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【完結】魔術師は嘲笑の中を足掻き続ける ~嫌われ魔術師は、策謀と陰謀が渦巻く王国で、その嫉妬と羨望、そしてその力を聖女暗殺に利用されるが、それを受け入れ自身も利用することにした~  作者: 成吉灯篭
第一章 魔術師は嘲笑の中足掻き続ける

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幕間9

 幕間9


 レライアは、目の前の皿に置かれた厚いステーキにナイフを入れた。

 よっぽど上質な肉なのか、調理した人間が優秀だったのか、その厚みに反し、彼が少し力を入れただけでナイフは、沈むように肉の中に入り込んだ。

 肉の切れ目からは、美味そうな匂いが沸き上がり、レライアの鼻腔をくすぐる。


 しかし、レライアは、その匂いを無視するように無表情のままで、その切った肉の塊をフォークで目の前に持ち上げる。

 そしてしばらくその肉を眺めると、意を決したようにそれを口に入れ込み、咀嚼し、飲み込んだ。


 彼の舌に触れた肉は、その油を溶かし、掛けられたソースと共に、その旨味を口の中に広げた。

 歯が当たった箇所は、肉ならではの筋を感じさせつつも、何の抵抗のないもまま噛み砕かれ、内に秘めた味を開放する。


 それは、貴族である彼も、滅多に食べられないような上質な肉であった。


 その味に若干の感動を覚えながら、横に注がれたワインのグラスを持ち上げ中身を飲み干す。

 鼻に近づけただけで、そのブドウの良質な香りを楽しませてくれる液体は、口の中にその香りを残しつつ、滑り込むように喉を通り過ぎていった。


 上質な肉を堪能し、上質なワインを飲めたことに些かの感動を覚えながらレライアは改めて辺りを見回す。


 四方を壁に囲まれたこの部屋は、若干ながら狭いことと、外の様子が分からないことを除けば、概ねレライアにとって満足のいく空間ではあった。

 室内に置かれた家具は、テーブルに椅子とベッドという、生活を送る上での最低限の準備であったが、椅子に敷かれた柔らかいクッションは上等なものであったし、高さもちょうどレライアが腰掛けるのに適したサイズであった。

 ベッドに至っては、一人で横になるには少々巨大なサイズであり、そこには、体を包み込むようなマットと、暖かい毛布に固すぎない枕が置かれていた。

 ベッドの横には、小さな本棚があり、それなりに有名な作家の著名な作品数冊が並べられていた。


 このように辺りを改めて見直していると、急に部屋のただ一つの扉がノックされる。

 レライアが急に室内に鳴り響いたその音に驚いていると、扉の覗穴より一瞬、誰かがこちらの様子を確認し、そのことにレライアが気づくか気づかないかのタイミングで、ドアが開かれ武装をした兵士が二名入ってきた。

 兵士は、レライアに、礼を失しない態度で机から離れるように命じると、一人がレライアの様子を見ている間に、もう一人がレライアの皿を集めて配膳を下げる準備をした。

 レライアは、そんな兵士達の様子を興味深そうに眺める。

 兵士は、そんなこちらを見ているレライアがいないかのように振る舞いながら、荷物をまとめるとそそくさと部屋を出て行き、外から錠を下ろした。


 錠が落ちる音、そして兵士が立ち去る足音を最後に、まったくの無音に戻った室内を、レライアは、改めて眺める。

 普段の自身の屋敷と比べれば、当然に物足りなさこそある空間であるが、この場所の本来の役目を考えれば、これは破格の扱いであろうことは、レライアにも十分に理解ができた。


 ここは、王宮の近くに併設をされたある屋敷の中で、最も高級な一部屋であった。

 用途は、ある一定以上の功績があるような人間、他国の偉人等を収容するための部屋。

 つまるところ、レライアを拘束するために用意された、牢屋の一室であった。

 もっとも牢屋といえども室内は、下手な貴族の屋敷よりも作り込まれており、拘束された者を十分に満足をさせるものであったが。


 そんな空間において、レライアはベッドに腰かけて寛ぎながら冷静に自身の置かれた状況を分析していた。

 その日、朝早くに兵士達が屋敷を取り囲んだ瞬間、レライアは、そのことに驚きこそすれど、抵抗、反論はせずにそのまま連行をされることにした。

 道中、聖女リリアーナの暗殺の容疑が掛かっている旨の話を聞かされたことも驚きはしなかった。


 事実、彼は聖女暗殺を企んでおり、過去に三回程、刺客を送り込んでいた。

 教会派の中堅というには、実績もあり、それなりの影響力を持っている一方、上位と言えるほどには、力を持っていない。

 そんなレライアにとって、昨今、派閥内、王国内で急激に力をつけている聖女の存在は、自身の基盤を揺るがしかねない敵でしかなかったのである。


 もっともレライア自身は、聖女本人自体には何の恨みもなかった。

 むしろ、若いながらもその才覚を以て自身の基盤を作り上げ、自身も積極的に前線にて戦功をあげて一人の英雄として持て囃される、まるで、英雄譚の主人公そのもののような彼女の生き様に対し、羨望、嫉妬だけでなく一種の畏敬の念すら感じていたのである。

 しかし、そのような英雄に対する好意的な感情とは別に、彼女の存在は、自身に対し決してプラスにならないことを、レライアは、長い貴族生活の中で実感していた。

 中年貴族といえる年齢となり、もはやある程度の立ち位置が定まってしまったレライアにとって、後ろから爆発的に成長をしてくる若手とは、自身の立ち位置を切り崩していくだけの存在でしかなかったのである。


 逮捕されたレライアの下、教会派の貴族の上層部や、王国直属の取調官達が入れ替わり立ち代わり訪れ取り調べを行った。

 レライアは、全てを包み隠さず、聞かれたことには素直に答えていた。

 一貴族といえど、レライア自身、これまで多大の功績を持ち、それなりの影響力がある立ち位置である。

 そのような立場の自分を逮捕するということは、それなりに証拠も揃い、もはや言い訳もできない状況であろうことは、長い間、貴族社会で生きてきたレライアは、よくよく理解していたのである。

 もっとも、下手にごまかしたところで、取調官達に、魔術なり、薬なりで、無理やり自白をさせられたであろうが。


 レライアを取り調べた者達は、怒りを見せる者、失望をする者、同情をする者と、様々な反応であったが、一様に聖女暗殺という事件を彼が起こしたことに疑問を抱かなかった。

 聖女の多大なる功績等を理解しながらも、彼女に如何に敵が多いか、皆、理解をしていたのである。

 そして夜を迎えたタイミングで、レライアに対する取り調べは一旦終了し、食事が提供がされたのであった。


 食事の中に、何らかの毒物が仕込まれている可能性をレライアは恐れていたが、食後から一時間以上経った今も、身体には何ら異変が表れていなかった。

 そのことに安堵しつつ、レライアは、ベッドに横になる。

 どちらにせよ、この状況下で何かできるとは思ってはいなかった。

 今の状況は、曲がりなりにも、貴族であるレライアに対する礼儀として提供をされているものにすぎない以上、レライア自身は、この状況をより悪化させる可能性がある行動を取る気など、全くもって無かったのである。


 明かりを弱め(室内の様子を確認するためか、明かりを完全に消すことはできなかった)、ベッドに横になると、急激に眠気が彼を襲った。

 考えてみると、朝から兵士達に連行され、その後はずっと取り調べを受けており、禄に休息も取れていなかったのである。

 このような状況からようやく解放された安堵と、ほぐれた緊張の糸によって、彼の身体に疲れが襲い掛かってきたようにも思えた。


 見張りの兵士達が、明かりが消えたことで、室内の様子をのぞき窓から確認をしたのか、鎧がぶつかるような音がしたが、一気に疲れが襲い掛かってきていたレライアには、そのことを確認する気力はわかなかった。

 そのまま、深い眠りに落ちる寸前、自身にこの話を持ち掛けてきた者の顔が彼の脳裏に浮かんだ。

 取り調べ時に伝え聞いたところでは、多くの協力者達は、拘束をされたようであったが、その者を初めとした何名かのメンバーは、上手く捜査の手から逃げ切った模様であった。

 もっとも、捕まってしまったレライアには、もはや関係はないことであった。

 たとえ貴族であろうとも、このような陰謀を仕掛けた自分の末路は、死罪他ならぬことを理解していたレライアにとって、今後の政治劇の行く末等、もはやどうでもよいことだったのである。

 そのことを考えながら、レライアは、ベッドの中で寝返りを打ちながら、徐々に夢の世界へと落ちていき、そのまま穏やかな寝息を立てながら深い眠りへとついた。


 しかし、夢の世界を漂っていたレライアは、突然に目を覚ました。

 室内に誰かしらの気配を感じたからである。

 時間はわからなかったが、明り取りの小さな窓から外の様子を見るに、まだ夜も空けぬ遅い時間帯であることは明らかであった。


 そのことを確認しながら、室内を見回すと、牢屋のドアの前に、一人のローブを着込んだ人物が立っていた。

 見張りの兵士たちは何をしているのだろうかという疑問を思い浮かべた彼の前で、その人物はローブを脱ぎ、その素顔を彼に晒した。

 レライアは、その顔を見て驚いた。

 それは、先ほど眠りに落ちる前に脳裏に浮かべた顔。この暗殺計画の立案者であったからである。

 ふとレライアは、自身がベッドの上で身動きが取れず、声も上げられないことに気が付いた。

 拘束をされているわけではなかったが、何らかの力が働き、彼が動くこと、声を出すことを封じていたのである。


 目の前の人物が口を開く。

 言葉を発しながら、レライアに徐々に近づいてくる。

 そのことに言い知れぬ恐怖を感じながら、レライアは、ただただ迫りくる目の前の存在を見つめている事しかできなかった。


 翌日、レライアが囚われていた牢屋の周りは、ハチの巣をつついたような騒ぎとなっていた。

 明け方、レライアの様子するために室内を見た兵士が、ベッドの近くに倒れているレライアを発見、すぐに室内に入り確認をしたものの、既に事切れていることを確認したのである。

 外傷はなく、毒物の反応もない死体。

 その表情は、目が開かれ、何かをにらみつけるようなすさまじいものであった。


 聖女暗殺犯の首謀者の死亡。

 レライアの自白で、過去の聖女襲撃の一部が、レライア主導で行われていることは、調べがついていた。

 しかし、その細部、目的、そして他の暗殺計画との関係。

 それらを何も語らぬまま、この逮捕劇は幕を下ろすこととなった。


 二日後、王国は、レライアの病死と、聖女を襲撃した旨の容疑が掛かっていた旨を正式に発表し、この事件に一つの区切りをつけた。

 しかし、複数名の見張りの兵士が部屋の前に常に待機し、周辺もしっかりと警備されていた状況下で、レライアを襲撃したものの正体、手段は、全くもって解明をされることはなかった。

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