幕間2-8
幕間2-8
「フリーラス共和国から報告が入りました」
部屋に入ったフォルタスは、無表情を装いながら、どこか緊張をした表情で室内に入り部屋の主に声をかける。
「あぁ。そうか」
その部屋の主、ワーハイルは、ペンを置き書類仕事を中断すると、フォルタスの方に顔を向けて短く返事をして、軽く首を動かす。
報告を続けるように配下を促す合図。
それを受けたフォルタスは息を吸い込み一気に言葉を放つことにする。
「作戦の第一段階は完了とのこと。共和国に侵入し、うまく聖女達と離れられた模様です」
自身の放つ言葉が、相手にどういう反応をもたらすか、集中をする。
もっともフォルタスの目に映るワーハイルは、表情も変えずに言葉を聞き流しているようであった。
「聖女達も無事に共和国に侵入ができた模様です。ここからが本番ですな」
強引に落ち着きを保ちながら、フォルタスは報告を終える。
共和国に向かわせた、自分の手駒達の動きは、現状予定通りに動いている。
故にこの報告自体、何の問題もなく、むしろ自身にとってプラスになるものである。
だが、フォルタスの心は落ち着かずにいた。
目の前にいるワーハイルが、無言のまま、こちらを見据えているからであろうか。
恐らく何かを思案しているであろうワーハイルは、こちらに向けて言葉を発することもなく、ただこちらを見つめてくる。
その全てを見通す様な鋭い目は、フォルタスの心に不安を生み出す。
そして生まれた不安を打ち消したく、フォルタスの心は、口を開き声を出そうとするが、それを理性で必死に押しとめる。
王族という相手に、下手な言葉、必要以上の言葉は命取りとなる。
長年、魑魅魍魎の巣窟である王国内で生き延びてきたフォルタスは、その経験に裏打ちされた直感を信じ、ひたすらに沈黙に耐える。
「第二段階か。うまくいくと思うか?」
実際は、そこまでではないが、フォルタスにとっては永久とも思える時間が経過したタイミングで、ワーハイルが口を開いた。
「恐らく五分五分かと思いますが、今のところは順調です」
フォルタスは、落ち着きを払って答える。
現状、懸念らしい懸念は発生していないが、事実、作戦はここから本番なのである。
ここで必要以上に楽観的な見通しを語るべきではない。
「聖女達はどう動くと思う?」
ワーハイルは、深く息を吐き出すと問いかけてくる。
「予定通りに進めば計画に乗るかと思います。まあ、こちらの計画に乗らなくても、あの存在が共和国に居るという事実は、十分に役に立つかと思いますが」
フォルタスは、思案顔で熟慮をしたふりをしながら、頭の中で用意した言葉を吐き出す。
「そうか」
更なる問いかけを予想していたフォルタスが拍子抜けするほどあっけなく、ワーハイルは頷き問答を打ち切る。
そのままワーハイルは、手元にある書類に目を戻した。
「これを見てみろ」
そしてワーハイルは、一枚の書類を抜き出すと、フォルタスに向けて放り投げてきた。
「これは?」
投げられた書類を拾いながら、フォルタスは問いかける。
「別ルートでこちらに入ってきた情報だ」
どこか疲れた表情を見せながら、ワーハイルは応える。
「失礼致します」
声をかけ、書類に目をやる。
そして、フォルタスはそのまま表情を曇らせた。
「これは、確かな情報なのでしょうか?」
疑問を匂わせながらフォルタスは、問いかける。
「精度は低いが、可能性は十分にある話だな」
そう言いながらワーハイルは、ため息をつく。
その様子を見ながら、フォルタスは今一度書類に視線を向ける。
そこには、王国内で翻意を持つ可能性があるメンバーのリストが記載されていた。
リストには、国内の末端貴族から、それなりの立場の人物まで、幅広い層の人物の名前が出ている。
これだけの勢力となれば、王国を転覆させることも十分に可能であろう。
だが、フォルタスの目が向けられたのは、その報告書の末尾に記載された、ある名前である。
リストに記載された、裏切り者達と接触をしている、ある人物の名前が記さていた。
「ユノース。あれが、まだ生きていたのですか?」
不愉快な名前を見たことに対する不快さを吐き出すようにフォルタスもため息をつく。
かつて、王国から追い出された有力貴族、ヴルカルの懐刀であったユノース。
彼が暗躍をしているということは、当然に、その裏に主であるヴルカルの存在があるのであろう。
この自身の最大の政敵であった存在が今一度、自身の前に立ち塞がっている事実は、フォルタスに頭痛をもたらす。
「この報告書の内容を見るに、この件については、まだ時間は十分にある。だが共和国の件の進み方次第では、致命傷にもなり得るぞ」
ワーハイルは、めんどくさそうに応える。
その言葉を聞きながらフォルタスは、リストに目を通しながら、ため息をついた。
リストには自身と関係がある者の名前もある。
そんなこの国の現状に対する不安と、ここから逃げられない自身の立場に対して嫌気を感じながら、共和国に向かわせた部下達のことを考えた。
元々、成功しようが失敗をしようが、どうでもいい話のつもりであった。
だが、この国の現状は、そのような余裕すら既にないことに気づき、フォルタスは、この現状に嫌気を感じていた。




