幕間2-12
幕間2-12
「私は反対です」
セレトの話を聞いたアリアナは、開口一番そう口火を切った。
「フリーラス共和国、クラルス王国。はっきりと目的、計画が分からない中、彼らに力を貸す必要はないでしょう。それに、あのフィリスという男は信頼ができません」
彼女がこうもはっきりと、セレトに反対の意を示すのは珍しい。
基本、セレトに絶対的な服従を誓っている忠臣である彼女がここまで反対をしているという点で、この件は、あまり禄でもない話なのだろう。
「そうだな。だが、この召憑術とかいう術式、惜しいとは思わないか?」
そう言いながら、フィリスが置いていった召憑術の資料に目を通す。
術式の大半と媒体であるエルバドスの角は、正式に依頼を受けた時に渡すという事で、フィリスが持ち帰っていったが、残された参考資料からも、この秘術の有用性は十分に理解できた。
多少危険があっても、この術式を得ることができるのであれば、それなりのリスクを負うのはやぶさかではないとセレトは考えていた。
「あいつらには、エルバドスを与えてやる、あぁ勿論ある程度コントロールをできるようにしてだがな。その代わり、この術式は我々がもらう。それだけで十分おつりは来ると思わないか?」
簡単に資料を見た限り、多少、エルバドスの力に制限を加えれば、コントロールをすること自体は十分に可能なように思えた。
「そうかもしれません。ただ、彼らは貴方様を利用しようとしているだけです。そんな者達の約束を信じるのは愚の骨頂かと」
しかしこの件についてはアリアナも頑固であった。
「俺があいつらに後れを取るとでも?」
そんな彼女にめんどくさそうにセレトは応える。
いずれにせよ、今の自分に取れる選択肢自体多くはない。
「いえ、そういうつもりではありませんが。ただ私の中であまりよくない予感があるのです」
どこか不安そうにアリアナは、言葉を紡ぐ。
そう。
確かにこちらにとって良すぎる話なのである。
明らかに強大な秘術の情報を、目的があるといえど、セレトのような外部の者の目に晒す等、通常であれば考えられない話である。
フィリス達も馬鹿ではない。
術の完成状況を見て、どこかでセレト達を処分しようと考えていてもおかしくはない話である。
だが、エルバドス程の悪魔をこちらに呼び出すという計画。
その壮大な計画と、それを可能にする秘術の存在にセレトは魅せられてしまっていた。
「アリアナ、お前もクラルス王国を攻め込んだ時に見ただろう?人の身に怪物を宿させ暴れまわる様を。その技術を利用し、より強力な存在をこちらに呼び出せる。その力の一端に触れらるのだぞ」
ゆえに多少強引であっても、彼女を強引に説き伏せようとする。
「わかりました。貴方様がそう望むのであれば、私は、これ以上のことは言いません」
あきらめたように、アリアナは一つ深いため息をつきセレトに従う意思を見せる。
「まあ、そう呆れた表情をするな。アリアナ。これを見てみろ」
そう言いながら、手元にある術の一節の資料を彼女に見せる。
アリアナは呆れた様な表情でその書面を手に取り、中身を見て表情を変えた。
「面白そうだろ?これを少し弄れば色々と活用できそうじゃないか。まあそのためにも、この術を我々が研究する必要があるというわけだ」
クラルス王国、フリーラス共和国は、共にこの召憑術を持て余していたのであろう。
少し調整をするだけで、様々な可能性があるはずの術式であるが、彼らの研究成果という資料を見る限り、そのあたりに手を付けた様子はない。
もちろん、彼らが全ての手札を見せているとは限らない。
こちらに見せていないだけで、他にも様々な研究成果があるのであろう。
だが、例えそうであっても、今渡された資料だけでも十分に活用ができる以上、彼らに取りこぼしが多いのは明らかであった。
「奴等には、望み通り、高位悪魔の力をくれてやるさ。だが俺達は、それ以上の物を得ることができる。悪くないだろ」
そう言いながらセレトは、アリアナの手を取る。
「この召憑術の研究。期限内に奴らが望むレベルの完成を目指すとすると、他の研究を進めるには俺一人では、少々手に余る。お前の力を貸してくれ」
そう言いながら、アリアナの手を強く握り、その瞳を強く見つめる。
「私は、主である貴方の手であり足である。貴方様の望むがままに動くだけです」
その視線を逸らさず、強い言葉でアリアナは言葉を返してくる。
「よし。なら早速この術を紐解くとするか。ただ悪魔を呼び出すだけでは面白くはない。この世界を、もっと混沌に満ちた世にするための鍵がここにある!」
そしてセレトは、術の資料を見ながら、即興で術式を組み、空に魔法陣を刻む。
「ガジロバアア!」
瞬間、魔法陣がきらめき、その光が消えた場所には、黒い翼を持った小鬼が立ちすくんでいた。
小鬼は、叫び声を上げながらこちらに襲い掛かろうとする。
「まっこんな物か」
笑いながら、セレトは小鬼を無詠唱魔法で呼び出した黒い槍で突き刺し拘束する。
「第九位以下の下級の魔物であれば、強引に魔力を使って呼び出すことができる。さて、これを完成させるとするか」
拘束され暴れまわる小鬼を見ながら、セレトは面白そうに笑う。
そう、共和国に入り、ある程度の地位を得て、安定した日々を送りながら、どこか物足りない日々を感じてた。
知の探究、高いリスクと莫大なリターンがある賭け。
自分が求めていたのは、このどこか狂ったような生き様。
その応えを得るための一歩として、セレトは、フィリスの申し出を受けることを決めた。




