされていた。
その封筒の封は、こちらから送った手紙が、セレトに届き、彼の手で開かれた時に、その魔力に反応をしてこちらも開くようになっている。
重要な手紙という事で、それなりに優秀な者に持たせているつもりであるが、それでも敵国に亡命をした相手に接触となると危険度も高い。
故にワーハイルとフォルタスは、この封に反応がでるタイミングを、苛立ちを感じながら待っていた。
「いやはや、報告で聞いた予定ではそろそろかと思うのですが、中々待たせてくれる」
そしてその封に反応が出たのは、フォルタスが何度目かになるおべっかが混ざったような口調での、意味のない雑談の三回目が始まった瞬間だった。
蝋で固められた封は、二人の目の前で光だし、そして、音もなく破れ、中に入っていた便箋を吐き出した。
そして二人は無言で見つめ合った後、ワーハイルは、恐る恐ると便箋に手を伸ばし、そのまま開いた。
開かれた便箋は白紙。
だが、それも一瞬であり、そのままその色は青一色に染め上げられた。
「青、ということは」
その色を確認したフォルタスは、安堵の色を浮かべてワーハイルに話しかける。
「あぁ。奴は、こっちに着くという事だ」
その言葉に対し、フォルタスも緊張を解いて応える。
便箋の仕組みは単純。
対となる紙に込められた魔力に合わせて、簡単な反応をするだけの単純な魔道具。
今回、その対となる便箋を持った使者が、セレトの答えを得たタイミングで、それに合わせた答えを送ってきただけである。
赤は、交渉決裂。
青は、交渉成立。
「万が一の保険でしたが、まあうまくいきましたな」
フォルタスは笑みを浮かべながら軽口を叩く。
「あぁ。これでこっちも動きやすくなる。どれ、少し飲むか?」
そう言いながら、ワーハイルは、便箋を机からどけると答えを待たずにとっておきのワインの封を開けて二つのグラスにその中身を注ぐ。
「それは、ハラウン70年産ですか?いやはや、珍しい物をありがとうございます。ではお言葉に甘えて」
そう言いながらフォルタスはグラスを取り、そのままワーハイルとグラスを軽くぶつけると、二人は互いに一気にその中身を飲み干した。
「ところで、送り込んでいる聖女達はどうしましょうか?奴らは、奴らで動いているようですが」
二杯目を注ぎ、その中身を半分ほど飲み干したタイミングで、フォルタスが問いかけてくる。
「奴らについては、そのまま始末させればいいだろう。そのための駒は手に入った」
青一色となった便箋を手で持て遊びながらフォルタスは応える。
セレトがこちらについたのであれば、その始末は、向こうに任せていいだろう。
「わかりました。ところで、クラルス王国と接触をしていた者達の件ですが」
フォルタスはワーハイルの答えに軽く頷くと、そのまま次の懸念について問いかけてくる。
「例の不満分子たちがあの裏切り者と秘密裏に接触をしている件か?安心しろ。手は打ってある」
そう言いながらワーハイルもグラスにワインを注ぎ、そのまま一気に中身を飲み干す。
「既に各所に仕掛けた種の準備は整った。後は、それを育て刈り取るだけでいいのだろう?」
そして軽く笑いながら、ワーハイルは、フォルタスの肩を叩く。
「わかりました。では、そちらの件についても準備を進めるとします」
そう言いながらフォルタスは、ワーハイルに深く頷き返す。
「あぁ頼む」
ワーハイルは、そのまま瓶に残った最後の酒を一気にグラスに注ぎ、送られてきた報告書に軽く目を通しながら、現況を考える。
ここまで来るのに、長い時間が掛かった。
共和国に逃げ込んだセレトは、より強大な力を手にしようとしているが、彼はこちら寝返った。
あの力がこちらにあれば、この国での自身の現状を大きく変えることができるだろう。
聖女リリアーナ。
あの小生意気な小娘。
家柄と、力に、その功績で、この国でその身には余る立場にいる者。
味方でも敵でもないが、味方でない以上、いずれ邪魔になる存在。
だが、彼女を排除する手は打った。
新たに手に入れた力が、その道具だ。
国に害を為す裏切り者達。
奴等には、その末路にふさわしい舞台を用意した。
今は、自分達の仮初の勝利に喜んでいればいい。
「お父上、ゴナ様へのご報告はどうしますか?」
そんなワーハイルの思考を断ち切り水を差すように、フォルタスが父の名を出し問いかけてくる。
「ほうっておけ。もうあの人が関われる話では無くなった」
そしてワーハイルは、そんなフォルタスに対して切り捨てるように、鋭く答えを返す。
国王の弟して生まれ、そこから野心も持たずに、ただただ現国王の下に居続けた父。
彼の生き方は、そこそこの贅沢と、それなりの安心が保証をされていたが、それ以上の物は何も手に入らない人生であった。
そして、あの男がその程度の所で留まるという堕落を選んだが故、今、ワーハイルが、それ以上の物を得るための苦労をすることになる。
そんな立場に自身を追いやったあの男を、この自身が造り上げた素晴らしい舞台に立たせる気持ちなど、自身の髪の毛一本も無かった。
だが、どこか上機嫌なワーハイルは見逃していた。
青一色に染め上げられていた便箋が、机の下で徐々に紫色に変わっていく様を。
全てを自身の思うが儘に進めているワーハイルの思惑の外で、また別の思惑が、その舞台と台本を作り変えつつあった。




