第十章「商談とは恫喝なり」
第十章「商談とは恫喝なり」
「さて、貴方の希望は、セレトの排除ね。我々は、その要求に乗ってもいいけど対価は何を頂けるの?」
ネーナが笑いながら、ボーヤンに問いかける。
最もボーヤンは、不敵に笑いながらその視線を受け止めている。
「はて。私達は、貴殿達が、みすみす取り逃した逃亡者の情報提供し、捕える手助けをしているだけですよ。その情報も無償で与えているつもりではございますが」
皮肉も交えた言葉は、こちらの出方を窺うように冷たく鋭く言い放たられる。
「いえいえ。私たちは、貴殿の利益のために動いているだけよ。昔取り逃した時点で彼の存在は既に無価値。そんな彼をここで捕えられようが、捕えられまいが、我々には大きな関係等ないものでね」
ネーナも皮肉を交えて言葉を返す。
「なら我々の対価は、貴殿達の命というのは如何でしょうか?本来であれば密入国者、それも国に仇名すための存在等、許しては置けない立場ですからねぇ」
嫌味も込めたボーヤンのねちっこい言葉。
同時に室内の彼の部下と、外に控えている兵士達が、こちらに向けて戦闘態勢に移行する気配が発生する。
一部の兵士達は、リリアーナやネーナ達の首に刃物を突き付け、銃口をこちらに向けてくる。
「おや、そんな簡単に手に入るようなものは結構ですわ。もっと気の利いたものがほしいわね」
しかし、ネーナはそれを小馬鹿にしたような態度で受け流す。
それが合図であった。
瞬間、目の前の兵士達が一気に武器を振るいこちらに襲い掛かってくる。
訓練された無駄のない、されど緩慢なスローな動き。
リリアーナは、後ろから切りかかってきた兵士の刃をそちらも確認せず軽く避ける。
切り掛かってきた兵士は、そのままバランスを崩し倒れそうになるが、それを光の魔法で拘束した。
その隣では、ネーナに襲い掛かった二人の兵士が、彼女が死角から投げつけた短刀で両腕を負傷し武器を取り落とし、またその奥では、グロックに切り掛かった兵士があっけなく切り倒されている。
「ご無事ですか?!」
いつの間にかリリアーナの隣に来たラルフが、彼女に無事を問いかけてくる。
その身に特段傷を負った様子は見られない。
「さて、ボーヤン様。改めて商談としましょうか」
笑いながらネーナがボーヤンに武器を向けて問いかける
周囲には、まだ多数の敵兵士が控えており、単純な物量であれば向こうが圧倒的に有利な状況であろう。
だが、その質は決して高くはなく、リリアーナ達に襲い掛かった第一陣があっけなく退けられたこともあってか、相手はこちらを遠巻きに囲むだけで仕掛けてはこない。
当初は余裕の笑みを浮かべていたボーヤンは、この状況の推移にその笑みを引っ込め、今は、ただ悔しそうに唇をかんでこちらを睨んでくるだけである。
「わかった。話をしよう」
そのまま表情を無理やり引き攣った笑みに変え、ボーヤンは、周りの兵士達に手で合図をする。
その瞬間、兵士達は武器を収めて、最低限の護衛を残して部屋の外に出て行った。
「まあ私たちの力は十分にわかったでしょう?こんな集団を自国内に無警戒に通すなんて、大分責任問題となりますよね」
ネーナは、相手を嬲るように語り続ける。
「わかっている。目的は金か?」
ボーヤンは、自棄になったように応える。
「金?俺達がそんなもので動くとでも思っているのか?」
そんなボーヤンを小馬鹿にするようにグロックがボーヤンを詰る。
「あぁそうだろうな。それで、貴公らは何が欲しいんだ」
投げやりにボーヤンが応える。
そこには諦めが見えた。
「ありがたいですな。なら、この街と、それと、ここと、これ。この二つを我々の拠点として活用するための手助けをしてもらいましょうか」
そんなボーヤンにネーナが笑いながら地図を指差し命じる。
むちゃくちゃである。
所詮、この小さい町の領主、あるいは駐屯している部隊長程度の下っ端に、そこまでの権限はないのは明らかである。
ネーナは、それを分かっていながら彼に無理難題を命じている。
「勘弁してくれ。私には、そこまでの権限も力もない。この街ぐらいであれば、裏工作できるが、他の拠点にまで影響を与えることなんてできないのは、わかっているだろう」
元々ボーヤン自体、セレトというカードを利用をして、少しばかり自身の懐を膨らませたい程度の子悪党だったのだろう。
ハイルフォード王国側にも、自国内の一部の勢力争いにも便乗しようとした小者。
そしてこちらの戦力を過小評価し、哀れにも虎の尾を踏むこととなった男。
「おやおや。事前に接触してきた時とは、大分話が変わってきておりますが。まあいいでしょう。では、とりあえず我々とセレトが接触できるように手配をしなさい」
ネーナは、笑いながらボーヤンに命じる。
「わかった。それは何とかしよう」
ボーヤンは、落ち着きを取り戻そうとしているのか無理やり息を吸いながらネーナに応える。
「セレトの現在の居場所は?」
グロックがつまらなそうに問いかける。
「第七地区のこの辺りのエリアに潜んでいるのは分かっている」
地図を指差しながらボーヤンが応える。
「ほう。思ったより国境に近いエリアに潜んでいるんだな。ここからも近い」
地図を眺めながらグロックが笑う。
「この辺りを管理しているのは、フィリスという男のお気に入りなのさ」
つまらなそうにボーヤンが応える。
その声に混じる、微かな嫉妬の響きをリリアーナは感じた。
先程まで政治的な心情や繋がり、陰謀を理由をセレトの排除を主張していたが、この男がこちらに協力をしている本当の理由は、この程度の物なのかもしれない。
「もう一つ、貴方に願いたいことがあるのですが」
笑いながらネーナは、言葉を続ける。
「もう一つ?」
ボーヤンは、怯えと警戒の色を見せながら次なる言葉を待つ。
「一旦、貴方の力を貸してちょうだい」
瞬間、グロックが抜いた刀がボーヤンの首を刎ねる。
「貴様?!何をする?」
その蛮行に、周辺に控えたボーヤンの部下達が一気に動きだそうとする。
「遅いわね」
だが、ネーナが投げたナイフと、グロックが振るった刀によりその部下達も一気に屍となった。
「それでどうするつもりなの?」
そんな二人の行動を眺めていたリリアーナは、惨状を隠そうともしないこの部屋の血の臭いに顔をしかめながら二人に問う。
事前の相談は何もなく、勝手に進んでいく話に、既に嫌気がさしていたが、ここから逃げるわけにはいかなかった。
「何、手は考えておりますよ。こういう風にね」
そんなリリアーナに、わざとらしい笑みを浮かべて、グロックが懐から取り出したスクロールを開く。
瞬間、そこに込められた魔術が発動し、光が彼を包む。
「改めて始めまして。私、この街を任されておりますボーヤンと申します」
そして光が晴れた瞬間、グロックがいた場所には、先程首が刎ねられたボーヤンが立っていた。
勿論、これはボーヤン本人でないことは、彼の生首が血を流しながらすぐ横に転がっていることから明らかである。
「変化の術のスクロール?随分高価な物を使うのね」
少々驚いたようにリリアーナは、ボーヤンに化けたグロックを見ながら呟く。
「さてね。ここからが本当の仕事ですよ、聖女様」
そんなリリアーナに対し、ネーナがわざとらしい笑みを浮かべて話しかけてきた。
第十一章に続く




