幕間2-10
幕間2-10
お咎めなし。
自身の屋敷に訪れたプパトルに、先の失態の処分をぶっきらぼうにセレトは告げられたのは、ワーナスの屋敷を訪れてから一週間後のことであった。
セレト自身、特段自身にミスがあったとは考えていなかったが、中々連絡が入らないこともあり、やや緊張をしていたタイミングということもあって、この結論には少々拍子抜けをしていた。
最も、目の前で不機嫌そうにこちらを睨んでくるプパトルを見ていると、元々大した話でもこの件に対して彼が無駄に食い下がったのかもしれないが。
「いいか。今回は、相手が相手だから大目に見ているということを忘れるな。伝書バトは、伝書バト以上のことをするんじゃない」
そして吐き捨てるようなプパトルの言葉を聞き、セレトは目の前の男が小細工をしていたことを確信した。
「あぁわかってますよ。プパトル様。さて、それで次の仕事は?休暇はありがたいが、いやはや、暇という物は手に入ると、それはそれでつまらないものだな」
慇懃無礼に。だが、最低限の礼は失せずに、目の前の男にセレトは問いかける。
「次の仕事?あぁ届いているよ。ほれ」
めんどくさそうにこちらに命令が記された羊皮紙が放り投げられる。
こちらに対する当てつけだろうが、もしこの命令書が、プパトル以上の立場によって書かれた物であったなら、今の彼が行ったことはその者に対する不敬となるのだが、目の前の小心者には、そこまでの考えが及ばないらしい。
最も、セレト自身も、そのようなつまらないことに文句をつけて、無駄な時間を過ごすつもりはなかったが。
「あぁ拝見しよう」
そして投げられた羊皮紙を拾い上げて開き、その中に記された文章を読み、セレトは眉をひそめた。
「おや、どうしたかね?魔術師殿」
こちらを小馬鹿にしたようにプパトルが嫌味な笑みを浮かべて、こちらに問いかけてくる。
恐らく、どのようなことが記載をされているかは、理解をしているのであろう。
その笑みを適当に流しながら、セレトは書面に改めて目を通す。
『ハイルフォード王国からの密使を始末せよ』
そこには単純明快な指示が記載されている。
「ハイルフォード王国の密使?」
軽く呟くように、自身の母国の名を口に出す。
「あぁそうだ。その国から、今この地に来て、我が国の裏切り者と接触をしているやつがいるらしい。それの始末が依頼だ」
そんなセレトの言葉に応えるようにプパトルが羊皮紙の続きに記載をされている内容を読みあげる。
「ほう。それはめんどくさそうな仕事だな」
プパトルの言葉を適当に流しながら、今一度手元の書類を確認する。
そこには、セレトがよく知った名前がいくつか書き出されていた。
「ところで、あー魔術師殿。お前って、元々ハイルフォードからの流れ者ってのは本当かい?」
だが、プパトルはそんなセレト態度などお構いなしに小馬鹿にしたように問いかけてくる。
「それが何か?私が何者だろうと、議員様には関係ないだろう?」
普段であれば、そんな言葉を軽く流していたであろう。
だが命じられた予想外の任務が、目の前の男の態度に対する寛容性を奪い取ったのか、その言動を受け流すことができず、自然と語気が荒くなる。
「いや、単純な好奇心だよ。貴様みたいな国の裏切り者は、嘗ての同胞を手にかけることができるのかい?」
何のこともないようにプパトルは言葉を続ける。
勿論挑発であろう。
せっかくセレトのマイナスになる火種があったのに、それが思ったように燃え上がらなかったことに対する八つ当たりもあるのであろう。
「いやいや、それとも、貴公みたいに他人を裏切ってきた性根が腐ったような男にとっては、大したことがないのかな。いやはや、まあ気にせんでくれよ」
どこかで彼の言葉を受け流そうとしているセレトに対する、更なる追撃の言葉。
「しかし貴公みたいな出自が怪しい物を、フィリル卿は何故庇うのか。理解ができんね」
最後にこちらにワザとらしく溜息を吐きつけながら、プパトルは、口を閉じる。
「下手な特権意識だけがある議員様共より優秀だからだろ。さて、お帰りを願おうか」
そんな言葉に対しセレトはつまらなそうに言葉を吐き捨てて、中途半端に開いた扉を指差す。
勿論、頭の中は煮え立ち、怒りを発散させろという気持ちが溢れてはいる。
だが、それを抑えて言葉を流す余裕を見せながら、セレトは自身の怒りを抑えていた。
「ほう。そうかい。まっうまくやってくれ」
そうしてプパトルは笑いながら部屋を退出していった。
残されたセレトは、その背中を見送りながら、流れてくる怒りを押し込める。
ここで争う理由はなく、また向こうの言い分は、ただの愚痴のような当てつけである。
真剣に取り合う方が馬鹿臭い。
そう考え、今しがたプパトルが出て行った部屋の戸を睨みつけることで、苛立ちを抑えようとする。
コンコン。
だが、急に戸が叩かれ、セレトはその視線を慌てて逸らす。
外に控えているアリアナや他の使用人達か、それともプパトルが何か用があり戻ってきたのか。
いずれにせよ、自身の負の感情を相手に見せる必要はないであろう。
「おや、つまらなそうな表情をしていますね。セレト卿」
そんな思考していたセレトの前に部下を伴い現れたのは、予想外の人物、フィリスであった。
「いえ、そんなことはありませんが。上級議会長様がこんな僻地に何の用で?」
想像もしていない人物の突然の来訪に、少々面食らいながらも、その動揺を悟られぬよう平常心を装いながらセレトは応える。
第七地区上級議会長、フィリス・オキタム。
セレト達をこの国に招き入れ、今の立場を与えた張本人。
だが、セレトに対する指示は、もっぱらプパトルのような部下を通じて行っており、入国後、ほとんど接触等なかった人物である。
そんな人物の突然の来訪に、セレトは驚きながらも、頭の中で思考を巡らす。
何かは分からないが、事態が動いている。
「いえいえ。貴方の働きは素晴らしい。期待以上の成果を上げて頂いておりますよ」
わざとらしい笑みを浮かべながら、フィリスはこちらに語りかけてくる。
「お褒めの言葉を頂きありがたい限りです。それでご用件は?」
このままつまらぬ問答をしても時間の無駄。
そう判断をし、セレトは、こちらから再度用件を問いかける。
その言動に無礼を感じたのか、フィリスの周囲に控える部下達がこちらに睨むような視線を向けてくる。
最も、その言葉を受けたフィリスは、笑いながらその言葉を受け止めていたが。
「おやおや。ご多忙でしたか?それは失礼。何、大した話ではありません。貴方に、そろそろ一つ、仕事を頼みたいんですよ」
笑みを少し引っ込め、わざとらしく小声でフィリスはこちらに話しかけてくる。
「仕事?何をお願いしたいのですかね?」
その言葉に合わせるように、セレトも声量を落とし問いかける。
「それは」
しかしフィリスが、セレトに言葉を返そうとした瞬間、ドタンと戸が開かれ、その言葉は途切れることとなった。
「フィリス様!なぜこのような場所に?」
入ってきたのは、先程この部屋を出て行ったプパトルであった。
その表情は赤く、セレトに向けて憎々しいといった視線を向けてきている。
「おや、プパトル?お前がなぜここにいる?」
先程までのセレトへの親し気な表情はどこへやら。
冷たく、怒りを混ぜた様な声で、フィリスはプパトルに問いただす。
「フィリス様。こいつを重用するのはやめてください。こいつは、疫病神にしかなりません!自身のために我々を利用しているだけです!」
当の本人を前に、プパトルは、セレトを罵倒し、フィリスに泣きつくように主張をわめき散らす。
「それを決めるのはお前ではない。それに彼が優秀であるのは確かだろ」
つまらなそうにフィリスは、プパトルに言葉を返す。
「それでも、それは、貴方を絶対に破滅に導きます。頼みます。こいつは追放をするべきです」
プパトルは、それでも必死にフィリスに泣きつく。
「そうはいかないよ。聖女様が関係したこの件は、セレト卿以外には務まらないだろう?」
だがフィリスは、そんなプパトルの言葉をあっけなく否定する。
プパトルに冷たい視線を向けるフィリス。
そんなフィリスに泣きつながら、セレトを睨みつけるプパトル。
そして、それを見ながらセレトは、聖女という単語に新たな波乱を感じるのであった。




